8-1-1
そのメールに気付いたのは、幸が電車に乗ってからすぐの事だった。
発車時刻までの時間、手摺パイプに寄りかかりながら手持ち無沙汰にスマホを取り出した。ロックを解除し画面を上から下に掛けてスライドすると、レシートの如くびっしりと通知が張り出されている。お気に入り登録したSNSアカウントの通知、漫画アプリのチケット更新、スマホ契約した当初から設定されているニュースと天気予報、キャリアメールには配信停止をしていないサービスからのメールが山ほど届いていた。客を逃がさないための
幸は一件一件を簡単に読み流し、横にスライドさせていく。段々と文字よりもグレーバックの背景が面積を占めるようになったあたりで指が止まる。
『すぐに店に来い。でなければお前の個人情報を流す。』
スパムメールにしては随分脅迫めいた文章だった。スマホを持つようになってからこの手の迷惑メールは数えきれないほど経験がある。有名人の成りすまし、買ったこともない宝くじの当選通知、契約していない通新事業者から電話代の架空請求等々。近年、IT技術の進化と共にこの手の偽装も巧妙になっている。一目で捨て垢と解るメールアドレスがあたかも本物のように偽装したり、大手キャリアが発信する文章を一部書き換える形で編集しリンクのみを悪意あるものに偽装するなど。
しかしこのメールにはリンクはおろか、この一文以外に何一つ書かれていない。スクリプトキディのような、興味本位のクラッカーの仕業だろうか。被害はなくとも魂胆があからさまでない分、小さな疑心の種として残るのがいやらしい。
『From zuruyasumi@gmail.com』
(ず、る、や、す、み…ずる休み?)
偶然か、いや多分、きっとそうだ。確信を裏付けるにはいささか根拠に乏しいが、もし予想が正しければ『個人情報を流す』の言葉通りになりかねない。そして幸を呼ぶ理由はきっと、彼女の事だ。
(まだどうしたいかも、よく分かってないのに。)
幸は最寄り駅で停車した扉が再び閉まるまでに逡巡を繰り返した。一歩踏み出しかけた足が止まり、愉快な閉扉音が鳴り響くが、とってもステップを踏む心境にはなれなかった。
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