阿呆に概算なし

 道すがら立ち寄ったコンビニエンスストアで、朝食となる惣菜パンを買い込み、移動の車内で腹拵えをしようと考えた。腕に袋をぶら下げ、駅へ足を伸ばす姿は、新幹線を利用した小旅行に相応しい立ち振る舞いだが、鼻歌は錯誤した退廃感を醸成し、二目と見られない痛々しさを帯びる。随意に足を軽々と演出すれば、血涙が頬を流れ出す機運すらあった。生首が飛び出してきても不思議ではないビックリ箱を眼前に置かれたような、凶兆たる山荘への道程を楽しむ好奇心はない。駅に近付くにつれて足運びは鈍化していく。雲間もなく広大に広がる青い天井は、澄んだ空気の源のようにも感じられ、時折立ちあぐねた際に深呼吸を幾度となく繰り返した。


 ほとんどが経済的状況の悪化を受け入れ、シャッターを下ろす中、老齢の夫婦が営む弁当屋だけは、「スターロード」と命名されて花盛った過去を持つ商店街の名残りとして、今も看板を掲げている。閑古鳥が鳴く代わりに吹き抜ける風がシャッターを揺らせば、過渡期を過ぎた町の現状を訴えているようであった。ワタシはそんな寂れた商店街を横切り、この町で唯一、鈴なりに人が集まる駅前へ辿り着いた。始発を目指して歩く人々は、往々にして青白い顔をぶら下げながら、「通勤」などという憂鬱な工程に身を投じている。ワタシは幾分、それらの社会人とは打って変わって身軽であり、なかなか慌ただしい人流から一歩引いた立ち位置にいて、壁に寄りかかる余裕すらあった。ワタシは携帯電話で現在の時刻を確認する。そんな矢先だ。右前方から此方に真っ直ぐ近付いてくる人影を視界の端に捉える。下がった目線を徐に持ち上げ、その影の正体を看破しようと試みれば、


「それ、もしかして朝飯かい?」


 約束した五分前に必ず姿を現す“支配人”は、登山に相応しい格好をして登場し、ワタシは思わず自分の風采と見比べてしまった。昔取った杵柄に埃を被っていたジャージをズボンに履き、着膨れするダウンジャケットを羽織るワタシとの差異はなかなか鮮烈だ。目の前で「シャカシャカ」とポリエステルらしい衣擦れの音を聞けば、ワタシは座持ちをますます悪くした。


「まぁ」


 腕にぶら下げる半透明の袋をワタシは慎み深く背中へ回す。


「駅弁を買って、道中のお供にしようと思ったんだけど」


 “支配人”は嫌味な笑顔を湛え、然るべき態度と言葉の発露を誘っているようだった。胸に抱いて誇るような矜持はないし、巧言に走ればいいものの、天邪鬼な面が都合の悪い時に限って顔を出すものだ。


「そうだね。ワタシも貴方の横でこれを食べて優雅に過ごさせてもらうよ」


 目先の事柄ばかりに気を取られた鳥頭は、“支配人”の温情を見事に躱すワタシは、きっとナルシズムの気がある。誤った判断を取り下げることすらできず、強情な一面が顔を出す。ひいては、皮肉めいた口述に走って自ら殻にこもる様は、もはや手の施しようがない阿呆であった。

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