第197話 暗奏の真相

「ぎゃあああああああああああ!!」


 研究所に悲鳴が響く。

 新しい生体実験を始めたんだろう。

 ダンジョンウィルスに感染した人間がダンジョンに変えられたんだ。


 堅牢の勇者のことが聞きたいんだがな。

 今はそれどころじゃないよな。


「実験をやめさせろ。こんなことは許されない」


「む、無駄だよ。 真王子まおこちゃん。そんなことで彼の機嫌を害したら大変なことになるよ!」


 ベロファーは平然とした顔でいった。


「僕たちは、この世界を救うヒーローなんだ」


「単なる人殺しだ。実験をやめろ」


「世界を救うためには犠牲はつきものさ。必要経費だよ」


「ベロファーぁ……!」


「そ、そんな怖い顔をしても無駄さ」


 目の前で人が殺されているのを冷静に見てられるか。

 断るなら強引にやってやるぞ。


「おまえは本当に交渉が下手だな。俺に研究所を潰させたいらしい」


 と、睨みつけると、ベロファーは汗を飛散させた。


「わ、わかったよ! と、特別だよ!!」


 そういって中二階に設置された小型のマイクに口を向けた。


「きょ、実験は中止だ。オフだから自由に休んでくれたまえ」


 1階の研究員たちは小首を傾げながらも研究を中止した。


「ええええええええええええええ!? いうことを聞いたぁあああああ!?」


 ふぅ……。

 なんとかやめてくれたか。


「こ、これでいいだろう?」


「今日のって言葉が気になるがな。できれば今後も一切やめてもらいたい」


「君はVIPだからね。今回は特別にいうことをきいたまでさ」


「こんなことは許されない。暗奏のこともな」


「誤解してるよ。世界平和のためには必要な道のりなのさ」


 やれやれ。

 こいつの世界平和ってなんだよ?

 本当に狂ってるよな。


「ベ、ベロファーが 真王子まおこちゃんのいうことを聞いた……」

 

 俺の横では風間が汗を流して狼狽えていた。

 もう、会話の精査ができなくて混乱してる感じだ。

 どうやら、ベロファーとの会話が理解できないらしい。

 特に俺が高圧的にいっていることが、怖くて仕方ないのだろう。

 風間はベロファーに圧倒的な脅威を感じているようだ。

 恐怖で支配する。これがベロファーのやり方か。


 とにかく、


「暗奏を作ったのがおまえの計画なら、 元老院セナトゥスは完全に日本の敵だ」


「だから、誤解だって」


「事実だろ」


「まぁ、日本を実験台にしようとしたのは悪かったと思っているけどね」


「暗奏が成長すれば1億2千人の日本人が死んだかもしれないんだぞ? それも必要なことなのか?」


 専門家の話だと、あのまま暗奏を放置していたら富士山が噴火してとんでもないことになったらしい。


「そんなことにはならないようにしていたさ。日本には 元老院セナトゥスのメンバーが控えていたんだよ。でも、君が暗奏を攻略してしまった」


 メンバーが控えていただと?

 もしかして……。


「ギーベイクか?」


  世界探索機関ワールドシークオーガニゼーションの監査官、ジェネスに化けていた正体不明のダークエルフだ。


「彼の愛称は 影闇使いダークマン。本当は彼が暗奏を攻略する予定だったんだけどね。予定が狂った。まさか、日本国内に暗奏を攻略できる探索者がいるとは思わなかったんだ」


 暗奏の攻略までが実験だと?


「目的はなんだ?」


「だから、世界平和だっていったろ?」


「いえよ。日本を危険に追いやってなにがヒーローだ」


「ふふふ。君は仲間になるしね。特別に教えてあげるよ。 元老院セナトゥスの目的は風間に聞いたよね?」


「世界征服だろ」


「そうだ。その目的を達成するには最もネックになっていることがある」


  元老院セナトゥスが困ること……?

 もしかして、


「地上における軍事力か?」


「うん。ほぼ正解だね。正確には核兵器さ。これだけは 元老院セナトゥスの力でもどうにもならない」


 たしかに。

 ジーストリアは小さな島国だ。そんな所に核が撃ち込まれれば世界征服なんて不可能。


「核保有国がどこだか知っているかい?」


 えーーと。

 ニュースではよく耳にするよな。


「アメリカ……ロシア……北朝鮮……。他は……」


「世界には8カ国もある。米国、ロシア、イギリス、フランス、中国。それと、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮だね」


 考えたことはなかったが多いな。


「この核保有8カ国を敵に回せば世界征服はできない」


 つまり、それに変わる軍事力が必要ということか。

 核に変わる……強大な力。


「そこでこの実験さ」


 おいおい。


「人間をダンジョンウィルスに感染させて、現地で発症させる。 聖弾クルセイドが正式名称なんだけどさ。『ダンジョン爆弾』の方が馴染みがあるようだね」


 ダ、ダンジョン爆弾だと……!?


「核保有国に降伏条件をつきつけるには最高の手段だよ。入国した人間がSS級ダンジョンに変化するかもしれないんだからね」


 ダンジョンが成長すれば国は滅亡する。

 それを攻略できるのはSS級探索者が所属する 元老院セナトゥスだけ……。


「感染者は武器なんか持たなくても入国を簡単に通ることができる。あとは市街地で発症すればいいだけさ」

 

 なるほど、上手くできてる。


「日本はその実験の1回目だったんだ。核を保有していない小さな島国は最高の立地だったのさ。それに、問題が発覚しても核攻撃はされないだろうしね」


 この野郎ぉ。

 

「舐められたもんだな」


「ふふふ。そう怒らないでよ。僕たちの実験は鉄壁さんの行動で阻止されたんだからさ」


「最悪だな。やっぱり悪の組織だよ」


「そうでもないさ。ジーストリアが世界を征服すれば、核は撤廃できるんだ。平和な世界が訪れるんだよ」


「でも、ダンジョン爆弾に怯える日々になるんだろう?」


 ベロファーは舌を出して笑う。

 舌の中に見える薔薇のタトゥーが不気味に映える。


 悪趣味なやつだな。


「僕が世界を統治したら夢のような世界になるよ! 戦争なんて絶対に起こらない。みんなが平等で、最高にハッピーになれるんだ。学費、医療費、子供の養育費は全部無料さ。そうだ、娯楽施設も充実させよう。遊園地や映画館も無料にしようか。麻薬だって解禁する。少々、税金は高くなるかもだけどね。それでも、みんなが楽しく生きれる世の中になるよ! この聖域みたいにね!!」


「聖域はおまえの理想郷をシュミレートした場所なのか」


「ふふふ。平和だろ? 絶対に争いなんてないんだよ。僕がいればね」


「法律を違反した者はどうなるんだ?」


「殺すよね。僕のルールに従えない者は死罪だよ。そんなことは当然さ」


 空気のようにいう……。


「やれやれ。とんだヒーローだな」


「違反者は悪者だよ。それを駆除するのはヒーローの役目さ」


「人間は完璧じゃないだろ? うっかりミスを犯すことだってあるさ。ジーストリアの情報をSNSに流してしまうとかさ」


「だから、そんなルールを守れない人間はゴミなんだって」


「だからって殺すのか? ダンジョンウィルスに感染させて、生体実験をしてもいいってことにはならないだろう」


「見解の相違だね。大きな平和に小さな犠牲はつきものさ」


「おまえとは分かり合えそうにないな」


「ふふふ。分かるさ。ジーストリアは平和だろ? 治安維持の専門は僕たち 元老院セナトゥスが担当しているんだよ。上層部の考えじゃあ争いが起きるからね」


 たしかに、この島の治安はいい。

 住み心地は快適だ。


「だからってな。人を殺していい理由にはならないんだよ」


「見解の相違だってば。戦争が起こって殺し合いになれば大勢の人間が死ぬんだからさ。優秀なリーダーが統治すればみんながハッピーになれるんだ」


「……そのリーダーって?」


「あはは。もちろん、僕だよ。僕しかいないだろう?」


 絶対におまえじゃない。


「まずは聖域でゆっくりしてくれよ。ここの良さがわかれば考えだって変わるだろうしさ」


「そうはならんと思うがな」


「ふふふ。聖域には4025人の従事者がいてね。全員に壁野  真王子まおこのことは通達をしておいた」


「ほぉ。全員が敵ということか」


「おいおい。勘違いするなよ。君はVIP待遇といったろ。だから、聖域のサービスは全て無料で受けれるようにしておいたんだ」


「なんだそれ?」


「聖域の中には55店舗の飲食店があってね。君は、その全てを無料で使うことができるんだよ。いわば顔パスさ」


 うーーん。

 嬉しいような……。複雑だな。


「そう難しい顔をしないでくれよ。高級フレンチとイタリア料理を食べさせてくれるレストランは10軒もあるんだ。その全てが無料で利用できるんだよ?」


「毒は入れてないだろうな?」


「そんなことするわけないだろ。髪の毛が入っていたらその料理長は厳罰だよ」


「おいおい」


「ふふふ。とにかく、君には仲間になってもらいたいんだ。聖域の良さを堪能してくれれば考えが変わるさ」


「悪の組織に懐柔されるわけにはいかん」


「だから、正義の味方だってば」


「でも、腹は減るからな。おすすめのレストランはどこだ?」


「ジェ・レスペクト・エテ・ジュテーム。店の由来は『貴方を愛して尊敬します』だ。この店のオマール海老は最高でね。ぜひ、君にも食べて欲しいよ」


 オマール海老ってあんまり日本では馴染みがないが、たしか高級食材だったよな。


「数日したらまた会おうか。その頃には 元老院セナトゥスの印象は変わっているよ」


 そういって去って行った。


 やれやれ。

 どう考えたって悪の組織だけどな。


「さて、んじゃ風間。そのジェ、なんとかって店に行こうぜ」


「ま、 真王子まおこちゃん……。君は本当に何者なんだい??」


 そういわれてもな。

 話せば長いが、もう俺の正体ははっきりと伝えておこうか。


「俺は──」


「わかった!」


「え?」


「君……。忍者だろう?」


「はい?」


「僕は知っているんだよ」


「なにを?」


「大和総理の部下に忍者がいることをね!」


 ああ、そういえば、大和総理と忍者の里の繋がりは極秘情報だったかもな。


「ふふふ。隠したって僕にはお見通しさ」


「いや。えーーとな。よく聞いてくれよ」


「配信者は仮の姿。果たしてその正体は……。大和総理直属の最強くの一だ!」


「いや……えーーと」


「これなら全てが説明がつく!」


「そうなのか?」


「ベロファーをあそこまで手懐けているのは……。く、くの一の得意技だろう!?」


「得意技ぁ?」


「つ、つまり……。ベロファーは君の虜ってことだ。か、勧誘にこだわるのは……。つ、つまり……」


 風間は、俺のことをジロジロと見ながら顔を真っ赤にした。


「く、くの一はそういう術を使うと聞いているよ」


「なんのことだ?」


「ぼ、僕にいわせる気かい!?」


「いや、わからんからさ。なんの術だよ?」


「つ、つまりベロファーは君を愛人にしたいってことさ。だ、男女が……。そ、そのベッドで……。ぼ、僕だって恥ずかしいよ!!」


 そっちの寝技かよ。

 俺が枕営業したってか。

 ベロファーを性の虜にしたといいたいのか。

 16歳の妄想はえげつないな。


「おまえエロいな」


「あうぅうう!!」


「そういうことばっかり考えて悶々とした日々を過ごしているから、そういう思考になるんだ」


「違っ! ぼ、僕は、い、い、一般論をいったまでだ!!」


 まぁ、俺も高校生の時はそんなもんだったしな。本気でバカにしてるわけじゃないけどね。


「そんなことより、早く飯を食いに行こうぜ。腹が減ったよ」


 正体をバラすのは飯を食いながらでいいだろう。


「だ、大丈夫! 僕は口が堅いから! 君がくの一っていうのは絶対に誰にもいわないからね!!」


「うん。ガチでいわないでくれな」


 くの一は俺の部下なんだからさ。

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