第189話 新しい敵

 ジーストリアでは妙な噂が立っていた。


 イタリアの犯罪集団マフィアが島内で暗躍しているというのだ。


 なんだか、きな臭い噂だよな。


 マフィアを語る前に、少しばかりジーストリア島について説明させて欲しい。


 この島が誕生したのは5年前。その起源は、ダンジョンの駆除を利用した学園の設立なんだ。

 よって、俺が通っている 探索学園シークアカデミーが中心の学生最優先国家になっているんだよな。


 上層部はEUを筆頭に中国とアメリカが権利を独占し、政治体系は複雑になっている。

 ジーストリアの上層部が国を動かす独裁国家で、大統領のような特別なリーダーの存在は非公開だ。島民だって見たことがない。

 よって、島民に統一性はなく3国の人種が入り乱れる危なそうな国となっている。


 ところが、内紛は存在せず、日本並みに治安が良かったりする。いや、なんなら日本以上に平和かもしれない。

 おそらく、宗教活動の制限をしているからだろう。

 上層部は宗教に厳しい。信仰が許されるのは個人と家族間だけ。

 公の施設を使って宗教活動をするのは禁止されている。

 このことが多国籍国家の治安維持に大きく貢献しているとみられる。

 俺だって、入国審査の時は無宗教、無神論者という設定にした。こうした方が審査が通り易いらしい。

 よって、島内に蔓延しているのは、学生第一主義とダンジョン探索における魔法学だけなんだ。

 

 世界的に見ても革新的で新しい場所なんだけどさ。

 先進国の日本が介入していないってんだから変わっているよな。


 広さは300キロ平方メートルと、淡路島の約半分くらいの広さ。

 島の半分が未開拓地で、ゴツゴツした花コウ岩と木々に覆われているんだ。

 周囲は綺麗な海だからさ。見晴らしは最高にいいよ。


 植物はダンジョンの影響を受けるらしく、たった1年で30メートル以上も成長を遂げた特殊な針葉樹などがある。

 でも、基本の土壌は痩せていて塩分を多く含んでいる。なので、通常の農作物が育たない。要するに農業には不向きな環境なんだな。

 よって、森はあるが、田畑はないという中々に不思議な場所になっている。

 なので、自給自足は難しい。食料は全部、輸入なんだ。


 人口は約5万人。

 市街地があり、その街は繁盛している。

 島内に上陸する人間は月に1万人程度。そのほとんどが業者で、観光客は存在しない。


 細かい法律は未発達で、島内の情報漏洩を防ぐことが中心に作られている。

 島内の基準は、あくまでも学生が中心であり、学生の発展のために島が存在しているんだ。


 在住する学生は約1000人程度。

 島民のほとんどは学生じゃないんだ。

 だから、人口の5万人というのは学生の補助のために存在しているんだな。

 補助とは勉強も入っていてさ。

 社会勉強として、福祉なんかも含まれるんだ。

 島内に老人ホームがあるのは社会勉強の一環らしい。

 社会常識も一流の探索者になるためには必要なことなんだってさ。


 島の物価はバカ高い。

 通貨はユーロを使うんだけどさ。

 マッグドナルドのビッグマッグセットが20ユーロもするんだぜ?

 日本円で2600円。目ん玉飛び出るよな。

 日本なら1000円でお釣りが帰ってくるのにさ。

 缶コーヒーだって、1本500円以上するしな。日本の感覚なら鼻血出るわ。

 料金の半分は税金らしい。

 国費や、税金の使用に関しては非公開。そこはトップシークレットとなっている。

 要するに不正し放題ってことだな。


 しかしながら、学生の補助は手厚かったりする。

 毎月、20万円相当のユーロが支給される上、学生寮は無料なんだ。

 医療費をはじめ、島内の指定施設の利用は無料になっている。


 医療費の無料は日本も見習って欲しいよな。

 まぁ、5割の消費税は絶対に嫌だけどね。

 

 そんな島なんだけどさ。

 法律がガバガバなんだが、発展はすごいんだ。

 3日に1店舗くらいのスピードで新しい店が開業する。

 もちろん、廃業になっているところもたくさんあるけどね。

 よって、次の日曜日には新しい店でご飯、なんてのは日常茶飯事だ。

 コルなんか、いつも新しい飲食店を探して目をギラギラさせているよ。


 どうやら、ガバガバの法律が島の発展に寄与しているらしい。

 島の理念として、働きたいやつは働け、勝手に金を稼げ、学生のために尽くせ、そして税金を納めろ、という感じらしい。


 なので、審査は緩く、出店は簡単だった。

 特にダンジョン関係の店は緩々で、アイテムショップなんかは認可を受けていない非公認の店が多く存在する。

 ジーストリアの上層部としては難色ものなんだけどね。島の発展につながるから、ある程度は緩いらしい。

 もちろん、島内秩序を乱すことや、情報の漏洩には厳罰態勢をとっているけどね。

 そこさえ気をつければ快適に住める島国だろう。


 食料品の輸入は、主にEUが独占している。

 EUってのはヨーロッパ連合のことね。


 そこで暗躍してるのがマフィアってわけだ。

 つまり、欧州版のヤクザ。


 上層部としても、マフィアの動きには敏感だ。

 島の秩序を乱す存在は武力で制圧する。

 マフィアはそのことを熟知しているので、絶対に武力で逆らったりしない。

 あくまでもビジネス。マフィアにとってジーストリアはいい金蔓になっているらしい。


 それが麻薬の売買なんだ。


 なんと、ジーストリアは麻薬が合法の国なんだよな。

 法律が追いついていないのか? とにかく規制は緩い。

 もちろん、学生は厳しく禁止されているけどね。

 しかし、成人ならば麻薬を合法で楽しめる国なんだ。


 そこに目をつけたのがマフィアだった。

 マフィアは本土で禁止されている麻薬を栽培して、ジーストリアに輸入するビジネスを始めている。

 本土の栽培は禁止だが、ジーストリアへの輸入は公認なんだよね。

 おかしな仕組みだよ。


 それで、島内でもおかしな噂が立ち始めている。


 そのマフィアが、秘密裏にジーストリアを乗っ取ろうとしているらしいのだ。


 麻薬の売買だけで満足してればいいのにさ。

 欲が出てるよなぁ。


 乗っ取り計画には武力の強化が必須だ。

 その1つが学生の懐柔。好条件を提示してマフィアにスカウトするってことだな。

 凄腕の探索者なら良い戦力になるんだろう。


 だから、学園内では変な噂が立っている。

 あいつはマフィアになった、とかね。

 

 島内秩序には 元老院セナトゥスも絡んでいるがな。マフィアのことを敵対視しているのか、それともすでに仲間になっているのかは謎だ。

 ま、俺にしてみればどっちもいい存在だよ。

 できれば関わり合いたくないだけさ。


 そんな風に思っていたんだけどな。

 

 それはコルと一緒にランチを食べに出かけた時だ。

 人気のない裏路地に入った時。数人の男たちに囲まれてしまった。


「おやおや。これは可愛いお嬢さんたちだ。 探索学園シークアカデミーの生徒だよね」


 やれやれ。

 コートの中には拳銃が見える。

 手や顔についてる傷からして、一般人じゃなさそうだな。


「俺たちはイタリアンマフィアさ。なぁに、別に薬を売ろうってんじゃないんだ。いい話があるからさ。ちょっと話をしないかい?」


 これって噂の、


「もしかしてスカウトか?」


「へぇ。光栄だね。事情を把握してくれてそうだ」


「だったら他を当たってくれよ。私たちは興味ないからさ」

「そうだ。ボクはマフィアなんかに興味はない。ボクが興味があるのは甘いマフィンだけだ」

 

「ははは。君たちは噂の天使だろ? 千年に2人だけのさ」


「……写真くらいなら一緒に撮ってやるからさ。それで帰ってくれよ」


「おいおい。そんな邪険に扱うなよ。我々は友好的に話を進めたいんだ」


「だから、興味ないってば」

「同意。ボクも興味ない。興味あるのは 真王子まおこだけだ」


 なんかコルが言ってるがスルーしよう。


「ふふふ。今はマフィアもダンジョンの時代だからな。人気の配信者は組織に取り込んでおきたいのさ」


「だから断るって」


「おっと。そうはいかない。君たちくらいの凄腕ともなると、絶対に欲しいんだ」


 と、銃を見せつける。


 やれやれ。

 普通の探索者は地上じゃ能力は使えないからな。

 拳銃こそが最強の武器ってか。


 まぁ、コルはそうなんだがな。

 俺は 密偵腕輪スパイバングルがあるんだ。

 防御魔法を使えば銃弾くらいは防げるだろう。


「でも、やり方は間違ってない? 凄腕の人間をスカウトするのに武力で制圧しようなんてさ」


 男はコートから注射器を取り出した。


「ククク。学生は禁止されているだろ? これを大量に打って中毒にすれば、晴れて我々の仲間入りさ」


 ああ、そういう懐柔の仕方か。

 マフィア怖いな。

 だからって協力するわけにはいかないけどさ。


 成人の男が6名か。

 対するのは、俺とコルの2名。


 コルは魔法の強化はできないが、対人格闘術はそれなりに心得ている。

 銃弾にさえ気をつければなんとかなるだろう。


 空気は一触即発。

 そんな時だった。


 黒ずくめの集団が男たちの後ろに現れた。


 なに!?

 早くも応援か!?


 などと思うや否や。

 マフィアの男たちは黒ずくめの集団に瞬く間に倒されてしまった。


 はい? なんかわからんが、こいつら相当な実力だぞ。

 もしかして、助けてくれたのか!?


「ま、 真王子まおこ!」


 コルが黒ずくめに捕まり、口に布を当てられる。


「あぐ……! まお……こ。にげ……ろ……」


 動きが早い!


「コル!」


 すると、彼女はガクンと落ちてしまった。


「ZZZ……」


 どうやら、寝てるだけだ。

 映画とかで見たことあるな。

 たしか、クロロホルムという眠り薬だ。


 ってことは、こいつらは新しい敵ってことか。

 フードを被って顔が見えないな。

 もしかして 元老院セナトゥスの連中か?

 それにしては見たこともない服装だな。

  元老院セナトゥスの衣装とは違う。


 フードには花の紋章がある。

  元老院セナトゥスは薔薇だったけどな。

 こいつらのは黒いチューリップだ。


 コルが寝てるのは都合がいいぞ。

 幸いここは人気がないしな。

 ふふ……。おもいきりやれるじゃないか。


 俺が身構えるより早く、黒ずくめの連中は片膝を地面につけた。



「鉄壁さま。手荒な真似をして申し訳ありません。お連れのお嬢様には眠っていただきました」



 はい……?


「て、鉄壁さまぁ……?」


 な、何者だ?


 黒ずくめの1人が立ち上がる。

 フードの奥から見えるのは白い肌。

 

 こいつら女だ……。

 しかも、相当にスタイルがいいぞ。


 彼女はフードを脱いだ。


 

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