2-3
「…もう一回」
手札とにらめっこしながら、苦悶と格闘する彼女。どうやってもひっくり変えることのない盤面を眺め、再び対戦を申し込む。
「いや、もういいんじゃない?」
幸は彼女にカードを渡し、彼女はそれらを綺麗なデックに整える。そして幸に渡し、幸がデックをシャッフルする。そしてまた彼女に渡す。対戦前に決めたルールだった。
『負けた方が片づけから次のゲームの準備までを行う』
かれこれ三時間、彼女は一度たりとも幸に勝利できていない。そのため片づけは彼女の仕事になっていた。しかし、カードゲームで遊んだことのない彼女にとってスリーブに入ったカードをシャッフルすることは至難の技だったらしく、何度やらせてみても、花びらのように舞い上がるばかり。諦めて幸が代わりにシャッフルし、それ以外を彼女に任せる形で落ち着いた。
再び手札が配られ、互いにデッキ構築に入る。このゲーム(※『ブレイド・ダンス』)はデックから互いに十五枚のカードを引き、その中からゲームに使うカードを七枚選ぶところから始まる。物理、魔法、補助、布石(※罠的なカード)の中から自分のオリジナルデックを作り、先に相手のライフを削り切った方の勝ちとなる。攻守のバランス、相手の戦略を読み切る駆け引きが非常に難しく、シンプル故に奥深いゲームだ。
彼女は一枚ずつカードを配っていく。ゆっくりだが、カードに折り目がつかないよう丁寧に。十五枚のデックが二つできると、その一つを私に手渡した。彼女は私の意向を無視し、既に対戦する気満々だった。
(頭は良いんだけどな…、存外素直な性格らしい)
彼女は非常に頭の回転が速く、ルールを覚えるのも早かった。幸がルールの大まかな説明を行い、模擬戦を一回。この時は勿論幸が勝利したが、序盤の進め方、勝負の流れ、攻守のバランスの重要性をすでに理解していた。
実際、二回戦はかなりいい勝負になったと思う。攻撃に偏り過ぎず、幸の攻めにも柔軟に対応し、数点差の僅差までもつれ込んだ。強いて言えば、まだカード全ての効果を把握しきれていないことが敗因だ。正直、五回もしないうちに彼女の方が自分より上手になる、幸はそんな気がしていた。
しかし、三回、四回と勝負をしても幸は負けなかった。それどころか先ほどよりも点差は開き、二回戦の結果が嘘のようだった。このゲームに運要素はない。何故このような結果になってしまったのか。それは彼女の素直さにあった。
『トリビュートリリィ』。彼女が必ずデックに入れるキーカード。
このカードは発動コストは高いが、決まれば一撃で勝敗を決することのできる強力なカードだ。ただ、それを狙っていることが相手にばれてしまった時点でその効力はゼロに近しくなる。
理由は簡単、コストが溜まるまで勝負を長引かせなければいい。短期決戦用にデックを組めばそれで勝率はグンと上がる。勿論、これは『トリビュートリリィ』を主体にしたデックの場合に限った戦法であり、それ以外のデックには意味をなさない。
彼女が幸に勝利するには『トリビュートリリィ』以外のカードを軸にしたデックを考える事。それだけだった。
それをしない理由は至極簡単で、シンプルで、懐かしくも微笑ましいものだった。
それはルール説明の時だった。物理、魔法、補助、布石のカードを説明する時に配った四枚のカード。彼女は魔法カード『トリビュートリリィ』をずっと見つめていた。模擬戦でも、次の試合でも、彼女のデックにはそれが入っていた。その次の試合、彼女は十五枚の中から七枚選ぶ際、必ず一枚を先に取り出していた。確定だった。
幸にも気持ちは痛いほどよく分かった。かっこいい、可愛い、お気に入りのカードで勝ちたい。至極当然の感情だ。『トリビュートリリィ』は不気味に輝く紫大鎌、袖口が広く丈の短いふんわりスカート、一回り大きい紫のローブ、編み上げのロングブーツから見える白のニーハイ、大きめの花飾りでまとめられたダークブラウンな長髪にアンニュイで物憂げな少女の顔。幸の中でもお気に入りイラストの一つだった。
(まさか、ここまで固執するタイプとは思わなかったけど)
幸は、幼少期にトランプで遊んだ妹の事を思い出し、懐かしんでいた。彼女のように勝ち方にこだわるタイプではないが、最後は勝って終わらないと気が済まない性格で、バラエティのクイズ番組みたく『最後に勝った人が優勝!』といって、片づけを全て押し付ける。
すると、どこかから聞きなれない電子音が聞こえる。多分、クラシックだ。曲名は覚えていなかったが、重圧が圧し掛かるような、低く厚みのある音だった。彼女の動きがピタリと止まった。
(玄関の方角、ってことは彼女のスマホ…。あれ、昨日聞いた時はカノンだったはず。)
着信音の違うこともそうだが、それよりなにより、彼女の身体が一瞬で凍り付いたのが気になった。先ほどの、隠しきれない純真さが、そわそわと揺れる身体の動きに現れていたのに、今では背筋を正し画面を凝視している。
「ごめんなさい、少し外す。」
「あ、ああ。」
そそくさと速足でリビングを出て、玄関を飛び出していった。
数分もしないうちに、彼女はリビングに戻ってきた。どう聞いていいものか、触れていいものかと考えていた思考が一気に冷めた。彼女は、最初コンビニであった時、いやその時以上に陰っていた。何事も寄せ付けない、空気だけで相手を威圧するような、そんなものを纏っている。幸は、まるで知らない人が現れたようで、気持ちが悪かった。
結局、続きは行われず、彼女は荷物をまとめるとすぐさまマンションを出て行ってしまった。幸は、思わず彼女の背中に手を伸ばし掛け、やめた。面倒事には巻き込まれたくない、これが最善、そう、いったではないか。
「ありがとう、それじゃ」
決して振り向くことは無かった。何も解決していない。それでも、最後の言葉だけで、この喉に絡みつく得体の知れないドロリとした感情が、少しだけ紛れた気がした。
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