6-1
その日は赤々とした暮れだった。今朝方コンビニATMから引き出したお金を封筒から取り出し、そのうちの四枚を財布に仕舞って残りの一枚を封筒に戻した。『振り込め詐欺急増中』、『金融犯罪にご用心』と書かれた封筒には警察帽を被ったブルドックのイラストが描かれていた。これから会う支払い相手は、これを皮肉と受けとるだろうか。少し考えて、どうでもよくなって封筒をテーブルに落いた。
洗面台右手の棚には未だ消化されない歯磨き粉と歯ブラシの行列。ガサっと何やら足に当たるのは二リットル詰め替え用シャンプーの袋。髪型を整えようと鏡を覗けば、まだかまだかと、どこかしこに買い置きの視線を感じる。幸は手早くブラシで髪型を整え、髪を一くくりにしてリビングへ向かった。
スマホで時刻を確認しては、冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出し口をつけて飲む。満たされない渇きを誤魔化していると、インターホンが鳴った。
幸は開錠ボタンを押し、画面を覗いた。小さなモニター越しに映ったのは、桃色髪のつむじ頭。乱れた映像から解ったのはそれだけだった。それだけの事実が、渇きを満たした。
開錠ボタンを押してからしばらくすると玄関前のインターホンが鳴らされ、幸はゆっくりと扉を開けた。
「ども!、カスタムドールサービスで~す。新規のお客様だよね?お金で
「というわけで先に一万円いただきまーす。」と、捲くし立てる勢いに圧され、幸は一歩引いた。画面いっぱいに情報の塊をぶつけられ、処理できずにいた。
薄い光沢を帯びた黒のショートブーツには足の甲から足首にかけて無数のアイレットが装飾され、リボンのむずび目がアゲハチョウの羽のように大きく広い。膝丈に届くピンクスカートの上から黒のレーススカートが被せられており、二層のコントラストが見事に映えている。レースアップされた袖からは白い肌がちらつき、なまじ全体を黒で装飾しているせいかどこか艶めかしい。そして、黒セーラーの襟下に飾られた、自重で羽が垂れ下がるほど大きな黒スカーフのリボンが地雷の象徴とでもいうべく顕在していた。
「…中で用意してあるから、とりあえず上がってもらっていい。」
「はーい、お邪魔しまーす。」
メグはブーツの紐を素早く引き解き、踵を段差に付け合わせた。玄関マットに立つと、薄い繊維から覗ける
幸はメグをリビングへと案内した。雑然と転がっていたゴミは片され、荷物が入った段ボールは物置に仕舞い、仕舞い切れなかったものはバルコニーへと寄せた。布団は三つ折りに畳まれ、その上には寝袋が重ねられている。最大限の可動域を求めた結果、数人の来訪客が訪れてもそれなりにくつろげるスペースを確保できた。
「その辺のクッション使っていいから。」
「はーい。」
メグが先に座ると、向かい合うようにして幸が座った。先に用意しておいた封筒手渡す。メグはすぐさま封筒の中身を確認すると満足そうな笑みを浮かべる。
「まいどあり~、ってわざわざ封筒に入れて渡すってめっずらし~。しかもこれ、コンビニでタダでもらえるやつだ!詐欺防止だって、ウケる~。」
幸はメグの放つちぐはぐ感が無性に気になった。メグのファッションは『地雷系』と呼ばれるそれだ。量産系、ロリータ等ジャンルが多岐にわたるため、見識の浅い幸には答え合わせのしようがない。ただメグの口調は、分類するなら『ギャル』に属するもの。軽快なノリと面白くない事でもウケる特質性、それらを備えている。『お任せプラン』を選択したが、見た目と中身の統一感のなさに驚嘆する。
未知の生物と相対している感覚が拭えないまま、幸は本題を切り出した。
「今日来てもらったのは、これを一緒にやってもらおうと思って。」
テーブル下に置いてあった箱を取り出した。
「『ブレイド・ダンス』、カードゲームだよ。」
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「…おねーさん、変わってるね。」
幸がデックをシャッフルしたところで、テーブルに両肘ついて退屈そうにしていたメグが問いかける。
「せっかく一時間、こんな美少女メグちゃんを好き放題できるっていうのに、やらせることがカードゲームって。そういうのってボドゲカフェとかいったらできるんじゃないの?一万円をドブに捨ててる、絶対。」
「そんなことはない。ああいう場所は基本複数人で訪れる前提で組まれてるから、一人でいっても無駄に待ちぼうけるだけ。」
「へ~、それって実体験?ニヤニヤ」
嘲笑する笑みには毒がなく、相手を傷つける鋭さもない。幸はルール説明を終えるとカードを配り、互いに手札となる七枚のカードの選出に移る。
「それに、最近は忙しくって好きに時間を作れないからね。高いお金を払ってでも、家に直接遊び相手を呼べるのはありがたいんだよ。」
「…そーなんだ、おねーさんは何してる人?」
「コンビニの店員。朝番だろうが深夜番だろうが、お構いなしにシフトを突っ込まれる都合のいいコンビニ店員。基本定時は越えるし、入れ替わりのシフトの子は遅れるし、店長は幸薄いし、大学近いからよく路上飲みされて駐車場汚れるし。」
「うわ~、チョー絶ブラックじゃん、きっつそ~。何でそんな仕事続けてるの?」
「さあね、何でだろう。もしかしたら寂しいのかも。」
「お人形レンタルしちゃうくらいだしね~。」
互いに手札を選び終えると、じゃんけんで先攻後攻を決めた。先攻は幸からだ。
「うちのところはさ、店長がアナログ思考の人だから基本シフト表も紙なんだよ。だから誰かがシフト変更したりすると、全員分印刷して配りなおす。気が付くと、私のシフトが一個増えてたりするなんてことも、よくある。」
手札を選び終え、メグに次を促す。
「最近も、突然バイトが辞めたとかでさ、急遽大幅にシフトが変更になっちゃって。新しいシフト表を覗いたら、シフトは増えてるは朝番と深夜番が入れ替わってるはで散々。こっちの都合も聞いてからシフト変えてほしいのに。」
「…そっか。ホント、なんでそんなとこ勤めてるのかふっしぎ~、メグならすぐバックレちゃう。」
メグが手札を選び終え、幸はターンを開始する。
そうしてゲームを進めていくうち、話は幸の仕事の話ばかりになった。幸が愚痴ればメグが相槌を打ち、時折カードの説明をしてはゲームを進めた。目的を既に果たした幸にとって、この消火試合に意味はない。それでも、メグと過ごす時間は悪いものでは無かった。表情を豊かに変えるメグの、時折見せる無邪気な笑顔には、お金のためと解っていてもくすぶられるものがあった。
時折腕時計を確認しては、いずれ来る終わりの時を待った。赤々とした暮れは黒く沈み、カードに影を落とす。幸がゲームに勝利すると、メグのスマートフォンからアラームがなった。
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