information:11 路地裏のチンピラとウサ耳の悪魔

 不穏な空気が漂う路地裏で男たちが会話をしている。


「――というのが俺たちの新たな仕事だ」

「この前と同じでちょろい内容だな」

「さっさと終わらせようぜ」


 男たちの身なりは全員派手。そしてハクトシンタクシーのボブのように強面でいかつい。

 しかしボブとは明らかに違う部分がある。それは彼らが社会不適合者であるということ。

 特に彼らの場合は酷く、所謂いわゆるチンピラに属する――チンピラ集団である。


 チンピラ集団は何やら仕事に取り掛かろうとしていた。

 段取りの説明も終わり士気が高まっているところである。


「そんじゃ最後に質問がある奴はいるか?」


 その問いかけによって静寂が訪れる。誰も質問がないということである。

 静寂が訪れて三秒後、問いかけをしたチンピラ集団のリーダーらしき人物――チンピラAが静寂に終止符を打とうとするが、その直前幼女の声が路地裏に響き、チンピラたちの鼓膜を振動させた。


「ここがゴミ山だね。それにしてもゴミが多いな」


 突然現れたウサ耳カチューシャを付けた幼女を瞳に映した一人のチンピラが――チンピラBが口を開く。


「ん? おいおい。誰だよ。こんな時に子守りを任された奴わよ。ガキなんて連れてくんじゃねーよ」


 どうやら幼女の暴言は聞こえてなかったらしい。というよりも自分たちがゴミだと言われたことに気付いていない様子だ。


「まったく……無知というのは実に愚かだな。この世界は情報が全てだというのに」


 ウサ耳銀髪幼女ネーヴェルは氷のように冷たい言葉を呟く。

 その言葉は氷のナイフとなってチンピラ集団の胸に刺さる。


「あん? なんか言ったかガキ!!」

「テメェみてねーなガキが来る場所じゃねーんだよ」

「さっさと帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」

「それとも俺たちと遊びてぇのかな?」

「幼女だからって優しくできるかわかんねーぞ」

「ちげーねぇ。ハッハッハッハ」


 チンピラ集団は子供の発言を真に受け暴力を振るうようなバカではないらしい。

 しかし言われっぱなしはかんさわるのだろう。反論だけは一丁前だ。


「おっとこれは失礼。愚かであって哀れでもあったか。ゴミ共」


 チンピラ集団の胸に刺さった氷のナイフは溶けてしまう前に鋭さを増していく。


「おい。クソガキ。死にてぇのか!? あぁ!?」


 チンピラCの怒号。その怒りは他のチンピラにも伝染していく。


「クソガキが! 調子に乗ってんじゃねーよ」

「ぶっ殺すぞゴラァ!」

「痛い目見ねーとわからねー見てーだな」

「俺たちが教育してやるよ」

「生きて帰れると思うなよ」


 チンピラDからHが一人の幼女に向かって放った言葉だ。

 大の大人がはしゃぐ姿にネーヴェルは思わず鼻で笑ってしまう。


「ふっ。IQが20以上離れると会話が成立しないという研究結果があるらしいが、どうやら本当みたいだね。ボクとキミたちとではIQが離れすぎていて全く会話にならない。会話が成立する気配すら微塵もない」


「そりゃーテメェーがガキだからだろうが!!!!」


 頭に血が上ったチンピラAはネーヴェルに向かって拳を振り上げる。

 そのまま容赦無くネーヴェルの顔面に拳の打撃が当たるかと思いきや、拳はネーヴェルに触れることなく寸前で止まった。

 そして拳を振ったチンピラAは意識を失ったかのように倒れた。否、失ったかのようにではない。意識を失って倒れたのだ。


「な、何をしやがったクソガキ!」


 チンピラBは目の前の光景が信じられず呆気に取られる。

 直後、ネーヴェルが何をしたのかに気付く。


「銃!? こいつ銃を持ってやがるぞ!!」


 ネーヴェルの右手には黒い拳銃のようなものが握られていた。

 見舞いの際にセリシールが指摘した胸ポケットの膨らみの正体、それがこの黒色の拳銃だ。

 子供が握る拳銃。おもちゃの可能性は十分にあり得る。あり得るのだが、目の前の光景がそれを否定している。

 幼女の小さな手に握られている拳銃は、おもちゃなんかではない。本物の拳銃なのだと。


 しかし、幼女は幼女。拳銃一つで数人の大人を相手できるのには限界がある。

 だからチンピラたちは一人やられたくらいで怯んだりはしない。

 むしろ仲間のかたきを打つために熱くなっている。


「ぶっ殺せー!!!」


 チンピラDが叫んだ。

 その叫びによって士気が急上昇する。

 そして「うぉおおおお!!」という雄叫びを上げながら、チンピラたちが一気にネーヴェルに向かって駆けていく。全員が拳を強く握っていた。


「十五、十六……そこのゴミを入れて十七人か。十七……なんて不吉な数字なんだ」


 ボソッと独り言を呟いたネーヴェル。

 そのまま表情一つ変えずに向かってくるチンピラたちを一人ずつ確実に拳銃で仕留めていく。


 ビリリリリィイイイイ


 拳銃にしては違和感のある銃声。煙のようなものは上がっているが、銃弾は発砲されていない。

 それなのにチンピラたちは次々に倒れていく。すでにチンピラJまで意識を失って倒れている。

 違和感でしかない異様な光景だ。


「キミたちの見舞いには行けないからね。先に差し入れを、と思って。全員受け取ってくれると嬉しいな」


 獲物を狩る目をしながら呟くネーヴェルに、チンピラKからQは戦慄を覚えた。

 踵を返したり逃げ出したりするほどではなかったものの、チンピラKからQまでは揃って一歩後退する。

 そんなチンピラたちに向かってネーヴェルは追い討ちをかけるかのように口を開く。


「喧嘩の勝敗を分けるのは、体格差でも力の差でもないよ。情報だ。相手よりもより多くの情報を持っている者が勝つ。名前や出身地、出身校、職業、身長体重などの個人情報はもちろんのこと、仕草や癖、服にできたシワや汚れ、呼吸、指の動き、目線の動き。その人のありとあらゆる情報を、一つ一つの所作を知ることは未来予知にも匹敵する力へと成り代わるのさ。だからキミたちはボクには勝てない。まあ、説明してもわからないだろうけどね」


 ネーヴェルは喋りながらゆっくりと一歩ずつ前へと出る。

 その度にチンピラ集団は一歩ずつ後退する。

 幼女とチンピラの間合いの変化はほぼないが、チンピラたちは路地裏の壁にじわじわと追いやられているのだ。

 これも路地裏の地形の情報を完璧に頭の中に入れてあるネーヴェルの未来予知に匹敵する力の証明になるだろう。


「次は誰だ? チンピラLキミか? いや、キミはチンピラKか。まあどっちも同じか」


「あ、あの銃、ただの銃じゃねーぞ」


 チンピラ集団の先頭にいるチンピラKが震えた声で言った。

 どうやらチンピラJがやられたところを間近で見てしまい、ネーヴェルの拳銃が何なのかに気付いてしまったのだ。


「あ、あれは……雷だ。雷が放たれたのを俺は見た」


 ほぼ正解である。

 ネーヴェルの拳銃は麻酔銃だ。

 麻酔針を発射する際にチンピラKが言った雷、つまり電流を纏わせて発砲している。

 そうすることによって発射速度も上がる。速度が上がれば威力も上がる。

 さらに電流を纏わせることによって電気ショックを与え、意識を失わせる手助けをしているのだ。

 そのことをネーヴェルは意識のあるチンピラたちに説明はしない。情報とは安易に口にするものではないからだ。


「お、俺、聞いたことがあるぞ……」


 足をガクガクと小刻みに振るわせているチンピラPが震えた声で言った。

 そのまま震えた声で喋り続ける。


「……爆破テロをウサ耳を付けた幼女が一人で阻止したって話を」

「お、お、俺もだ。き、聞いたことがある。都市伝説の類で信じられなかったけどよ……」

「ウサ耳の悪魔って話だよな……」


 ウサ耳の悪魔。そんな肩書きがネーヴェルにはあるらしい。

 もちろんこの肩書は悪人から見ての肩書だ。

 チンピラたちが言うように爆破テロを阻止したのだ。それを喜ぶ者たちからは、悪魔の正反対の位置に存在する天使を使った“ウサ耳の天使”や“ウサ耳の神様”など呼ぶ者たちもいたりもする。


「そ、それじゃ……お、俺たちはもう……」


 その後の言葉は誰も口にしない。

 瞳に映っているそれが真実だからだ。そしてそれを認めてしまうのが怖くて仕方ないからだ。

 だから口にしない。口にできない。


 そこで静寂を破ったのは、ネーヴェルの腕の中でぬいぐるみのように大人しくしていたクロロだった。


「ンッンッ」


 いつもと何ら変わりない表情をしているが、どこか誇らしげな表情にも見える。

 まるでネーヴェルの凄さを誇らしく思っているかのようだ。

 そして、チンピラたちを追い詰めたぞ、と漆黒の瞳が語っているようにも思える。


「ウサ耳の悪魔からゴミ供に最後のチャンスをあげるよ」


 半分以下の人数となったタイミングで交渉を持ち掛けるネーヴェル。交渉に乗られやすいベストなタイミングだ。


「チャ、チャンスだと……?」


 震えた声で鸚鵡返しするチンピラK。


「そう。チャンスだ。この計画を指示したゴミ山の大将の情報を教えろ」


「ご、ゴミ山の大将だと……」


「もちろんただじゃない。対価としてここから逃してあげるよ」


「し、信じら――」


 ビリリリリィイイイイ


 信じられるか、とネーヴェルの言葉を否定しようとしたチンピラKが、その言葉を発し終える前に、電流を纏った麻酔針に撃たれて意識を失い倒れる。


「交渉不成立だね」


 たった一言。それも言い終える前の一言。それのみで交渉が不成立となった。

 実際のところ最初から交渉が成立しないとネーヴェルは知っていた。

 チンピラKという男は、まず最初に疑いをかけてくる疑い深い性格だと。その性格を利用して交渉という名の“恐怖心を煽る脅し”をチンピラ集団にやって見せたのだ。


「ま、待ってくれ!」

「お、俺たちは教える!」

「こいつが馬鹿なだけなんだ!」

「頼む! 教えるから俺たちだけはー!」


 と、意識がまだ残っているチンピラ集団のチンピラLからQまでが焦りながら懇願する。

 そんな情けない姿のチンピラたちを瞳に映したネーヴェルは、呆れた顔をしながら大きなため息を吐いた。


のチャンスだって言っただろ」


 そう言いながら麻酔銃を構える。

 そして――


 バンッ!!!!


 先ほどまでの麻酔銃の電流音とは明らかに違う音が路地裏に響いた。


「ぎぃあああああああー!!!」


 チンピラLは悲鳴と血飛沫を上げながら崩れ落ちるように倒れた。

 血飛沫が上がったのは右肩の一箇所。そこを押さえてもがき苦しんでいる。

 このことからこれは拳銃による射撃だということがわかる。

 では一体誰が射撃したのか。その答えは射撃音が鳴った方を見ればわかること。


「……国家アホ安局のマヌケくんか」


 射撃音がした方へと首を向けたネーヴェルの瞳に映ったのは、国家保安局の副長――マヌーバ・Q・スピカだった。

 ネーヴェルが息を吐くかの如く静かにマヌーバの名を呟いたのとほぼ同時、マヌーバは声を上げた。


「確保ー!!!!! 行け行け行けー!!!」


 それは局員に指示する声だ。その声によってマヌーバの後ろで構えていた局員たちが一斉に走り出す。

 そして意識のあるチンピラたちを取り押さえた。


「何でここに情報屋のネーヴェルさんが? いや、そんなことよりも大丈夫でしたか?」


 マヌーバはチンピラたち全員が取り押さえられたのを確認した直後、ネーヴェルに優しく声をかけた。


「あと少しで情報を聞き出すことができたのに……」


 ネーヴェルは優しくかかった声に対して、怒りの感情を込めながら答える。

 余計なことをするな、邪魔をするな、と言わんばかりの鋭い眼光だ。


「ネーヴェルさん安心してください。情報なら我々、国家保安局が聞き出しますよ。彼らは今回の事件に関わっている可能性がありますからね」


「可能性が、って……関わりがあるのは間違いないだろ。キミたち国家アホ安局の情報網はどうなっているんだ。本当にアホなのか?」


「天才と謳われるネーヴェルさんからしたら大したことないかもしれませんが、ルフモ連合国では一二を争うほどの情報網ですよ。だからこいつらのアジトを割り当てることに成功し、って、ネーヴェルさん? ネーヴェルさん!」


 ネーヴェルはマヌーバの話を最後まで聞くことなく踵を返して歩き出した。

 路地裏から出たネーヴェルは陽の光を浴びた。その眩しさから顔を俯かせる。

 俯くと視界に黒いモフモフの姿が映る。腕の中にいるクロロだ。


「ンッンッ」


「大丈夫だよ。邪魔が入ったけどかなりの収穫もあったからね」


 声を漏らすクロロにネーヴェルは優しく声をかけた。まるで会話をしているかのようなやりとりだ。


「ンッンッ」


「どんな収穫かはシールくんが帰って来てから教えるよ」


「ンッンッ」


「そうがっかりしないでくれ」


 ネーヴェルはクロロのもふもふの頭を優しく撫でながら、チンピラたちの事の顛末を見届ける事なく、路地裏を後にした。

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