information:03 タクシーに揺られながら目的地へ

 殺害予告について有力な情報を得るため、殺害予告が届いた本人パン・クロワッサンの元へと向かおうとする情報屋一行。

 事務所の外に出た直後、セリシールはキョロキョロと辺りを見渡してから口を開く。


「ヴァンさん。娘さんのところまでは歩いて向かうのですか?」


 駐車されている車がどこにもないのを確認したセリシールは徒歩で目的地に向かうのだと思ったのだ。


「いいえ。タクシーを使おうかと考えてます」


「タクシーですか。それなら超絶有能な助手である私に任せてください」


 自信満々に告げたセリシールは道路沿いに向かって駆けた。


「ヘイ! タクシー! ヘイ! タクシー!」


 親指を立てながら『ヘイ! タクシー!』と連呼し、タクシーを止めようとしている。

 そんな超絶有能を自称する助手を見て呆れた表情をするのがネーヴェルである。


「シールくん。キミは何をしているんだ?」


「タクシーを止めているのです」


「客が乗車中のタクシーを止めることはできないよ。それにタクシーじゃない車も止まってくれないよ」


「善は急げですよ。止まってくれる車があるかもしれませんよ。止まってくれたならそれはタクシーです! ヘイ! タクシー!」


 本気で思っているのだろう。セリシールの顔は真剣そのものだった。


「まあ、一理あるが、タクシーを止められたところでを乗せてはくれないだろうね」


 ネーヴェルの腕には黒色のミニウサギが抱かれていた。


「ンッンッ」


 黒色のミニウサギは可愛らしい声を漏らしながら、全体重をネーヴェルに預けている。そのおかげで後ろ足はビヨーンと伸びていた。


「クロロちゃん。もう戻ってきたのですか!」


「ンッンッ」


「超絶有能なウサギなのでな」


「ンッンッ」


 ネーヴェルが抱いている黒いミニウサギの名前はクロロ。

 先ほど国家保安局と指名手配犯の逃走劇を首に付けている小型カメラで撮影し、ネーヴェルたちに映像を送っていたミニウサギだ。


「それともうタクシーは呼んである。この子も乗れるタクシーをね」


「あっ、いつものタクシーですね」


「うん。いつものタクシーだよ。そろそろ来るはずだけど……」


 そんな会話の直後、ネーヴェルの水晶色の瞳にタクシーが映る。

 前面部がウサギの顔に改造されておりボディは真っ白。様々な種類のウサギのステッカーが貼られた車だ。

 そんな動物園の園内を案内する案内車のようなタクシーがネーヴェルたちの前に停車。

 直後、窓が開きサングラスをかけた運転手が声をかけてきた。


「お待たせしましたぜ。ハクトシンタクシーです」


 顔にはナイフで斬られたような傷があり、人を何人も殺めていそうな強面の男だ。

 そんな男にネーヴェルとセリシールは、物怖じすることなく後部座席へと乗り込んだ。

 ハクトシンタクシーは動物乗車可能なタクシーだ。


「相変わらずいい車だね」


「ンッンッ」


「ボブさん。お邪魔します。よろしくお願いしまーす」


 ミニウサギのクロロも含め、それぞれが強面運転手――ボブ・ダイヤモンドに挨拶をした。


「あっ、え、ちょ……」


 ヴァンだけは運転手の見た目に物怖じしてしまい挙動不審になっている。

 そんなヴァンに優しく声をかけるのはセリシールだ。


「ヴァンさんも乗ってください。大丈夫ですよ。ボブさんはグリズリーさんみたいな見た目で怖いですが、中身はウサギさんみたいに穏やかで優しいですから! 顔の傷もペットのウサギさんが爪切りの時に引っ掻いてしまったものらしいですよ。私も最初は怖かったですけど今では平気です!」


「に、にわかには信じがたいが……わ、わかりました。よ、よろしくお願いします」


 ヴァンは恐る恐る助手席に座った。


「お客さん。どこまで?」


「ひぃ!」


 ただ声を掛けただけでこの怯えようである。


「ホ、ホランド北区のエメラルド湖畔の正門前までお願いします」


「あいよ」


 ヴァンにとって唯一の逃げ場である扉が閉まる。直後、タクシーが発進する。

 強面な見た目に反して安全運転だ。乗車している動物が快適に過ごせるようにという配慮があるのである。


「お客さん」


「ひぃ!」


 全く同じリアクションで返事をするヴァン。

 突然声をかけた強面運転手のボブも悪いが、乗車したからにはヴァンにも慣れてもらわないと困る。


「お客さんの得たい情報は必ず手に入りますよ。だから安心してくだせえ」


「は、はぁ……」


 何を言われるのだろうかと緊張し身構えていたヴァン。

 予想もしていなかった優しい言葉がボブから発せられ、呆気に取られる。そして呆気に取られた勢いのまま漏らすような声で返事をした。


「俺もネーヴェルの姉貴に依頼したことがあってですね……」


 と、語り始める強面運転手のボブ。


「飼ってるウサギが迷子になったんですよ。それも一ヶ月も。いくら探しても、いくら名前を呼んでもチャチャちゃんは見つからなかったんです。飼いウサギにとって過酷で危険な外の世界を一ヶ月も生きるってのは奇跡に等しい。ウサギって生き物はそれだけコロッと簡単に死んじまうんですぜ。でも俺は諦めなかった。毎日毎日必死に探して……それですがる思いで情報屋に依頼したんですぜ。そしたら、一時間もしないでチャチャちゃんの居場所の情報を教えてくれたんですよ。最初は嘘かと思いましたぜ。だってそうでしょう。一ヶ月も迷子だったってのに一時間で見つけちゃうんですからね。でも嘘じゃなかった。教えてもらった場所にはチャチャちゃんが本当にいたんです。だから安心してくだせえ。見た目は幼いが彼女たちは本物……本物の情報屋ですぜ」


 聞いてもいないのに長々と語ったのは、ヴァンの緊張をほぐすため。そして情報屋バニー・ラビットが優れた情報屋だということを伝えたかったためだ。

 その気持ちは十分に伝わったらしく、ヴァンの表情はほんの少しだけ和らいだ。そして進行方向を真っ直ぐに見続けた。

 そんな会話が行われているとは梅雨知らずの情報屋バニー・ラビットの二人は、ネーヴェルの膝の上に乗っているクロロを愛でていた。


「いつも走り回っているのにこんなにモフモフでモチモチだなんて……ウサギさんって筋肉とかつかないんですか?」


「筋肉はつくさ。ただシールくんが触っているマフマフには筋肉はつかないけどね」


 クロロの背中を優しく丁寧に撫でながらネーヴェルは言った。

 彼女が言ったマフマフとは、首元にある肉垂にくすいのことである。

 この肉垂――マフマフはメスのウサギにのみ現れる身体的特徴だ。医学的根拠はないがマフマフが立派なほど魅力的なメスウサギだと言われている。

 その証拠にセリシールはクロロのマフマフに魅了されている。


「モフモフ〜モチモチ〜モフモフ〜モチモチ〜」


「ンッンッ」


 クロロもモフモフされて気持ちが良いのか、モフられるたびに声を漏らしていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 タクシーを走らせて数十分。ようやく目的地のホランド北区エメラルド湖畔の正門前に到着。


 ネーヴェルたちはタクシー利用料金の支払いをしている最中である。


「8000ベカいただいたので、700ベカのお返しですぜ」


「お釣りはいいよ」


「ネーヴェルの姉貴。いつも悪いですね」


「チャチャちゃんに新鮮な果物でも買ってあげてよ。ハクトシンタクシーの事務所近くのスーパーでバナナが入荷したらしいから」


「バナナですかい。チャチャちゃんの大好物ですよ」


「今回のバナナは糖度が高いから与えすぎないように注意が必要だよ」


「わかりました。ありがとうございます。ネーヴェルの姉貴、また何かあったらうちを利用してくだせぇ」


「もちろんだよ。それじゃまたね」


「へい! またよろしくお願いします!」


 別れを告げたボブはタクシーを走らせる。

 ネーヴェルたちは真っ白な車体が見えなくなるまで見送った。


「本当に私が払わなくてよかったのでしょうか?」


 到着早々口を開いたのはヴァンだった。

 タクシー代を払ってもらったことを気にしているらしい。

 そんな懸念を払拭する言葉をセリシールがかける。


「大丈夫ですよ。こう見えてネーヴェルさんは超がつくほどお金持ちなんですよ。だから気にしないでください」


「で、でも……」


「大丈夫ですって! ささっ、娘さんがいるお家まで案内よろしくお願いします」


「わ、わかりました。では、こちらです。3分ほどで着きます」


 ヴァンはセリシールに促されるまま道案内を始めた。

 そしてヴァンガ言った通り歩くこと3分、殺害予告を送られたパン・クロワッサンがいる家に到着する。


「で、デカー!!!! 立派な豪邸ですね! まさかエメラルド湖畔の敷地内の豪邸がヴァンさんの家だなんて」


 視界一杯に広がる豪邸を前にセリシールは口をあんぐりと開けた。


「私の家ではなく妻の実家ですね。妻の旧姓はエメラルド。両親はここエメラルド湖畔の所有者なのです」


「エ、エメラルド湖畔の所有者!? 国の所有物かと思ってましたよ! これまたびっくり……」


 開いた口が塞がらずにいるセリシールを他所に、ヴァンは豪邸の門前に立つ門番の男と話し始めた。直後、門が開かれる。


「ネーヴェルさん」


「ん?」


「私こんな豪邸に住みたいです」


「そうか。頑張れ」


 適当に流したネーヴェルは、すたすたと歩き門をくぐった。その後ろを宝石のようにキラキラと瞳を輝かせながらセリシールが付いて行く。


 邸内に入ると数人のメイドがネーヴェルたちを出迎えた。

 スカートの裾を両手で掴み、軽く持ち上げながら上品にお辞儀をしてるのだ。

 ヴァンは普通に歩いているが、メイドに出迎えられる状況に慣れていないセリシールはというと――


「ほ、本物のメイドさんですよ! は、初めて見ました! すごいです! みんな綺麗です!」


 常人なら緊張してガタガタと小刻みに震える場面だろうが、彼女は違う。テーマパークにでも遊びに来たかのようにはしゃいでいたのだ。


「シールくん。ボクから離れないようにしてね」


「離れないように……まさかネーヴェルさん緊張してるんですか? 大丈夫ですよ。この超絶有能な助手である私が付いてますから!」


「いや、その超絶有能を自称するポンコツ助手が高級品を壊さないか心配なんだよ」


「何を言ってるんですか。全くネーヴェルさんは心配性なんですから。そんな簡単に物って壊れませ――あッ!」


 言ったそばからセリシールは足がもつれて転んでしまう。その際、不幸なことに手が届く範囲にいかにも高級そうな陶磁器が置かれていたのだ。

 そして誰もが想像できる通り、その陶磁器が重力に従い地面に向かって落下して行った。

 しかし、陶磁器の落下速度以上に速い黒い影が迫ってきた。


「――うぉっと! ふー。危ない危ない」


 陶磁器は黒い影――ヴァンによって割れることなく受け止められたのである。


「た、助かりました……あ、ありがとうございます……割れてしまってたら命で償うところでした…… ヴァンさんは命の恩人です……」


「いやいや大したことじゃないですよ。娘が幼い頃、よく皿や花瓶などを落としていたもので……危機察知能力って言うんですかね。それが人一倍鋭くなっただけです」


 涼しげな顔で応えたヴァンは、陶磁器を元あった位置に戻した。

 転んでしまったセリシールはと言うと、腰が抜けて立てなくなっていた。それどころか――


「ガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 ガタガタと小刻みに震え出した。

 そんな様子に心配したメイドたちはかの時に駆け寄る。


「お客様大丈夫ですか?」

「大丈夫でしょうか?」

「お客様お客様」


 セリシールはガタガタと震えるだけで返事がまともにできていない。

 そんなセリシールに代わり、ヴァンがメイドたちに向かって口を開く。


「彼女を医務室に運んであげてください」


「かしこまりました。ヴァン様」


 二人のメイドはヴァンの指示に従いセリシールを医務室に運び始める。

 邸内に入って一分。玄関ホールでセリシールは脱落する。


「…………様はよしてくれ」


 ヴァンは蚊の鳴くような声で言ったが、ネーヴェルはそれを聞き逃さなかった。

 聞き逃さなかっただけで、発言の意図を探ったりしない。長い廊下をただただ静かに歩き続けるだけだ。


「ここです」


 その声でようやく長い廊下を歩くだけの時間に終わりが来たのだと悟る。それと同時に扉が開かれる。


「お父さん!!!」


 開いた扉の先には可憐な少女が一人座っていた。

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