9-3

 

 「これまた残念ながら、戸籍上そういうことになってる。血は繋がっていないけどね」

 

 血が、繋がっていない?。幸は新たに投げ込まれた情報の爆弾に、処理が追いつかなくなっていた。怒りと戸惑いの螺旋をどうにか制御しようと、名一杯思考する。

 

 「あんた、母親なのに、何とも思ってないのか?心配にならないのか?血の繋がりが無くなって家族なんだろう。母親なら、娘 が危ないと分かっていて仕事に就かせることを容認するのか?」

 

 「言っただろ、戸籍上はって。私はアイツを娘だと思っていない」

 

 「…なんだと」

 

 「過去に、お前と似たようなことを言ったやつがいたよ。お前と同じように、『血の繋がり』ってのがなくても家族になれるって。子供ながらに私もそう思ってたし、信じてた。そいつの言葉が飾りと知ってからも、私はまだ信じ続けていた。私はそいつとは違う、『血の繋がり』は副次的要素でしかないって。でもな、アイツと過ごして解ったんだよ。親が子供に、子供が親に捧げる愛情ってのは、『血の繋がり』っていう太いパイプがあってこそ捧げられるものなんだよ。親の真似事しても、アイツがそれを親子の愛情として受け取ることはないし、私もアイツからの好意を愛情とは感じない。親は子供に無償の愛を、例えこの身が傷ついても守るべきものだと説くが、私は微塵もそうは思えなかった。それどころか、私には時折、アイツがバケモノにさえ思えてならない」

 

 バケモノ。

 

 そう言った女の顔はどこまでも同じで、通常で、それがさも当たり前の事実を話すように淡々としていた。気が付けば、幸は女のスマホを地面に落としていた。震えるような寒気と共に、身体が一瞬のうちに悪意に支配されてしまい、指先の感覚が感じられない。

 

 彼女がバケモノ?

 

 幸の言動に一喜一憂し、自ら犯した罪を受け止め、顔色を窺ってはもとの言葉をえ選んでた彼女を、バケモノと言ったのか。幸には理解できなかった。

 

 「彼女を私の家に連れ帰る」

 

 「…それを許すとでも?」

 

 「許さなければ、彼女は仕事ができないぞ」

 

 「意味が分からない。お前の家に連れ帰ることとアイツの仕事を何の関係が」

 

 「私がいれば彼女は今まで通りに仕事ができる。それは、次の彼女の仕事の経過をみればすぐに分かること。ただ、私と一緒でなければ、近いうちに彼女はまたミスを繰り返す」

 

 「それを信じろと」

 

 「はったりだと思うならそれでいい。でも、近いうちに必ずミスをするとだけ言っておく」

 

 「こっちはお前に圧力をかけることだって出来るんだぞ」

 

 「やってみろ、そうなれば彼女がもとに戻ることはない」

 

 感情任せのアドリブだが、幸にはこれ以上のはったりは出せなかった。苦し紛れ、不利な状況から僅かな可能性をかき集めて吐いた狂言。幸一人の力で彼女をどうこうできるなど、あるはずもない。女にとって、彼女がそれほど大切な人間でなければ、そもまま切り捨て、新たな金の成る木を探しにいこうとするかもしれない。女のいうバケモノに、それほどの心血を注ぐかは、分の悪い賭けでしかなかった。

 

 「好きにしな」

 

 「本当に、いいの」

 

 「しらじらしい、どうせ引く気なんてないんだろに」

 

 女は欠伸を漏らし、手を払うように幸を追いやるようにした。幸はすんなりと狂言を通されたことに唖然としたが、すぐさま扉に駆け寄り店を後にした。

 

 「とりあえずは様子にしといてやる。あのババアとの情報経路が確定するまでの間だけ、な」 

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