第196話 ダンジョン発生の秘密


 俺は風間に連れられてダンジョン研究所の中を案内された。


「ダンジョンがどうやって発生するか知っているかい?」


「公式の発表だと謎になっているよな。ただ、事前に気圧や湿度の変化が酷いらしい。つまり、なんらかの異変があってからダンジョンの入り口が発生するんだ」


「そう詳細は不明だよね。でも、ここでは、その理由が判明したんだ」


「え? それってすごくないか?」


「ノーベル賞レベルだね」


「公式な発表はしないのか?」


「ベロファーがそんなことはさせないよ。世界はおろか、ジーストリアの上層部にすら知らされていないんだ」


 なるほど。

 独自で研究をして、情報を独り占めか。

 ベロファーらしいやり方だよな。


「ダンジョンは空気中の微量な魔素の集合体なんだ。魔素とは魔力の塵みたいなものでね。地上には、その魔素が散乱していてね。一定の量が集合するとダンジョンの元となるんだ。空気の澱みにその魔素が溜まってダンジョンを形成するんだよ」


「菌が溜まってカビが生えるみたいな感じかな?」


「イメージとしてはそうだね。僕たちは、その魔素のことをダンジョンウィルスと呼んでいるんだ」


「なんだか嫌な名前だな。まさか感染するんじゃないだろうな?」


「そのまさかだよ」


「え?」


「安心してよ。普通の生活をしていたら絶対に感染なんかしないからさ。魔素は太陽の光に弱いからね。地上の人がダンジョンウィルスに感染することはあり得ないんだ」


「なんだ、よかった」


「普通にしてればね……」


 俺は中二階に案内された。

 そこはガラス張りで、下の階がよく見渡せる。

 そこには大勢の人が檻の中に閉じ込められていた。


「あの人たちは?」


「……ジーストリアの逮捕者がどんな人か知っているかい?」


「なんの話だ?」


「島内情報漏洩罪」


「ああ。ネットに島内の景色をアップしたりしたら捕まるやつだよな。収容所に連行されるんだ」


「収容所に行った者は帰ってこないだろう?」


 たしかに。

 収容所は謎なんだよな。


 え? まさか……。


「あの人たちがそうなのか?」


「収容所に連行するのはジーストリア上層部の管轄。収容者の処理は 元老院セナトゥスの管轄さ」


「どういう意味だよ?」


「上層部は責任を 元老院セナトゥスになすりつけたいのさ。なにかあっても逃げられるようにね」


「こ、殺すってことか?」


「……上層部の発表では、行方不明ということになっているね」


「どういうことだ? 収容所に入れられてるのにさ」


「覚悟して見てほしい」


 1階には白衣の研究員が何人かいて、銃を持った兵士もいた。

 その兵士が檻の中から男を出した。


「嫌だぁあああ!!」


 男は泣き叫ぶまま、透明な部屋に入れられた。そして、灰色のガスが部屋の中に注がれる。


プシュゥウウウウ……。


「あれは?」


「あれがダンジョンウィルス。オーストラリアの火山口から採取したガスだ。いわば、高濃度のダンジョンウィルス」


 オーストラリアはSSS級ダンジョンの終焉が出現して滅亡した場所だ。

 そんな火山から採れたガスがダンジョンウィルスなのか。


 じゃあ、男の人は……。


「まさか、感染したのか?」


「うん……」


 つまり、強制的に感染させた。


「なんでこんなことをするんだ?」


 風間は体を震わせた。

 奥歯を噛み締めて顔を歪ませる。


「しゅ、収容者は……。じ、実験材料にされるんだ」


 人間を使った生体実験か。

 明らかに違法だな。

 酷いことをするやつらだ。


 しかし、感染した男に異常は見当たらないが?


「本当に感染したのか?」


「僕は……無力だ」


 そういって窓ガラスを叩いた。


 どうやらよくない実験らしい。


 男は別の部屋に入れられた。

 ここからだと状況がよく見える。

 男には、大きな扇風機で風を与えたり、ヒーターで高熱を与えたりしていた。


「なにをやってるんだ?」


「環境を変えているんだ。気圧や湿気の変化を強制的に与えている。そろそろ……出るよ」


 なにが出るんだ?


 すると、


「ぎゃぁああああああああああああッ!!」


 男の悲鳴が響き渡る。


 男の手の甲には大きな目玉が生まれていた。


 風間は涙を堪えて、下の階を見つめていた。


「ああ……。発症した」


「え?」


「あれが、ダンジョンウィルスの発症だ」


 大きな目玉はぎょろりと動いたかと思うと稲光を発した。


「ぎゃぁああああああああッ!!」


 男の悲鳴が再び研究所に響く。


 突然。


 男の足元から突風が吹き荒れて、男の体を包み込んでしまう。


 な、なんだ!?

 なにが起こってるんだ??


「おい、風間。なにが起こっているんだ!?」


「……これが 元老院セナトゥスがやっている人体実験だよ」


 男の体は見る見るうちに変化して、大きな入り口になった。

 それは、地下へと繋がる階段が見える。


「ダンジョンの入り口になった!?」


「5年前。SSS級ダンジョンの終焉が封鎖された時。オーストラリア大陸にイギリスの調査団が入ってね。団員の半数がウィルスに感染したんだ。団員は帰国してすぐにダンジョンに変化した。このことから、オーストラリアは禁足地に指定。ダンジョンウィルスに対して研究がされるようになったんだ」


 ダンジョンが人によって増える……。


「これがダンジョンウィルスの謎。感染した者は環境の変化でウィルスが発症して、人間の体をダンジョンに変えてしまうんだ」


「…………酷いな」


「ダンジョンの等級はウィルスガスの吸引量に比例するらしい。あの男は高濃度とはいえ一瞬しか吸ってないからね。おそらくD級レベルの低級ダンジョンになったと思う」


「等級の問題じゃない。こんなことは非人道すぎるだろう。あの男を戻す方法はないのか?」


「僕だって助けてあげたいさ。でも、助ける方法はないんだ」


「おいおい……」


「ダンジョンに変わった者は死ぬ。ダンジョンが攻略されれば消滅する」


 じゃあ、


「実質人殺しか」


「……そういうことになるね」


 風間は今にも泣きそうな顔になっていた。


元老院セナトゥスは強い。強すぎる……。僕の力じゃ、あの人たちを助けられないんだ。うう……」


 やれやれ。

 こんな実験を 元老院セナトゥスはやっていたとはな。

 なにが世界を救うヒーローだよ。悪の秘密組織じゃないか。


「半年以上前になる……。ある男がダンジョンウィルスに感染させられた。その者は三日三晩、密閉した部屋で高濃度のガスを吸い続けたらしい。そして、彼は眠らされてね。適切な温度に保たれた棺桶に入れられた」


「なんの話だ?」


「その棺桶は船で海を渡り、飛行機に乗ってね。羽田空港に着陸したんだ」


 え?


「棺桶は街中で開封された。男は景色を見渡して、そこが日本だと知った。男の行動はすべてモスキートカメラによって撮影されて記録に残っている」


 も、もしかして……。


「数分も歩くと、男は気分が悪くなった。棺桶と日本の街中では環境が違いすぎるのだろう。倒れた場所はある施設の駐車場。男の額には大きな目が出現していたんだ」


「ダ、ダンジョンウィルスの発症……」


 ああ、まさかな。

 想像もしなかった……。


「そこはピクシーラバーズの駐車場。男は黒いオーラに包まれて、邪悪なダンジョンに変貌したんだ」


「とんでもない事実だな」


「ダンジョンの名前は暗奏。鉄壁さんが攻略した最強のダンジョンさ」


 ピクシーラバーズが保存していた防犯カメラの映像が消えていたのは、これを隠すためだったのか。

 防犯カメラは人間がダンジョンになる姿を捉えていた。

 しかし、暗奏が誕生する瞬間だけが映像に記録されていなかった。

 いくら探しても見つからないわけだ。

 おそらく、 元老院セナトゥスのメンバーが映像を消去したんだろう。

 

 暗奏は 元老院セナトゥスの実験で生まれたダンジョンだったのか。

 暗奏は計画的に作られた。

 それって……日本を滅ぼすためか?


「随分と内情がわかったようだね」


 振り向くとベロファーが立っていた。

 舌を出して不気味に笑う。


 やれやれ。

 悪の親玉の登場か。


「実験だけで僕たちを判断するのはやめてほしいね。ダンジョンウィルスはオーストラリアを起点にして増え続けているんだ。放っておけば地球上はダンジョンだらけになってしまう。このままでは魔族が求める世界になってしまうのさ。だから、この研究所ではウィルスガスの浄化も実行しているんだ。ウィルス発生の火口付近に強い紫外線の出る装置を置いてね。ダンジョンウィルスを消滅させている」


「……じゃあ、あの実験はなんだよ? 人殺しだろ」


「ふふふ。大きな平和に小さな犠牲はつきものなのさ。気にすることじゃないよ」


 人を殺しておいてそのセリフ……。狂ってるな。


「そんなことより、聖域はどうだい? ここは 元老院セナトゥスが作った最高の場所なんだ」


 やれやれ。

 こんな実験を見たあとに感想を求めるかね。


「インフラは世界最高峰。コンビニで良質なコーヒー豆だって買える。なんならネット通販だって利用できるんだ。それに無料で利用できる病院もあってね。出産も可能なんだよ。今度、サウナを作る予定があるんだ。生活するなら最高の環境さ」


 率直な感想を言ってやろうか。


「反吐が出そうだ」


「ちょ! ま、 真王子まおこちゃん!? 口の利き方を気をつけないと!!」


 ベロファーはつまらなさそうに目を細めた。


「まだ、詳細がわかっていないだけさ。しばらく、滞在するといい。風間と同じマンションに部屋を用意してやろうか。聖域の良さを堪能したまえ」


「今すぐ、日本に帰るって言ったらどうするんだ?」


「……帰れないだろ? 聖域の警備は厳重だぞ。どうやって僕の許可なしにここを出るんだよ?」


「なるほど。まるで人質に取られた気分だな」


「仲良くしようよ。敵対したいわけじゃないしさ。君とはどうしてもわかり合いたいんだ」


 そんなことは不可能だと思うがな。


「君だってまだ出る気はないんだろ? 色々と情報を知りたいはずだ。詳細がわかれば 元老院セナトゥスの見方も変わるよ。僕たちは世界を救うヒーローなんだからさ」 


「今のところ、悪の秘密結社だが?」


「まいったね……」


 風間は汗を飛散させる。


「ま、 真王子まおこちゃん。ベロファーとはどういう関係なんだい?」


 えーーと、話せば長い。


「なんだ。まだ、僕のことを話してなかったのか。これは気を遣ってくれているのかな?」


 いうタイミングを逃しただけだ。


「ふふふ。風間。彼女には堅牢の勇者の話はしたかい?」


「いえ……。まだです」


「そうか。じゃあ、説明してやってくれ。 元老院セナトゥスは彼女こそが、その勇者だと思っているんだ」


「え!? し、しかし、黙示録の内容では、勇者の性別は男ですよ!?」


「……だったら尚更そうさ」


「どういう意味です?」


「詳しい話は 真王子まおこに聞いてくれよ。君はわかっていることを全て彼女に伝えればいいさ。和解はそこから生まれるだろうしね」


 俺が【堅牢の勇者】?


 そういえば、どこかで聞いたことのある名前だな。

 ……そうだ!

 暗奏のダンジョンボス、オメガツリーが最期に言った言葉だ。

 あれは……。壁キックを当てて落下している時だったな。


『ま、まさか……。おまえ……!? 魔法壁を倍化する技……。そうか。堅牢の勇者。……おまえが堅牢の勇者かぁああああ!?』


 ああ、たしかにいってたな。


 堅牢の勇者ってなんだ?

 

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