1-3
ガラガラガラガラ、ガラガラガラガラ、ガラガラガラガラ。
長らく舗装されていないアスファルトの道路が、今日はやけに音を立てて、煩わしい。すれ違う人間の視線が、キャリーケースへと集約される。
彼女の持つキャリケースが放つ音は、良くも悪くも周囲の気を引く。幸もその一人だった。騒音など基本害以外の何物にもならないが、後ろを振り返らなくとも彼女が幸の背中についてきていることが分かるので、それだけは楽だった。
(これからどうしよう)
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『「今日、あなたの家に泊めてくれませんか」』
疲れた頭に衝撃を与えたせいか、言葉が二重に聞こえてきた。一つは肉声から、もう一つは電子音として。そして、彼女が電話越しに喋り掛けてきたのだと理解するのに、首を左右に大きく二回ほど振る必要があった。
幸は聞き間違いの可能性を疑った。こんな至近距離で通話を始める痛い子ちゃんだ。きっと発言もふわっふわな思い付きに違いない。幸は通話終了ボタンを押した。
「ふざけるのも大概にしろ。」
幾分、いやかなり大きめの怒気を孕ませた。今なら彼女のブロンドの瞳さえも嚙み千切れる、そんな眼光を向けていたのだろう。
彼女は一瞬だけひるんだように見えた。いや、そうであって欲しいと、彼女の挙動に都合のいい解釈を付けただけかもしれない。彼女の表情に、少なくとも焦りの色は見えない。
「『最悪、扉があって玄関があって屋根があって、雨風をしのげる場所ならなんでもいい』。私はその最悪として上げた条件に一致する選択をした。」
「それは、言った、確かに言った。でも私の家じゃない。知り合いとか、親戚とか、そういった類の意味で言ったのであって、ああもう、普通わかるでしょ」
「それ以外に私が条件を満たせる選択肢は残ってない、残念ながら。だからあなたに残された選択肢は二つ、私を家に泊めるか、警察に電話して事情を一から説明して引き渡すか。私的には前者をおすすめする。」
「最悪だ…」
「それは前者を選ぶって意味?」
「ああ、もう、それでいいです。」
全身の力が一気に抜けていった。あからさまに肩を上下させ、落胆の意を示し、膝から崩れ落ちてやろうと思ったが疲れるのでやめた。
言葉尻を取ることに関して、彼女は一昔前の刑事ドラマの取り調べができるかもしれない。空腹の犯人にかつ丼を出さずとも、全てを洗いざらい自供させられる。それか過度のストレスによる高血圧性脳出血で倒れる。
幸は先ほどまでのいざこざのストレスと、忘れていた五日連勤十二時間労働の重疲労が一気に圧し掛かり、高血圧性脳出血で倒れる前に考えるのをやめた。
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