information:10 お見舞いと差し入れ
ルフモ連合国・ホランド中央区ホランド総合病院――
「シールくん。差し入れだよ」
セリシールの見舞いにやってきたネーヴェル。病室に入ってすぐの言葉だ。
ちなみにネーヴェルと一緒に見舞いにきたクロロは受付に預けられており、一緒には病室に来ていない。
病室に入れる動物は盲導犬だけ。盲導兎やぬいぐるみのフリをしたが、さすがに無理があり受付に預けられている状態なのである。
「ネーヴェルさん! 今日もありがとうございます! 今日の差し入れはなんですか?」
「今日はココアパウダーだよ。買い物する時間が無かったから、事務所に残ってる古いものだけどね」
ネーヴェルはココアパウダーをメディカルベットの横に置いてある小さなテーブルの上に置いた。
「ココアパウダー!! うれしいです! ちょうど昨日の夜に溢してしまい切らしていたところでしたので!」
どうやらネーヴェルの読みは当たったらしく、セリシールはココアパウダーを溢してしまっていたらしい。
病室の床がいつもより汚れていたのはそのせいだ。
ココアの匂いも充満している。一人部屋なので問題はないが、退院時には匂いが消えていると助かる。
「キミならそろそろ溢すと思ってね。一応キミの愛用のマグカップも持ってきてある。愛用と言っても21代目の相棒だったかな?」
「マグカップまで!? さすがネーヴェルさんですね。私のことはなんでもお見通しってわけですね! あっ! それなら
「ん?
さすがのネーヴェルも“アレ”と言われてすぐに思い浮かぶものは出てこなかった。
「着替えです!」
なぜかキメ顔で答えるセリシール。
そんな答えを聞いたネーヴェルは小首を傾げた。
「なぜ着替えが必要なんだ? 残りの日数分はちゃんと用意してあるはずだろ? ああ、ココアを溢して多く着替えてしまったとかか。それともシャワーを浴びたことを忘れて二回浴びてしまったとかか」
「いいえ違います。ぜんっぜん違います! 今来てる服以外、間違えて全部捨てちゃったのですよ! いや〜、うっかりしてました〜」
予想を遥かに上回る回答。舌をぺろっと出してテヘペロの表情をネーヴェルに向けている。
ネーヴェルは思わずため息を吐き、呆れた顔となった。
「シールくん。キミのポンコツぶりには毎回驚かされるよ」
「えっへん! 超絶有能な助手ですからね。ネーヴェルさんを驚かして当然です!」
「皮肉も通じないのはキミの長所だね。それで何をどうやって間違えてしまい着替えを全て捨ててしまったのか教えてくれ」
セリシールはネーヴェルの疑問を解消するために事の経緯を全て話す。
要約すると、洗濯カゴとゴミ箱を間違えたとのこと。
本当に脳に異常がないか疑うレベルのポンコツぶりだ。
しかしこのセリシールのポンコツぶりも慣れたもので、ネーヴェルはすぐに受け入れる。
「頭の方は大丈夫そうだね。いつも通りのキミで安心したよ」
ネーヴェルにとってはポンコツじゃないセリシールの方が異常なのだ。
「いつも通り元気です! ところで、その
セリシールは豊満な胸の前で小さくガッツポーズを取ったあと、ネーヴェルの体の一部で気になる部分に指を差す。
そこはちょうど胸のあたり。正確には胸ポケットの膨らみだ。
「これは――」
「わっかりましたー!!!!」
答えようとしたネーヴェルをセリシールの大きな声が遮った。
ここが病院だということをすっかり忘れているようだ。
「おっぱいですね! セクシーな女性に、いや、私に憧れて、私がいないうちにおっぱいを入れる豊胸手術をやったのですね! そんなことしなくてもネーヴェルさんはウサギさんみたいに十分可愛いですよ! ネーヴェルさんにはネーヴェルさんの魅力が! 私には私の魅力がありますからね!」
実りに実ったたわわを突き出すセリシール。意識的に突き出したことによって服がはち切れそうになる。
「キミは鋭いようで鋭くないんだね。これもキミらしいところではある」
胸ポケットの膨らみに気付いたのは探偵でも称賛できるほどの鋭さと言えよう。しかし推理があまりにもポンコツすぎる。それがセリシールなのだ。
「当然です。私は超絶有能な助手なんですから。ネーヴェルさんの小さな変化に気付くことができるのです。で、やっぱりおっぱいなんですか? ちょっとだけ触らせてください! 助手として触る権利があるはずです!」
「キミの推理は外れてるよ。だから触らないでくれ。あとそんな権利は助手にはない」
「えー、違うんですか。残念です……」
なぜか残念そうに俯くセリシール。俯いた時に映る視界の半分は、圧倒的存在感の豊満な胸だ。
セリシールの感情は、単純に豊胸への好奇心、と言うよりも純粋にネーヴェルの胸を触りたかった、という感情の方が強い。むしろそっちである。
「それじゃ、その膨らみはなんなんですか? もしかして私の着替えが入ってるとかですか? 私を驚かせるためのサプライズってやつですか?」
「衣服はこんなに小さくまとまらないだろ。これはキミ以外の人のために用意した
「えぇえええ!!!! ネーヴェルさんってウサギさん以外に差し入れを渡すような友達がいたんですか!?」
失礼な発言とともに衝撃を受けるセリシール。
もしセリシールの発言通りに驚かせるために用意したものだったのなら、大成功だ。
「失礼だな」
ネーヴェルは的確なツッコミを入れた。
その後も天才とポンコツによる談笑は数十分間続いた。
結局のところ国家保安局局長シアンからの伝言をネーヴェルが伝えることはなかった。忘れていたのではなく伝えるまでのことではないのだと判断したのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃボクはそろそろ行くよ」
「クロロちゃんも待ってますもんね。またナースさんたちにモフモフされまくってボサボサになってそうですね」
「ああ、見舞いの度にブラッシングが大変だよ」
クロロはどこに行っても人気なのである。ウサギの魅力というものは恐ろしい。
「ネーヴェルさん。今日も見舞いありがとうございました」
「うん。それじゃまた明日。もうココアを溢さないようにね」
ネーヴェルは立ち上がった。そして帰るために一つしかない扉に手を付けた。
その瞬間、セリシールが声を上げる。
「あ、あの、ネーヴェルさん!!!」
大きな声で帰ろうとしていたネーヴェルを呼んだ。
ネーヴェルは何事かと振り向く。
水晶のようなクリスタル色の瞳と宝石のようなパール色の瞳が交差する。
「私がいない間は、無茶なことだけは絶対にしないでくださいね」
セリシールは唐突に心配の言葉をかけた。本当に唐突だった。
「シールくん。キミは鋭いのか鋭くないのか、本当にわからない人だね」
「え? 聞こえなかったです。なんて言いましたか?」
ボソッと呟かれたネーヴェルの言葉をセリシールは聞き取れなかった。
聞き取れなかった時のセリシールの反応は、耳に手を添えて頭を思いっきり傾けるという漫画のような大袈裟な反応だ。
「キミこそ無茶をしないように、ナースに迷惑をかけないように。って言ったんだよ。それじゃ」
ネーヴェルは聞こえなかったのを言いことに嘘をついた。
心配をかけないための優しい嘘だ。
そのままネーヴェルは止めていた手を動かして扉を開け病室から出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ネーヴェルはクロロとともにホランド総合病院を出た。そしてある場所へと向かっていた。
ナースたちにモフモフにされたクロロは案の定ボサボサになっていた。
「ンッンッ。ンッンッ」
「ああ、大丈夫だよ。きっと
先ほどセリシールに話をしていた差し入れを渡しに向かっているのである。
そして幼女の小さな一歩を何度も繰り返していくうちに目的地に到着する。
「ここだね」
「ンッンッ」
到着した場所は通路だ。
それはただの通路ではない。いかにも
目には見えない禍々しいオーラが――嫌な雰囲気が路地裏から漂っていた。
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