第209話 薔薇の約束と鉄壁さん
〜〜片井視点〜〜
ジーストリアに変化があった。
国旗が誕生し、首脳が顔を出したのだ。
国旗は見覚えのあるデザイン。
なんと、薔薇の紋章だった。
つまり、
詳しい経緯はわからない。
ただ、島内ニュースでは連日の演説が行われた。
「ジーストリアは独立宣言を世界に発表します」
カウンタック総部長。
やや堅いのいい男で、歳は40前後だろうか。
鋭い目と太い眉が特徴的。
この総部長という役職こそが、この島国の党首ということらしい。
英語で訳すとプレジデント。独裁政権の新しい役職といっていいだろう。
いわば、総書記とか書記長とかと似たような感じだな。
総部長は、スーツ姿にネクタイを締めている。そのタイには薔薇のマークがデザインされていた。
彼はジーストリア
ザチウスという人物からの交代である。
彼を筆頭に、上層部の役職が正式に発表された。
おそらく、全員が
しかし、その中にベロファーの名前はなかった。
つまり、影の黒幕になるつもりなのだ。
やつらしいやり方だよ。
この状況に難色を示したのは大和総理だった。
「まいったよ片井殿。ジーストリアを追い詰める方法がなくなってしまった」
上層部は魔炎石の採掘を正式に公表したのだ。
これによって、ダン国連を通じてジーストリアを追い詰めようとしていた総理の思惑は見事に潰されてしまった。
魔炎石の輸入国は我が国に対する協力を拒否。再び、日本は孤立してしまったのだ。
ベロファーの目的は世界征服である。
しかし、諸外国は魔炎石の輸入を元に協力を拒めないでいた。
また、核兵器の所有が最強の戦力だと本気で思っているのだ。
それもこれも、ダンジョン爆弾の恐ろしさを知らないからである。
こうなったら、研究所にモスキートカメラを忍ばせて非人道な人体実験を隠し撮りするしかなさそうだ。
ダンジョン爆弾の実験を公表すれば各国は動かざるを得ない。核より勝る兵器がジーストリアに存在するとわかれば、攻撃の対象になるのは明確だからな。
と思っていた矢先のことである。
俺と風間は実験場に入れなくなってしまった。
厳格な入管規制が敷かれて、人体実験をしている場所にいけなくなったのだ。
設置されたゲートには電磁波検知がされていて、モスキートカメラを入れることができなくなっている。
やれやれ。
完全に録画対策だな。
こちらの行動が読まれているよ。
そんな時、ベロファーは、俺を
そこは不思議な場所だった。
ダンジョンなのに明るくて、手入れの行き届いた庭園には綺麗な薔薇が咲いているのだ。
厄介なことに、ここも研究所と同じように、電磁波検知が実施されていてモスキートカメラは持ち込むことはできなかった。
「国旗のデザイン……。素敵だろう?」
ベロファーは世間話をするように呑気に笑みを浮かべている。
やれやれ。
随分と余裕のある挙動だな。
ジーストリアを掌握して世界征服に近づいてるってか。
俺の方でも色々と調べさせてもらったんだ。
黒いチューリップからの情報で、ザチウス総統が殺されたことは知っている。
「薔薇は友情の証。そして、愛なんだ」
「随分と綺麗事をいうんだな。実権を握るのに何人殺したんだ?」
「……平和に犠牲はつきものさ」
「そうやって理想の世界を作るために人を殺すのか?」
「……僕が世界を治めれば全世界から核兵器は撤廃される。世界から争いはなくなり、貧困層には手厚い援助が受けられるだろう。つまり、平和になるんだよ」
「だからって人を殺していいわけじゃない」
「見解の相違だね。僕が動かなければ戦争で人は死に、貧困層は飢えて死ぬ。いわば大は小を兼ねるだよ」
平然と人を殺せるのは価値観が狂ってるがな。
「ルールさえ守れば、人々は死なずに済むんだよ。そうなった方が幸せに決まっているさ」
「ルール?」
「僕を崇拝すること。それが絶対のルール。条件はそれだけさ。たったそれだけで、世界は平和を手にいれることができるんだぞ? 最高だろ?」
「価値観は人それぞれだがな」
「ふふふ……。随分と裏でコソコソと動き回っているようだね」
「……そっちもな」
「君…………………。何度も日本に帰っているよね?」
「さぁな」
「とぼけても無駄さ。学生寮に入った君が、ダンジョンから戻ってくる姿が何度も目撃されているんだ」
やれやれ。
ある程度は察しがついているのか。
研究所の入管規制はそういうことなんだな。
しかし、どこでもダンジョンだけは未知のアイテムらしい。
どうやら、このアイテムの情報だけは
だったら、今はとぼけるのが得策か。
「さぁな。なんのことだかさっぱりだ」
「……ふん。大和総理は困っていたんじゃないかな? 諸外国の協力が得られないからさ」
「…………」
ご名答。
「くくく。そうなると、君の取る行動は1つしかないんだよね。ダンジョン爆弾の実験を撮影して公開すること。そうだろ?」
やれやれ。
やっぱり、そこまでわかっていたか。
「日本に自由に行き来できるなら、モスキートカメラの持ち込みも容易だろう。実験を撮影するのは簡単だ」
……妙だな。
ここまでわかっていながら汗一つかかないなんて。
「僕としては、実験の動画を公開されては困るんだ。諸外国が敵に回っては、このジーストリアは淘汰されるからね。かといって、
「ほぉ。じゃあ観念するか? 人体実験をやめて、ダン国連に加入しろよ。独裁国家でも平和は築けるさ」
「僕が諸外国と対等の関係を築くのかい? 勘弁してくれよ。僕は支配者なんだ。世界にはルールが蔓延しなければならない。僕を崇拝するという厳格なルールがね」
「そんなくだらない野望も、人体実験を公表されればおしまいだろ? こんな小さな島国じゃあ、核兵器で狙われたらおしまいだ」
「そうだね。そうなればね」
そういって小さなリモコンを取り出した。
「こんな物を作ってみたんだ」
ニヤニヤと笑う。
「この島にはダンジョンウィルスを充填している隠しタンクがいくつも設置されていてね。そのタンクを破裂させるのがこのリモコンってわけさ」
なんだと!?
「タンクには高濃度のウィルスが充填されていてね。破裂することで、全島民を感染させることができるんだ」
「……悪趣味だな」
「ふふふ。君に動かれたら厄介だからね。5万人の島民が人質になっていると思えば迂闊なことはできないだろう? 君の弱点は非情になれないところだ。くくく。どうだい? 手が出ないだろう?」
やれやれ。
最悪の事態になった。
「僕は君に手を出さない。これは紋章に誓った『薔薇の約束』だ。僕は精神的貴族だからね。君と交わした約束は絶対に守る。約束の反故は貴族の名折れさ。だから、君には手を出さない。でも、他の人間は違うからね。ふふふ。形成逆転だ」
確かにな。
この流れなら俺は動けなくなる。
「アーーハッハッハッ!! 僕の勝ちだねぇええええええ!!」
勝ちねぇ……。
「さて、改めていわせてもらうかな。壁野
「断るとどうなるんだ?」
「ウィルスのタンクは一部分で破裂させることができるからね。島民を徐々に感染させることが可能さ」
「風間のようにか?」
「……どうして、そのことを知っているのかな?」
「さぁ、どうしてだろうな?」
「ウィルスの発症は環境の変化だ……。日本の緯度に到達すれば間違いなく発症する。風間は日本に行っていないのか? いや、それだと風間が感染していたことを知る術はない。ダンジョンウィルスは発症したんだ。だから知っていた。それなのに、風間は助かった……。まさかとは思うが……」
ベロファーは瞬間移動をしていた。
いつの間にか俺の横に立っていて、鋭い目で見つめている。
おそらく、時間を止めたんだろう。
「覚醒したのか? 堅牢の力が?」
困ったことに覚醒はしていないんだよな。
どうやってダンジョンウィルスを浄化したのかさっぱりわからない。
しかし、動揺は誘えたようだ。
「堅牢の力はダンジョンウィルスを浄化する力があるという……。答えなよ。こっちは島民の命を握っているんだよ?」
「さぁな」
「ふん。ならば、その力を見てみたい。試しに1万人ばかし感染させてやろうかな」
「おっと。そうはさせない」
「ああ、勘違いするんじゃないぞ。立場は逆転したんだ。君は下。僕は上だ。君は僕の命令に従わざるを得ないんだよ。くどいようだが、君とは『薔薇の約束』があるからね。君には手を出せないけれど、絶対的な上下関係は存在するのさ」
「だったら尚更俺のいうことを聞いた方がいい」
「……なんだと? わかっているのか? 島民である5万人が人質になっているんだぞ?」
「おまえだってわかっていないな。俺は日本とここを自由に行き来できるんだ」
「ふん。だからって無駄なことさ。入り口の電磁波チェックを受けただろう? モスキートカメラは持ち込めない。内部の撮影は不可能なんだ」
「無駄じゃないさ。内部を撮れなくたって外部を撮れるんだからな」
「外部を……撮るだと?」
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