第187話 完全敗北

 僕は鉄壁さん扮する 真王子まおこの壁パンチによって、魔法壁とダンジョンの壁に挟まれていた。


 し、死ぬ……。


 このままだと、死んでしまう。


 ア、亜空間収納箱アイテムボックス……。


 僕は魔法壁の隙間から腕を伸ばして亜空間に突っ込んだ。


 よ、よし。

 亜空間からハイポーションを取り出して……。


 しかし、掴んだ瓶は 真王子まおこによって奪われた。


「おっと。そうはいかん」


「あううう……」


 は、早くハイポーションを飲んで回復しなければ死んでしまう。

 全身複雑骨折の上、大火傷、加えて出血も酷い。


 い、意識も朦朧としているぞ。


「確認しておくがな。ゲームは俺の勝ちでいいんだよな?」


 うう……。

 僕が始めたゲーム。

 『汗をかいた方が負けゲーム』。


 このルールは、相手が恐怖して汗をかいた方が負けなんだ。


 僕は見事に大量の冷や汗をかいてしまった。


コクン……。


 と頷く。


「よし。んじゃあ、俺が勝った場合は風間 潤志郎の身元を引き渡してくれる約束だ。それも大丈夫か?」


コクン……。


「よし」


 は、早くハイポーションをくれぇええ。

 い、意識が遠のく……。


「あ、そうだ」


 な、なんだよぉおおお!

 早くしろぉおお、死ぬぅうう。


「回復したら、俺を攻撃する、なんてことはないよな?」


 あううううう。


「ち、誓う。こ、この薔薇の紋章に誓うよ」


元老院セナトゥスのマークか?」


「そ、そうだ……。これは友情の印。薔薇の紋章に誓った者は必ず、約束は守る」


「本当だろうな?」


「ち、誓う。僕は精神的貴族だ。約束は必ず守る。この薔薇に誓って、君には攻撃しない」


「もしも、約束を破ってみろ……。心底軽蔑するぞ?」


「あううう……。や、約束は守る……」


「……よし。んじゃあ、信じてやる」


 やった!


ゴクゴクゴク……。


「プハーーーーーー!」


 助かったぁあああああああああ!!


 僕はハイポーションで怪我を回復させた。


 まだ、若干、体のあちこちが痛いが、死ぬのは回避できたぞ。


 この状況で敵を信じるなんて甘ちゃんだよな。

 かといって、僕だって 元老院セナトゥスのリーダーだからね。

 薔薇に誓った約束は守るさ。


死んだ時間デッドタイム!」


 約束は、 真王子まおこを攻撃しないこと。

 君を攻撃しなければ、約束は守っているんだ。


 ククク。

 本当に鉄壁さんなのか?

 隙だらけ。

 詰めが甘いね。


 くくく。 

 僕は精神的貴族だ。

 誓った約束は必ず守るがね、庶民には絶対に負けないのさ。


 お遊びのゲームでは負けたがね。

 戦いでは勝つ!


 ここからが本当の戦いなのさ!!


 壁野  真王子まおこ

 ここ最近の君の行動は全て調べさせてもらったよ。

 

 朝食にコンビニでアメリカンドッグと缶コーヒーを買って食べていたな。

 心底がっかりしたのはアメリカンドッグの棒についているカリカリに焼けたころもをリスのように前歯を使って美味しそうに食べていたことだ。見窄らしいことこの上ない。

 昼食はサンドイッチを食べて、デザートはカップアイス。そのアイスを食べる姿が本当に残念だった。蓋の裏についているアイスをスプーンでこぞって食べていたんだ。意地汚い人間だよ。

 夕食は、中華料理店、陳珍軒に通っていたな。餃子なんか、僕は食べたことがないがね。油まみれの餃子のタレは真っ赤なラー油が入っているんだ。油に油。高カロリーのオンパレードだよ。


 全て、調べがついている。


 結果は庶民だ!


 あんな高カロリーのアメリカンドッグを嬉しそうにパクついて、糖分たっぷりの缶コーヒーをガバガバ飲む。極め付けは、油でギトギトの床で客を迎える中華料理店だよ。店内に流れるBGMは人気のヒップホップ。よくあんな場所で落ち着いて食事ができるな。 真王子まおこの行動は全てが庶民だった。僕ならあんなことはしない。


 朝食は美しい庭園を眺めながら紅茶を飲む。口に運ぶのはオーガニックのサラダだけだ。昼食ならばイタリアンパスタだろう。それもムール貝とオリーブオイルを使った地中海仕様だ。夕食ならばフランス料理のフルコースで決まりさ。1日の疲れを優雅に労う。店内に流れるBGMはヘンデルのハープ協奏曲。もちろん、店の床はピカピカ。油汚れのあの字さえ存在しない!


 壁野  真王子まおこ

 いや、鉄壁さん。

 君は庶民だよ。

 精神的貴族の僕に勝つはずがないんだ。

 貴族は庶民に勝利するんだからな。


 負けたのはただのゲーム。

 くだらないお遊びのゲームで負けただけだ!

 断じて精神的敗北ではない!!

 

 僕は銀髪の少女を持ち上げて能力を解除した。

 彼女の首筋に短剣を添えて……。


「おい。なんの冗談だ?」


「あははは! 冗談に見えるかい?」


「ゲームに負けたんじゃないのか?」


「ははは……。こ、子供じゃないんだ。お遊びはおしまいさ」


「でも、さっきは薔薇の紋章に誓ったじゃないか?」


「誓ったさ。薔薇の誓いは絶対だ。僕は精神的貴族だからね。誓った約束は必ず守る。だから、君には手は出さない。……ね」


「やれやれ。だからってコルを人質に取ったのか?」


「あははは! 僕の目的は絶対的な勝利。君を部下にすることだからね」


「それが貴族のとる行動かよ?」


「か、勝つことが大事なんだ。これは作戦さ。君を完全に屈服させるという作戦。君は仲間を守るために僕の部下になるんだよ。くくく。調べはついてるんだよ。このコルという女。随分と君と親しい仲じゃないか。陳珍軒に通うのを何度も見かけているんだぞ。くくく」


「こんな状況で、俺がおまえの仲間になると思うか?」


「なるさ。精神的に屈服すればね。ははは!」


 さぁ、認めろ!

 僕の方が上だと!!


 君は庶民。

 僕は貴族だ!


 貴族ならば、庶民から搾取するのは当然のこと。


 部下として使ってやる。

 君のことはチェスの駒のように使ってやるよ!


「さぁ、 真王子まおこ。改めて君を誘わせてもらうよ。この娘の命が惜しくば僕の部下になるんだ。さもなくば、君の仲間が次々と命を落とすことになるぞぉ! はははーー!」


「やれやれ」


「僕の短剣が、この子の頸動脈を斬りたいと叫んでいるぞ。くくく。今度は魔炎石は仕込んでいない素肌を斬るとしようかなぁああああ。ヒャハハハーーーー!!」


「俺がそういうことを考えなかったと思うか?」


「……な、なんだと!?」


  真王子まおこはスマホの画像を見せた。

 そこには、見たことのある風景が映る。


「こ、これは!?」


「魔炎石の採掘場。しっかりと動画撮影させてもらったからな」


「なにぃい!?」


「配信業をしてるとこういうのは空気のようにできてしまうんだよな。この情報が公開されたくなければコルを解放するんだ」


「は、ははは……。君はバカか?」


  死んだ時間デッドタイム

 

 こいつは筋金入りのバカなのかもしれないな。

 所詮は庶民。この程度の知能か。


 僕は静止した時間の中で、 真王子まおこのスマホを取り上げた。


 能力解除だ。


「こんな動画で僕に勝った気になっていたのか!? あははは!! 滑稽だな!! バカ丸出しだ!!」


「そうかな?」


「この島のネットサーバーはジーストリアが管理しているんだぞ。こんな動画を撮ったところでなんになるっていうんだよ!? ネットで拡散なんかできるわけがないだろ! バカめ!! 愚かすぎる!! 部下にするのも躊躇うくらいに失望したよ!!」


「ほぉ」


「動画のタイトルにジーストリアと名付けたところでサーバーに自動感知されて削除対象になるのさ! 動画内の発言や表示も同様さ。ジーストリアに似た言葉さえも自動検知されて規制される。この島は徹底した情報規制を敷いているんだよ!」


「ああ、この島からネットを使えばそうなるよな」


「ははは! だから、無駄だというのさ! 君はどうしようもないバカ庶民だな!!」


「それがそうでもないんだよな。画面をスライドさせてさ。次の動画を見てみろよ」


「はぁ?」


 僕は言われるままに、画面をスライドさせた。

 すると、次の動画が表示される。

 その映像は 真王子まおこがパソコン越しに誰かと喋っていた。


『それじゃあ、大和総理。あのカメラに向かって宣言してもらえますか?』

『うむ。ジーストリアの採掘場の動画データは、私こと、日本の首相、大和 先達が受け取った。鉄壁さんになにかあれば、この動画は彼のチャンネル【防御魔法で探索チャンネル】にアップされることになるだろう』


 な、なんだとぉおおおおおお!?

 コピーを取っているということか?

 し、しかも首相だと!?


 ……ん?

 に、日本の首相だとぉおおおおおおおおお!?


「こ、ここはどこなんだ……?」


「どこって……。ここはジーストリアのダンジョンだろ?」


「違う! 動画に映っている場所だぁあああ!!」


「日本に決まってるじゃないか」


「どうやって移動した!? 君はこの島にいるはずだぞ!? 学生が許可なしに帰国なんかできるもんか!?」


 は!!


 そ、そういえば…… 粘土使いクレイマンと戦った時、鉄壁さんは急に消えたんだった。

 つまりは、謎の移動アイテムを持っているということか。


「ま、まさか……。い、移動アイテムで日本に帰ったのか?」


「さぁ、どうだろうな?」


 いや、間違いない。

 この動画の男は大和総理だ。

 と、いうことは、この動画は日本……。


 か、帰れるのか?

 こ、ここから日本といえば何千キロと離れているんだぞ……。


 で、でも、この男は大和総理。

 動画内は日本で撮影した映像だ。


 そんなバカな!?

 あり得ない!!

 ジーストリアの厳戒な監視をすり抜けて秘密が外部に漏れるなんて!!


「俺のスマホ。返してもらうな」


「あ!」


  真王子まおこは僕の持っているスマホを取り上げた。


「念を押しておくがな。俺の体はおろか。俺の仲間に傷でもつけてみろ。ジーストリアの秘密はネットの海に拡散するからな」


「あぐぐぐぐぐぐ……」


「あーー。いっておくがな。俺のチャンネル登録者数は1億人だからな」


 あ、あり得ない。あり得ない、あり得ない。


 こ、こんなことは絶対にあり得ないのに!!


「こんなに大量の魔炎石……。他の国が放っておかないだろうな。この情報が拡散されればさ。この島は世界中から注目されて、魔炎石の採掘権で奪い合いになるんだ」


 な、なんだこいつ……す、隙がないぞ。


 僕の攻撃が一切、通じない!!


 庶民のくせに!

 あ、汗をかかない!!


 つ、強い……!

 で、でも僕は負けない!

 ぼ、ぼくは精神的貴族だ。

 しょ、庶民になんか絶対に負けないんだ!!


 どうすれば勝てる?

 考えろぉおおお。

 考えるんだぁあああああ!!


「まだ、俺と戦うつもりか?」


「ち、近づくな!!」


 強い……。


 こ、こいつ強いぞ……。


 いや、でも勝つ方法が必ずあるはずだ。

 か、必ずある。

 ぼ、僕が勝つ……。


 目頭が熱い。


ポタ……ポタ……。


 は……!


 な、なんだ? この手の甲についた透明の液体は!?


 まさか……。な、涙!?


 な、涙だとぉおおお!?


 僕が泣いている!?


 僕が泣いているだとぉおおおおおおお!?



「もう、おまえの負けだ。風間を返せ」



 そんなバカな!!

 僕が負けたというのか!?


「あ、ああああ……」


 そ、そんなことは絶対にあり得ない。

 ぼ、僕は無敗なんだ……。


 僕は無敵なんだぁあああああああああ!


 時を止める能力は最強なんだぁああああああ!!




「ああああああああああああああああ!!  死んだ時間デッドタイムぅうううう!!」




 気がつけば走り出していた。


 こ、これは逃げてるんじゃないぞ。


 戦略的撤退だぁああああああああ!!


「ああああああああああああああ!!」


 僕は負けない!

 今まで一度だって負けたことなんかないんだぁああああ!!

 

 恐怖させて、屈服させて、勝って来たんだぁああああ!!


 精神的貴族は庶民に負けないぃいいいいい!!


 これは夢か!?

 現実か!?

 夢であってくれ!!

 いや、現実か!?


 あ?


 え?


 夢かな?


 じゃあ、なんで今走ってるんだ??


 ぼ、ぼ、僕は混乱なんかしていないぞぉおおおおおおお!!


 戦略的な撤退だぁああああああ!!


 考えてるだけ!

 考えてるだけぇええええええ!!


 ぐぬぅうううううううううううううう!!


 負けてない負けてない負けてないぃいいいいい!!


 僕は負けてないんだぁああああああ!!


 止まれ涙ぁあああああああああああああッ!!

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