第5話
※
本来の退勤時間は午後四時だ。そこから先は時間外労働であり、当然ながら残業代は出ない。記録上は残業ゼロの、クリーンな職場として法人側に報告するためだ。上が無茶な目標を立てたせいで、現場は余計に締め付けられてしまう。
それでも、自分のためならまだ良かった。今回は他人の仕事の肩代わりだ。割に合わない。骨折り損のくたびれ儲け、ということわざがお似合いだろう。要領よく生きる術が知りたい。
「お先に失礼するよ」
一旦、打刻のために職員室を訪れると、園長の
「霧島君も早く帰りなさいよ」
仕事が山積みと知って皮肉で言っているのなら、性格が悪いことこの上ない。だが、彼の場合、本気で何も考えず言った可能性が高い。現場の実情を知らないのだ。思慮浅く失言が飛び出すのも頷ける。もっとも、腹立たしい事実に変わりないのだが。
ああ、さっきからイライラしっぱなしだ。
現場の上司にも、職場全体の上司にも。無論、
重たくなった頭を垂らしたまま、職員室の引き戸に手をかけたところで、
「園長のことなんて気にするなよ」
ぬっと、後ろから首が伸びてくる。
弾かれたように振り返ると、筋肉質な肉体がそこにあった。
「はは、ごめん。驚かすつもりはなかったんだ」
背後に立っていたのは、五歳児クラスを受け持つ
刈り上げた頭部のツーブロックが爽やかさを醸し出し、半袖Tシャツから覗く前腕のなだらかな盛り上がりが美しい。スポーティな細マッチョだ。肉体もさることながら、その
「あ、あの、えっと」
口をあんぐり開けたまま硬直していた。
何か返答しなくては。あたふたと大急ぎで
これじゃあ、変な後輩だと思われちゃう。
焦れば焦るほど顔が紅潮する一方で、まごつきばたつきどうしようもない。
「何かあったら、いつでも相談してくれよな」
口をパクパクさせている間に、澄法は
自分もあんな風になりたい。
でも、とてもじゃないが、なれるとは思えない。
彼の姿を目にする度に、鈴音の胸はじくじくと痛んでしまう。
※
教材倉庫。職員室とむらさき組の間に位置する縦長の区画を訪れる。
悪戯防止の鍵を外して引き戸を開けると、ぬるま湯のような空気が溢れ出す。掃除が行き届いていないせいか、悪臭一歩手前のキツい臭いが
倉庫の至る所に段ボールが積まれており、棚に入りきらない分は乱雑に転がっている。それぞれから折り紙や画用紙が飛び出しているが、幾つかはあまり使われていないのか、
元々狭い空間なのだが、所狭しと教材が
鈴音は段ボールから目当ての物を引っ張り出す。
任せられたのは教材の準備だ。五月に行う活動の一環で、葉っぱ型に切り抜いた画用紙が大量に欲しいそうだ。千佳からの注文は、できるだけ多く切り抜いておくように、とのこと。目標数が不明確だ。果てしない虚しさに気が遠くなる。
「そういえば、ここって確か」
アレがある場所だ。
今一つやる気が出ないせいか、誘われるように奥へと進んでいく。
初めて教材倉庫に入った際、その異様な光景が印象に残っていた。アレは未だ置かれたままだろうか。
うず高く積み上げられた段ボールジャングルを慎重に抜けていく。途中、崩れそうな箇所を適当に整えながら、倉庫最奥部まで踏み込む。
果たしてそこには、変わらずあり続けていた。
「やっぱりあった」
それは神棚だった。
紛うことなき罰当たりな光景がそこにあった。
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