information:09 情報の取引はネーヴェルの気分次第で決まる (あとお金も)

 意識を失ったセリシールは、すぐさまホランド総合病院に運ばれた。

 昏睡状態が三日間続いたが、四日目に何事もなかったかのように意識が覚醒する。

 意識覚醒直後の最初の一言は「ネーヴェルさん。お腹が空きました」だ。本当に何事もなかったかのような意識の覚醒である。

 その後、健康診断などや精密検査などを行ったが、体にも脳にも、そして健康状態にも異常は見られなかった。

 意識を失う直後の記憶もあり、記憶障害などの症状も全く見られなかった。

 しかし念のためにセリシールは入院したまま。退院は明後日だ。経過観察入院というやつである。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 セリシールの意識が覚醒した日、情報屋バニー・ラビットの事務所に一人の男が訪ねて来た。


「国家安局の局長がボクに何の用だい?」


「ウサ耳を付けた幼女が病院を何度も出入りしてると聞いてのぉ。お前さんのことじゃろ? 今回の事件の情報を探してるんじゃないかと思ってのぉ」


 情報屋バニー・ラビットの事務所に訪ねて来た男は国家保安局の局長――シアン・アブワイエだ。

 白髪頭に老人の口調、小太りで温厚そうな雰囲気を持つシアンは、国の治安を維持するため犯罪者と日々戦っている国家保安局の局長には見えない。

 その見た目は“パン屋のおじいちゃん店主”と言われたほうがしっくりするほどだ。


「私はただ、うちのポンコツ助手の見舞いに行ってただけだよ」


「なるほど。情報収集というよりも被害にあっていたとはのぉ。道理でいつものピンクちゃんがいないわけか」


「……だから情報収集はしてない」


「またまた〜。お前さんのことじゃから情報収集の一つや二つやってるじゃろ。というか犯人を特定してたりして」


 黙り込むネーヴェル。黙秘を決め込んでいるのではない。話を進めるのがめんどくさいのと、巻き込まれるのが嫌なだけである。

 五秒以上の間がこの場の空気を気まずいものへと変えた時、シアンの口が開く。


「お前さんの手を――」


「帰ってくれ」

「ンッンッ」


 手を借りたい、と言おうとしたシアンの声をネーヴェルとクロロの声が遮った。

 それでもシアンは引き下がらない。拒むネーヴェルのことを全く気にする様子もなく発言を続けた。


「国の治安のためにも、被害がこれ以上増えないためにも。報酬は弾むぞ。ワシら国家保安局にお前さんの頭脳と情報を貸してくれ」


「ボクの手を借りずに国家安局だけでやればいいじゃないか」


「それが無理じゃからここに来たんじゃよ。わかってるくせに意地悪じゃのぉ」


「年寄りに意地悪する趣味なんてボクにはないよ。事実を言っただけ」


「お前さんがワシのことを年寄り呼ばわりか。ワシが年寄りならお前さんはロリババァじゃな! ガッハッハッハッハ」


 シアンの笑い声に驚いたクロロはネーヴェルの膝の上へと飛び乗った。


「相変わらずうるさい笑い方だな。それ、どうにかならないの? クロロに悪影響だよ。もちろんボクにもね」


 ネーヴェルは膝の上に乗っているクロロの小さな立ち耳を塞ぐ。

 大袈裟な行動だと思うだろうが、ウサギの聴覚は人間の三倍と言われている。優秀なウサギであるクロロはそれ以上に聴覚が優れている。

 だから笑い声だけで耳を塞ぐ行動は決して大袈裟ではないのだ。


「仕方ないじゃろ。今更笑い方なんて変えられん。それでどうじゃ? ワシらと協力して犯人を捕まえてくれないか? 優秀な部下も付ける。お前さんが大好きな金も弾むぞ。お前さんからしても悪い話じゃないはずじゃ」


「金に関しては魅力的だね。だけど、優秀な部下だって? そんな人材が国家アホ安局にいるだなんて初耳なんだけど」


「初耳? お前さんも何度も会ってるじゃろ。マヌーバじゃよ。マヌーバ」


「ああ、あのか」


 シアンがマヌーバと呼び、ネーヴェルがマヌケくんと認識した人物は、指名手配犯の逃亡劇の際に局員たちに指示を出していた指揮官のような人物のこと。

 彼のフルネームはマヌーバ・Q・スピカである。


「邪魔でしかないね。マヌケくんは役に立たない」


 ネーヴェルのマヌーバに対する評価は尤もだ。

 指名手配犯一人に対して国家保安局は十七人もいた。それでも指名手配犯の逃亡劇を許してしまったのだ。

 そんな人物の評価は低くて当然である。

 ――が、そもそも指名手配犯が逃げ切れたのは、ネーヴェルと情報の取引をしたおかげだ。

 あらかじめ国家保安局の行動を知り、それを踏まえて逃げ道を用意する。より多く取引したからこそ、指名手配犯の逃亡劇は成功に終わったのである。

 だからマヌーバの評価が低いのはネーヴェル自身のせいでもあるのである。


「役に立たないって……彼、一応うちの副長なんだけど……」


「犯人の一人や二人捕まえられないようなマヌケは役に立たないでしょ。まあ国家安局の副長に相応しいと言えば相応しいけどね」


「お前さんが犯人側に有利になる情報を渡してるからじゃろ。現場はともかく事情聴取とかなら彼の右に出るものはいないよ」


「なるほど。それならボクからアドバイスしてあげよう。マヌケくんは現場には一切出ずに事情聴取だけをさせてればいいと思うよ。そうすれば犯人逮捕の確率がぐーんっと上がる。まあ、マヌケくんが現場に行かなければならないくらい人手不足なら仕方ないけどね」


「人手不足ではないんじゃけど、マヌーバは真面目だからのぉ。率先して出たがるんじゃよ。真面目さと事情聴取の腕を見込まれて副長まで上り詰めた男じゃからな。お前さんの頭脳で操れば役に立つと思うんじゃが?」


「さすがのボクでもマヌケを操る才能はないよ。ボクは情報の取引をするだけ。そこからの行動は自分たち次第だからね」


 以前ネーヴェルが言っていたように、情報屋の仕事は情報を取引するところまでだ。

 情報を信じるのも良し、疑うのも良し。情報の取引以降の行動は、その場にいる者が判断して行動するしかないのである。


「いや、お前さんが情報を取引する時、ワシらはすでにお前さんに操られておるよ。大臣暗殺を未然に防いだ時も、爆発物処理班を助けた時も、誘拐された子供を見つけた時も、イングリスのビルでの爆破テロも防いだこともあったな。それは全部お前さんと情報を取引したおかげ――お前さんの情報によってワシらが操られたおかげじゃ。お前さんの力は、頭脳は、情報は、どれも本物じゃ。お前さんが必要なんじゃ。だからワシら国家保安局に協力して欲しいんじゃよ。ダメかのぉ?」


「嫌だね」


 ネーヴェルは頑なに拒み続ける。


「それじゃ、一つの情報を150万ベカでどうじゃ?」


「嫌だね」


「200万ベカ、いや、300万ベカ! これでどうじゃ?」


「魅力的な額だけど、嫌だね」


「400万!」


「嫌だ」


 まるでオークションのように一つの情報の価格が上昇していく。

 一つの情報で400万は破格の額だ。それでもネーヴェルは協力を拒み続ける。


「500万ベカ! どうじゃ? これならお前さんも動くじゃろ!」


「どれだけ出されようとも今回の件でボクがキミたちと協力することはないよ。絶対にね」


「そうかのぉ。これ以上はワシの力じゃ勝手に上げられんし、諦めるしかないのぉ。残念じゃ……」


 落ち込むシアン。俯き、悲しげな瞳をウッドテーブル向けた。年配者の落ち込む姿ほど見ていて心を痛むものはない。

 だからこそネーヴェルはため息混じりで口を開く。


「そう落ち込むな。事件は近々解決するから」


 氷のように冷たい発言ばかりするネーヴェルだが、心まで氷のように冷たいわけではない。

 優しい言葉もたまにはかけることができるのだ。


「事件が解決? お前さん、何かやったのか?」


 シアンは小首を傾げる。

 そんなシアンにネーヴェルは不敵な笑みを浮かべながら口を開く。


「600万ベカで教えてあげるよ」


 国家保安局の局長が出せる最大値500万ベカに100万ベカを上乗せした額をネーヴェルは要求した。

 当然のことながらそこまでの額をシアンは出せない。そして事件が解決するのであれば情報の取引は必要ない。だからシアンは取引には応じない。


「本当に意地悪じゃのぉ。ワシが600万ベカ出したところで、どうせ何をやったかではなく、やったのかどうかの有無を教えるだけじゃろ? お前さんのそういう詐欺師の思考だけは読めるわい」


「ボクは詐欺師じゃなくて情報屋なんだけどね」


「何を言っておる。詐欺師よりも詐欺師じゃよ。まあいい。事件が近々解決するって情報がタダで聞けただけで大収穫じゃよ」


「それじゃとっとと帰ってくれ。今からポンコツ助手の見舞いの時間だから」


 ネーヴェルはクロロを抱き抱えながら立ち上がった。

 ホランド中央病院で入院中のセリシールの見舞いに行くというのを態度で示しているのだ。

 席を立たれてしまえば、居座る確率が減る。もちろんシアンも例外ではない。


「そうか。邪魔したのぉ。よいっしょっと。ココアが恋しいとピンクちゃんに伝えてくれ」


「ああ、忘れてなければ伝えるよ」


 シアンはセリシールに伝言を残し事務所を出た。

 扉が閉まるとネーヴェルも準備を始める。シアンを追い出すために見舞いに行くと嘘を付いたのではなく、本当に見舞いに行くつもりなのである。

 そう。ネーヴェルはセリシールが入院してから毎日欠かさず同じ時間に見舞いに行っている。その時間がまさに今なのである。


「ンッンッ」


「エレベーターで鉢合わせになるのは嫌だからね。少しだけ時間をズラそう」


「ンッンッ」


「シールくんはきっとココアパウダーを全部溢してると思うからね。持って行ってあげようか」


「ンッンッ」


 ネーヴェルはシアンとエレベーターで鉢合わせしないためにゆっくりと動きながら準備を進めた。

 ネーヴェルに返答するクロロ。二人は本当に会話をしているように見える。

 そして頃合いだと悟った時、事務所を出たのだった。

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