information:13 防犯カメラに映る四人の男
ウサギダ珈琲店のスタッフルーム、そのさらに奥にある防犯カメラの映像を映すスペースに情報屋バニー・ラビットの面々が集まっている。
目的はもちろん防犯カメラの映像を見るため。
しかしただ映像を見るだけでは目的とは言えない。真の目的を知るのはネーヴェルのみだ。
「これでよろしいでしょうか?」
ウサギダ珈琲店のウェイトレスが
「この辺かな」
ネーヴェルはリモコンを使い防犯カメラの映像を早送りする。そしてすぐに一時停止。
モニターには四箇所の防犯カメラの記録が映し出されている。そのうちの一つを大きく映し出した。
その画面はウサギダ珈琲店の出入り口を映しているものだ。
画面が一つに切り替わったのとほぼ同時にセリシールが小首を傾げてから口を開く。
「ネーヴェルさん、ネーヴェルさん、何を探してるのかを教えてくださいよ。そしたら私もお手伝いできますから。人ですか? 動物ですか?」
「いや、大丈夫。すぐに現れるよ」
そう言いながらネーヴェルは再生ボタンを押す。映像は息を吹き返したかのように動き出す。
すると画面の端からウサギダ珈琲店に向かって歩く三人の人物が映った。
「ほらね。現れた」
「ンッンッ」
その人物は吸い込まれるかのようにウサギダ珈琲店に入っていく。
「え? 誰ですかこの人たち」
セリシールは画面に映る人物を知らない。知っているのはネーヴェルだけ――否、ネーヴェルとクロロだけだ。
その後、ネーヴェルは画面を最初の状態に――つまり四箇所の防犯カメラの映像が映し出される状態に戻した。
「ん〜、チンピラFとチンピラH、それにチンピラKかな? いや、チンピラAとチンピラDとチンピラMか。まあ、この際誰でも同じか」
と、セリシールの問いに答えるネーヴェル。
「チンピラF? チンピラA? チンピラM? な、何かの暗号ですか?」
当然のことながらセリシールは小首を傾げた。しかしそれ以上は言葉を続けない。防犯カメラの映像を――チンピラAとチンピラD、そしてチンピラMとネーヴェルに名付けられた人物の動きをじっと見続ける。
それからは早送りや巻き戻しをすることなくドリンクを嗜む三人の男――チンピラA、チンピラD、チンピラHの映像を見続けたのだ。
そしてチンピラたちが来店してから十七分後、沈黙が破られる。
「シールくん。今入ってきた人物に見覚えがあるだろ?」
「え? ん? あ? 今入った? えーっと」
不意にかけられた言葉に戸惑うセリシール。出入り口の映像を見ていなかったからではない。いつの間にか意識が夢の中へと誘われていたのだ。
それでもセリシールはすぐにその人物を見つけた。ネーヴェルが四箇所の防犯カメラを映している画面を一つに絞ったからだ。
その一つはチンピラたちが座っている席。その席に座った人物こそ、ネーヴェルがセリシールに見覚えがあるかどうかを聞いた人物だ。
「あっ!!」
大きな声を出すセリシール。その反応から見覚えのある人物がチンピラたちと合流したのがわかる。
「この人は
セリシールが言ったマヌーケさんとは国家保安局のマヌーバ・Q・スピカだ。
セリシールはマヌーバのことをマヌーケだと蔑称したのではない。日頃からマヌケくんマヌケくんと蔑称で連呼するネーヴェルに釣られて本名と蔑称がこんがらがってしまったのである。
そのポンコツぶりにネーヴェルはふっ、とおかしくて鼻で笑った。
「シールくん、キミも言うようになったね」
「ん? 何がですか? マヌーケさんですよね? え? 違いましたか? だとしたらすごく似てます」
セリシール本人は名前を間違えていることに気付いていない。
「ふっ、まあいいさ。そうだよ。国家アホ安局のマヌケくんだよ」
「やっぱりマヌーケさんじゃないですかー! 何か事件があって来たんですかね? それとも休憩時間?」
セリシールは証拠を見つけた探偵のように、手に顎を乗せながら画面に近付き、それをじっくりと見始める。
「ルフモ連合国では四つの国ごとに管轄組織が存在するのを知ってるよね?」
「もちろん知ってますよ。ホランドにはホランドの国家保安局が、イングリスにはイングリスの国家保安局があるんですよね」
「その通りだよ。その国の管轄する組織がその国の事件を担当する。犯人の国籍が犯罪を犯した国とは別の場合、犯人の国籍の国も事件を担当してもいいというルールだね」
「それじゃマヌーケさんは何か事件を追っていて、チンピラさんに情報を提供してもらってるとかですか?」
「そのように見える光景だけど、現実は違うよ。まあ見てて」
それからセリシールは何度も睡魔に襲われたが眠る事なはかった。その理由はネーヴェルが映像について質問をしてくるからだ。声をかけられては眠くなっても寝れないのである。
「今マヌケくんがチンピラDに、いや、チンピラAに何かを渡してただろ? あれはなんだと思う?」
「渡したのは封筒ですよね。中身は情報を提供してもらったお礼のお金ですかね」
セリシールの言う通り、マヌーバが渡したのは封筒だ。その中身を想像するに情報提供のお礼として渡した金にしか見えないのである。
しかしネーヴェルは首を横に振った。
「謝礼金のようなものだとしても渡すのが早すぎるよ。まだマヌケくんの注文品が届いていないのにね」
「前金とかで信用を得ようとしてるとかですかね?」
「前金の線もあるが、受け取り方が自然だとは思わないか?」
ネーヴェルに指摘されてようやく気付く。
「確かにそうですね。お金ならもっと大事に仕舞うはずですよね」
マヌーバから何かを受け取ったチンピラAは、それを確認する事なく胸ポケットに押し込んだのである。
そしてその何かは胸ポケットに収まるほどのサイズだ。金にしては小さすぎる、もしくは雑に扱いすぎているのである。
「それなら何を受け取ったんですか?」
「何を受け取ったと思う?」
「う〜ん」
天才だと慕うネーヴェルに問われてセリシールは深く考えすぎてしまった。
その結果、答えがあと一歩のところで出てこない。実に単純な答えだと言うのに。
ネーヴェルはセリシールが答えるよりも先に口を開く。一時停止していない画面はセリシールの答えを待ってはくれないのだ。
「答えはただのメモだ」
「あっ、メモで良かったんですね。もっと難しい答えかと」
セリシールは物足りなさを感じたのか、狩人のような目をモニターに向けた。いつでも難問を出されてもいいように細かいところまで見ているのである。
しかしネーヴェルはこれ以上質問することはなかった。
セリシールはただただマヌーバとチンピラたちがドリンクを嗜む映像を真剣に見ただけの時間になってしまったのである。
ウサギダ珈琲店を出たマヌーバとチンピラたちは、一緒に歩くことなく二手に分かれた。マヌーバ一人とチンピラ三人の二手だ。
四人の姿が画面外へと消えた時、ネーヴェルは深い息を吐いた。それは情報収集の終わりを表すものだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ボブと合流してタクシーに乗車したネーヴェルたちは、出発することなくネーヴェルによる推理ショーのようなものが始まっていた。
「先ほどの映像の約五時間後、チンピラたちはホランドの路地裏で仲間たちと悪巧みをしていたよ。全員で十七人だったね」
「うわ、それは不吉な数字ですね……。でもなんで悪巧みをしてたのがわかったんですか?」
「たまたま知りたい情報があってね。調べたんだ」
ネーヴェルは直接現場で見た、という真実を口にしなかった。セリシールに無茶しないようにと念を押されていたからである。
もし直接現場で見た、と言ってしまったらセリシールによるめんどくさい説教が始まりかねないのだ。
「それでチンピラ集団の半数の靴底が白く汚れていた。靴底の汚れはその人がいた場所を示す。白色の汚れはイングリスのコンクリートの汚れだからね。彼らはホランドの路地裏に来る直前、もしくは普段からイングリスにいるんじゃないかって思ったよ。キミたちの靴底も白くなってるんじゃないか?」
ネーヴェルの言葉を聞いたセリシールとボブは靴底の確認を始めた。
「ほ、本当ですね! ちょっとしか歩いてないのに白くなってます!」
「俺の靴もですぜ。そういえばタイヤも少しだけ白くなってました」
ボブはサイドミラーでタイヤを確認した。記憶通りタイヤは少しだけ白色に染まっている部分があった。
「駐車場に入る際に歩道に少しだけ乗ったからね。その時に色が付いたんだろうね」
「つまり歩道だけが白くなるってことですか。確かにイングリスの歩道は他の国と比べて真っ白ですからね……」
国中を走り回っているタクシー運転手のボブでも
そうさせたのはイングリスの街並みであろう。
他の四カ国の街並みとは違い高級感があるのがイングリスだ。歩道が真っ白でも気にはならない、むしろ先ほどのセントラルビルや富豪が住む高層ビルなどの方が気になり上ばかりを見てしまう傾向がある。
白くなった靴底を気にする人は極少数の変わり者だけなのである。その変わり者がネーヴェルなのだ。
ネーヴェルはイングリスの地面へと変わりつつある話題を本題へと戻すために口を開く。
「それでチンピラたちの悪巧みは
「十七人を相手にしたんですか? とんでもないウサギ好きの通りすがりがいるんですね。まるでネーヴェルさんみたいです!」
「そうだね」
本当はネーヴェルが阻止したのだが、前述したようにその件は隠している。
普通ならバレてしまいそうだが、ポンコツが相手ならそうそうバレることがないのだとネーヴェルは知っている。
「その時、良いタイミングで国家アホ安局のマヌケくんが局員を引き連れてやってたんだ。そのまま逮捕って流れだね」
「誰かが通報したんですかね?」
「さあね。通報して駆けつけたとしてもタイミングが良すぎるんだよね。いや、タイミングが悪すぎると言うべきか……でもそのおかげで収穫があったのも事実だけどね」
セリシールとボブは真剣にネーヴェルの話を聞いていた。その眼差しは収穫とは何かを教えて欲しいと訴えている。
それに答えるべくネーヴェルは一呼吸置いてから言葉を続けた。本当ならばここでコーヒーを一口飲むタイミングなのだが、ここにコーヒーがないのだから仕方ない。
「駆けつけた国家アホ安局の一人だけ……マヌケくんの靴底だけが白く汚れていたんだよ。それだけじゃない。マヌケくんからチンピラA、D、Mと同じ香りがしたんだ。同じコーヒーの香りがね」
「同じコーヒーの香りがしたですか……ん? 香りがした? まるでネーヴェルさんが嗅いだみたいな言い方ですね! まさかネーヴェルさん!? 私の入院中に危ないことしてませんよね? 例えば十七人のチンピラを相手にしたとか?」
さすがのセリシールでも気付いてしまったらしい。説教という噴火が始まる前兆だ。
「ボクみたいな幼女が十七人も相手にできるわけないだろ」
と、またしても嘘を吐く。しかしセリシールは今回ばかりは信じなかった。
「いや、ネーヴェルさんなら百人だろうが千人だろうが勝てちゃいそうですよ」
「ウサ耳の天使ですからね。ネーヴェルの姉貴ならあり得ますぜ」
セリシールの言葉にボブも納得する。
そしてネーヴェルに付けられている肩書きを口にした。チンピラ集団が口にした肩書きとは真逆の肩書きだ。
その時、クロロは「ンッンッ」と誇らしげに鳴いた。ネーヴェルが褒められて嬉しいのだ。
いちいち全員に反応してられないネーヴェルは、そのまま話を進めることにした。
「そのコーヒーの香りがさっきのウサギダ珈琲店の香りと同じだったんだよ。ここは特別な豆と製法だからね。一度嗅げば忘れられないさ。それで案の定ここの防犯カメラには彼らの姿が映ってたわけだ。これについてはどう思うシールくん」
「あ、え、えーっとですね、マヌーケさんが騙されて何か重要なメモを渡してしまったとかですか? そのメモの内容を知ったチンピラさんたちが悪巧みを企んだっていう流れですかね? 国家保安局が駆け付けて来たタイミングが悪かったって言ってましたが、自分が渡したメモが犯罪に使われてしまうのを恐れて急いで駆け付けたから、たまたまそういったタイミングになってしまったとか。それか重要なメモは囮で発信器とか付けていたとか?」
手に顎を乗せながらセリシールは思ったことを口にする。説教という名の噴火もいつの間にか治まっていた。
セリシールの推理は一見して間違いのなさそうなものだ。しかしあまりにもシンプルすぎる。これでは話をまとめただけに過ぎない。
だからこそネーヴェルはヒント口にする。
「あ、そうそう言い忘れてた。路地裏のチンピラ集団はシールくんを病院送りにした犯人たちだよ」
「……え?」
目を丸くしたセリシールから情けない声が溢れた。
しかしすぐに安堵の表情へと変わる。自分を病院送りにした犯人たちが捕まったからだ。
「そうだったんですね。でもよかったです。ちゃんと国家保安局の人たちが犯人を捕まえてくれて。いつも逃してばかりのマヌーケさんもたまには犯人を捕まえたりできるんですね!」
そう答えたセリシールにネーヴェルはため息を吐いた。そしてため息混じりに口を開く。
「はぁ〜、まだ気付かないかい? シールくん」
「え? 何がですか? 犯人が捕まって事件解決ですよね? 経緯とかはよくわかりませんでしたが、結果的にマヌーケさんたちが犯人を捕まえたじゃないですか」
「違うよ」
真剣な面持ちでネーヴェルは言う。
「通りすがりのウサギ好きに情報を漏らさないために犯人を捕まえたんだよ。それと逃すためだね。捕まえたのに逃すって、全くおかしな話だ」
「え? それはどういう……」
ことですか、と全てを言ったつもりのセリシールだったが、その声は途中から発声されていなかった。
しかしその発声されなかった声と重なるようにネーヴェルが衝撃的事実を口にした。
「この事件の……シールくんを病院送りにした事件の黒幕が国家保安局の副長マヌーバ・Q・スピカってことだよ」
あまりの衝撃的発言にセリシールとボブは声を出すことができなかった。
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