第190話 新しい仲間

 それはエルフだった。

 美しいエルフの女。


 しかし、見たこともないエルフだな。


 じゃあ、ここにいる黒ずくめの連中は?


 全員がフードを外すと、やはり美しいエルフの女だった。

 全員が膝をつき、俺に向かって頭を下げる。


「鉄壁さま。お、お会いできて光栄です」


 いやいや。

 状況が理解できん。

 とりあえず、 真王子まおこの姿でも俺の正体は知っているみたいだな。


「おまえたちは何者なんだよ?」


 エルフたちは立ち上がった。

 そして、各々に肌を露出させる。

 ある者は首筋。ある者は二の腕。ある者は内腿。

 そこにはサイのタトゥーが彫られていた。

 でも、少し変わっている。サイの角の部分が黒いチューリップになっているんだ。


「俺のファンなのか? 学園でもそういう生徒を何人か見たことがあるけどさ」


「私はヤミエール。黒いチューリップのリーダーをしております」


 組織名かな?


「黒いチューリップなんて、聞いたことない組織だけど?」


「上層部は鉄壁財団。そこから派生したスパイ専門の組織でございます」


「マジか……」


 鉄壁財団といえば、カーシャが発起人になって作った、俺を支える財団だよな。

 その本部は、俺が作ったエルフの村だ。

 じゃあ、


「えーーと、ヤミエールっていったかい? 君はエルフの村の?」


「はい!」


 と、彼女は目を輝かせて俺に詰め寄った。


「何度か、お野菜を片井ビルに届けに行ったことがございます!」


「そ、そうなんだ……」


 これをかわきりに、他のエルフたちも俺の周囲に集まってきた。


「わ、私もエルフの村の住民でございます!」

「わ、私。鉄壁さまが視察に来られて時に、い、一度だけ目が合ったことがあるんです!!」

「お、お、お会いできて光栄です!!」

「て、鉄壁さまが……。こ、こんなに間近に……」

「わ、私、鉄壁さまと会話してる……」

「ああ、鉄壁さま……」


 な、なんか、俺に対する崇拝具合が異常だな。

 

 ヤミエールは再び畏まった。


「鉄壁さまのことは、大和総理をはじめ、長から聞かせていただきました」


 長とはマリーザのことだろうな。

 エルフの村長だ。


 ……なるほど。

 要するに、


「俺が心配になって助けに来てくれたってことか」


「……勝手なことをして申し訳ありません」


 しかし、潜入捜査だからな。俺との関係がジーストリアの上層部にバレるとまずい。

 そもそもだが、


「よく入国できたんだな。厳しい審査があるのにさ」


「エルフは異界人ですからね。国籍フリーなのでございます」


「なるほど……。でもさ。日本からの経由が発覚すれば入国できないんじゃないのか?」


「我々は野菜売りの業者として入国したのでございます」


 聞けば、青果店ベジタルマートとして出店しているらしい。

 エルフたちが作った無農薬の野菜を販売しているそうだ。


「野菜はパプアニューギニアで栽培しましてね。毎日輸入しているのでございます」


「わざわざ俺のために輸入ルートを確立したのか?」


「いえいえ。今や、鉄壁財団のエルフたちは世界中に存在します。ネットで連携をとって組織を構成しているのです。私がリーダーである黒いチューリップのメンバーは半分以上が海外のエルフですよ。パプアニューギニアに在住しているエルフが組織のメンバーに加わって大きくなったのでございます」


 すごいな。

 まさか、鉄壁財団がここまで成長していたとは。


「世界中のエルフが、エルフの村の恩恵を受けて救われています。そして、その全員が鉄壁財団に加入するのでございます」


 みんなは再び膝をつき深々と頭を下げた。


「「「 我々は鉄壁さまに救われました 」」」


 いやいや。

 もう、俺の知らない世界になってるってば。

 村長のマリーザが良くしてくれてるんだろうな。

 俺は関係ないと思う。


 とはいえ、ここまで好かれてしまっては邪険にもできないしなぁ。


「黒いチューリップの花言葉は『私を忘れて』。私たちのことは空気のように思っていただければ結構でございます。道具のようにお使いください。我々は、貴方さまに陰ながら寄り添い、ご奉仕できることがなによりの幸せなのでございます」


 ああ、なんだか、みんなの視線がキラキラ輝いてこっちを見てるな。

 そこまで慕われるのも困ってしまうよ。


「ご友人には大変に失礼なことをしてしまいました。しかし、鉄壁さまがマフィアに襲われていては助けないわけにはいきません」


「もしかして、俺の跡をつけていたのか?」


「は、はい……。以前から、気づかれずに警護させていただいておりました」


 マジかよ……。まったくわからなかった。

  真王子まおこの姿って島内でも人気だからな。

 人の視線が気にならなくなっていたよ。

 ……いや、彼女たちの尾行能力がずば抜けて高いのかもしれない。


「じゃあ、今回、姿を現したのは偶然か?」


「はい……。本当は陰ながらお助けできればと思ったのですが……」


「なるほど……。俺が潜入捜査をしていることを忖度して、コルに睡眠薬を吸わせたってわけか」


 コルは幸せそうにスヤスヤと眠っていた。

 

「本当に申し訳ありませんでした」


「いや。丁度いいよ。こんな話はコルにできないからさ」


 俺は普通の女子学生の設定だからな。

 俺が『鉄壁さん』であることは秘密なんだ。


 それにしても、黒いチューリップは随分と慎重だな。

 これなら、俺との関係が周囲にバレることもないだろう。


 俺たちは、黒いチューリップが経営するベジタルマートの事務所に移動した。

 コルにはそれなりの理由がいるからな。


「ホゲ! 苺のショートケーキ!!」


 コルは凄まじい寝言とともに目を覚ます。


「あれ? フカフカのソファーだ……。なんで?」


 俺は彼女に経緯を話した。

 もちろん、ある程度は装飾してだ。


「へぇ……。じゃあ、マフィアに眠らされて誘拐されそうになったボクを助けてくれたのが、ヤミエールさんたちなのか」


 詳細は違うが、大筋はまぁ、合ってるよな。

 ヤミエールがマフィアを倒してくれたんだからさ。


「コルさん。私はあなたたちの大ファンなんです」


「ボクと 真王子まおこの?」


「はい。お2人でやられている配信はとても面白いですよね。この前のお寿司の配信なんか笑ってしまいました」


「……あれは 真王子まおこが企画したからね。 真王子まおこが考える企画は全部面白いんだ」


「はい。 真王子まおこさんはすごい人です」


「へへへ。ヤミエールさんはいい人そうだな」


「私は青果店を経営しているんですけどね。新鮮な果物でもどうでしょうか?」


「わぁああ! 美味しそう!」


 それは果物の盛り合わせだった。


「マフィアに襲われて怖い思いをしたでしょう。美味しいお茶もありますからね。ゆっくりしていってください」


「良かったな。コル」


「犬も歩けば棒に当たる、だな」


「なんだそれ?」


「歩いていれば偶然にいいことがある、って日本語のことわざ」


「んーー。それをいうなら怪我の功名だと思うがな」


「ボクは怪我してない」


「じゃあ、犬が棒に当たってラッキーはないだろう」


「でも、犬は可愛いよ。 真王子まおこと一緒で」


「おい。論点がズレてるぞ。そもそも犬のように尻尾を振るのはコルじゃないか」


「ボクがいつ尻尾を振ったんだ?」


「振ってるって」


「振ってない」


「お手」


「わう」


「ほらな」


「うう……。 真王子まおこのお手ならやらざるを得ない。やらないと損だ」


「損ってなんだよ」


 このやり取りを見て、ヤミエールはクスクスと笑うのだった。


 俺の潜入捜査に心強い味方ができたな。

 その名も、黒いチューリップ。 

 スパイを専門にした凄腕のエルフたちの秘密組織だ。

 メンバー全員が綺麗な女ばかりなのは、潜入捜査に有利だからなのだろうな。多分……。

 

 これで、 元老院セナトゥスとの戦いも少しは楽になるな。

 早く風間を助けてあげたいよ。

 


 次の日。

 学園にとんでもない来客があった。


 担任のアービド先生は汗を垂らす。


「か、壁野  真王子まおこ……。 元老院セナトゥスがおまえをスカウトに来た」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る