information:12 ウサギダ珈琲店でウサギさんパフェ
セリシールが退院してから初めての仕事の日。
情報屋バニ・ーラビットの事務所に集まったのはいつもの面々――ウサ耳を付けた世界一の情報屋幼女のネーヴェル、超絶有能を自称する助手のセリシール、そしてウサギのクロロの三人だ。
営業開始直前の三人はテーブルの前の椅子に腰掛けている。
正確に言えば椅子に腰掛けているのはネーヴェルとセリシールの二人。クロロはセリシールの膝の上だ。
クロロはセリシールの豊満な胸と膝に挟まれながら撫でられているのである。
しかしその撫で方は次第にゆっくりになっていき、最終的には止まってしまう。
なぜ止まったのかと言うと――
「な、何ですか、この空気は……」
会議を始めるかのような重たい空気に耐えられなくなったからだ。
耐えられなくなったからこそ、最初に声を出したのである。
「ンッンッ!」
セリシールに続いてクロロも声を出した。
重たい空気に耐えられなくなったセリシールとは違い、撫でろ、とアピールしているのだ。
それに気付かないセリシールはクロロのモフモフボディを撫でる事なく、手を添えたままだ。
「ま、まさか、何かの重要な情報を手に入れたとか!?」
真っ先に浮かんだことを口にするセリシール。
いつもなら見当違いのことを言うポンコツぶりを見せるが、今回はどうやら違うらしい。
「その通りだよ。シールくん」
やっと口を開いたネーヴェル。セリシールを肯定した。
「ど、どんな情報ですか?」
「それは……」
「……ごくり」
あまりにも空いた間にセリシールは生唾を飲んだ。ハッキリと『ごくり』と言うポンコツ具合は満点だ。
「珈琲店に新商品が出たんだよ」
「し、新商品ですってー!!!! って、へ? 新商品?」
驚くようなことではないのに驚く準備をしていたため衝撃を受けてしまう。けれどすぐに情けない声が溢れた。
「そ、それのどこが重要な情報なんですか! ま、まさか、私の退院祝いに食べに行こうってことですか!!」
期待に胸が膨らみキラキラとピンク色の瞳を輝かせるセリシール。まるで宝石のパールように輝いている。
「さすがシールくんだ。鋭いね。シールくんの言う通り今日は事務所を開けずに珈琲店へ向かう」
「わーい! わーい! 新商品! 新商品! お仕事はお休み! お仕事はお休みでーす! 退院祝い! 退院祝い最高でーす! わーい! わーい!」
嬉しさのあまり何度も万歳をするセリシール。子供のようなはしゃぎようだ。
激しく上下に手を上げ下げしているため、豊満な胸も上下に触れる。
その豊満な胸と膝に挟まれているクロロにとっては迷惑極まりない。
「ところで珈琲店ってどこの珈琲店ですか?」
「ああ、イングリスの珈琲店――ウサギダ珈琲店だよ」
「ウサギダ珈琲店!!!」
店名を聞いただけでヨダレが垂れそうになるセリシール。朝食も抜いていたため腹からぐぅ〜、と爆音が鳴った。
その腹の音は、腹の目の前で座っている聴覚が優れたウサギからしたら迷惑極まりない。
「では早速ウサギダ珈琲店に向かうとしようか」
「はい! 空腹で倒れる前に!」
「そうだね。シールくんなら本当に倒れかねないね」
セリシールとの付き合いが長いネーヴェルは、空腹でセリシールが倒れるところを容易に想像できてしまう。
だからこそセリシールが倒れてしまわぬ前にネーヴェルは立ち上がった。
それに釣られてセリシールも立ち上がる。
セリシールの膝の上に乗っていたクロロは飛び降りてネーヴェルの元へと短い手足で向かった。向かっている際、もふもふボディはぷるぷると揺れていて可愛い。
そんなもふもふなクロロをネーヴェルは拾い上げて抱き抱える。移動する時は必ずネーヴェルが抱き抱えるのだ。
その理由はいくつかあるが、一番の理由はセリシールがポンコツ過ぎてクロロからしたら危険な目に遭いかねないからである。
転ぶだけではなく、何かにぶつかったり、落とされたり飛ばされたりする可能性もあるのだ。
二番目の理由としては、実りに実ったたわわが原因であると言うこと。柔らかさは申し分ないのだが、あまりにも大きすぎるため抱かれる側の体勢がきついのである。
それに比べてネーヴェルのはスーっという幻聴が聞こえるほど平らだ。抱かれる側からしたら窮屈でないため居心地がいいのである。
「イングリスまでは何で行きますか? バスですか? 電車ですか? それとも……」
「ハクトシンタクシーだよ」
「やっぱり! では超絶有能な助手である私がハクトシンタクシーさんに電話しますね!」
セリシールはハクトシンタクシーを情報屋バニー・ラビットの事務所の前まで呼ぶために電話機に手をかけようとした。
しかしそれをネーヴェルが制する。
「不要だよ。すでに呼んである」
「さすがネーヴェルさん!」
「もうそろそろ来るはずだよ」
この会話から十七秒後、事務所の扉がノックされ、ハクトシンタクシーのボブが迎えに来たのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ルフモ連合国・イングリス中央区セントラルビル――
このビルの1階に本日のお目当てであるウサギダ珈琲店がある。
ネーヴェルたち情報屋バニー・ラビットとここまで運転してくれたハクトシンタクシーのボブは、ウサギダ珈琲店に入店した。
ボブが一緒に入店することになったのは、長時間の運転による休憩のため。そして運転中にネーヴェルが新商品の情報を伝え、それに興味があったためだ。
ウサギダ珈琲店の新商品、それは――
「50段ウサギさんパフェ!!!」
入店早々にセリシールはメニュー表を見ながら叫んだ。
この“50段ウサギさんパフェ”こそウサギダ珈琲店の新商品だ。
「こちら当店の新商品になっております。既存のウサギさんパフェを50段にしたものです」
ちょうど水を運んできたウェイトレスがセリシールの子供のような反応を見て声をかけてくれた。
「すごく写真映えしそうですね! でも何で50段なんですか?」
「このビル、セントラルビルが50階建と言うことで、店長が50段のパフェを作りたいと思い立って作りました。1段ずつアイスクリームの味が違うので50種類のアイスクリームを仕入れるのには苦労したみたいです」
ウェイトレスが言うようにメニュー表にある“50段ウサギさんパフェ”の写真には1段1段違う色のアイスクリームが積み重なっていた。
そして商品名にもあるように、その1段1段のアイスクリームにはウサギの耳のようなものと顔がデコレーションされており、50匹のウサギになっているのだ。
動物好きのボブが付いて来たのも納得の逸品だ。
「さすがにこれを一人で食べるのはキツそうですね。みんなでシェアして食べますか?」
50段のアイスクリームパフェを一人で食べるのはさすがに困難であるとセリシールが判断する。
しかしネーヴェルとボブの意見は違かった。
「シールくん、キミは何を言ってるんだ。これをシェアするなんてもったいないじゃないか。50匹それぞれの味を楽しまなきゃ」
「ネーヴェルの姉貴の言う通りでさ。ウサギちゃん一匹一匹を味わいましょうぜぇ」
大柄なボブはともかく、小柄で幼女のネーヴェルも一人で50段のアイスクリームパフェを食べる気らしい。
そんな異常な判断にセリシールは「正気ですか……」と声を漏らしながら二人に呆れ顔を向けた。いつもネーヴェルに向けられている呆れ顔をこの瞬間だけはネーヴェルに向けているのだ。
「そ、それじゃお二人は50段ウサギさんパフェを一つずつ注文してください。私は既存のウサギさんパフェにします」
「既存のウサギさんパフェでしたら、今だけ10段無料で追加可能ですよ。この機会にぜひご注文ください」
セリシールの提案を聞いていたウェイトレスが笑顔でサービス内容を教えてくれた。
しかしセリシールは「いらないです。通常通りで十分ですよ!」と断った。
こうしてネーヴェルとボブは50段ウサギさんパフェを、セリシールは通常のウサギさんパフェを注文したのだった。
しばらくすると注文品が席に運ばれた。
通常のウサギさんパフェはアイスクリームが一つだけの乗っており、そのアイスクリームにウサ耳と顔がデコレーションされたごく一般的なアイスクリームパフェだ。
50段ウサギさんパフェは前述でも述べた通り50段のアイスクリームパフェだ。実物はメニュー表からでは感じられなかったほどの迫力がある。否、迫力しかない。
「ネーヴェルさん、本当に食べれるんですか? 残しても知りませんよ?」
「シールくん。ボクを侮ってもらっては困るよ。このぐらい朝飯前さ」
「朝飯前というよりも時間的に朝飯ですよ。まあ、わかりました。今は食事の時間ですから気にせず楽しく食事をします」
「では――」
ネーヴェルが合掌を始めた。一拍遅れてボブが、さらに一拍遅れてセリシールも合掌する。
そして――
「「「いただきます」」」
食事前の挨拶を行い、それぞれの正面にあるパフェに食らいつく。
ちなみにネーヴェルの膝の上に座っているクロロはアイスクリームを食べてはいない。
ウサギにとってアイスクリームは、糖分や脂肪分が多いため体に害をもたらす危険があるのである。
少量だからといって渡してしまえばあまりの美味しさに中毒にもなりかねないのだ。
だからネーヴェルはクロロにアイスクリームを食べさせてはいない。その代わりウサギ用の葉野菜をウェイトレスに提供してもらいそれを食べているのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ご、ご馳走様でした……」
50段ウサギさんパフェに苦戦していたボブが食後の挨拶をした。
大きく膨らんだお腹をポンポンと叩き、実に満足そうだ。というよりも苦しそうだ。
これで全員が食事を終えたことになる。
ちなみにネーヴェルはボブがパフェを完食する十分前に完食していた。
小柄な体だが、ボブとは違い苦しい表情は一切見せていない。むしろ軽食を済ませたかのような涼しげな顔をしていた。
「それではメインディッシュといこうか」
涼しげな顔でネーヴェルは言った。
セリシールとボブの二人は心の中で正気を疑おうとしたが、あまりにもネーヴェルが涼しげな表情で言うものだから、感情を隠しきれずに表情にも出てしまっていた。
「ネ、ネーヴェルさん!? まだ食べるんですか?」
「さ、さすが……ネーヴェルの姉貴ですぜぇ……」
「いや、食べないよ」
否定したネーヴェルはそのまま席を立った。そしてレジへと向かい会計を済ませた。
否定した通り本当に食べないみたいだ。
しかしまだ油断はできない。別の店に移動して食事という線もある。
会計を済ませたネーヴェルは席へと戻る。座っていた席に腰掛けることない。移動しようとしている空気が漂っていた。
「ネーヴェルさん。メインディッシュって一体何なんですか? 次はどのお店に行こうとしてるんですか?」
「店は変えないよ」
「店は変えない? どういうことですか? お会計を済ませたじゃないですか!」
「うん。済ませた。だからメインディッシュを頂こうとしているんだよ」
「そのメインディッシュって何なんですか?」
ネーヴェルの発言の一つ一つが理解不能なセリシールは、眉間にシワを寄せてただただ首を傾げた。
そんなセリシールの疑問に応えるべくネーヴェルはゆっくりと口を開く。
「ああ、メインディッシュは情報収集のことだよ。さっきレジで防犯カメラの映像を見せてもらえるように交渉してたんだ」
「情報収集? 防犯カメラ?」
「ちょっと気になることがあってね」
そう言ったネーヴェルはクロロを抱き抱えたまま歩き出した。
向かった先は店の出入り口ではなく、店の奥側。つまり防犯カメラの映像を確認することができるスタッフルームだ。
「お、俺は、ここで少し……休み、ます……」
ボブは満腹になった体を動かすことができず、休憩を選ぶ。
「わ、私は行きます! というか超絶有能な助手である私が行かずに誰が行くんですかー!」
セリシールは元気いっぱいに叫びながらネーヴェルの後を追う。
退院後初の仕事が始まろうとしていた。
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