第183話 汗をかかない理由

 この少年……。

 見た目は高校生くらいか。

 華奢な体で大して強そうには見えないがな。


 俺の前に音もなく現れた。

 しかも、コルと 華龍ホアロンを瞬時に気絶させて……。

 彼女たちの実力はS級クラスだ。間違っても簡単に倒されるほど弱くはない。

 彼女らの目が追いつかないほどの超スピード攻撃……。

 

 謎が多いユニークスキルだな。

 答えを出すには時間が必要か。


「ベロファーとかいったよな。交渉はできるのか?」


「この状況で交渉かい? 君の可愛いガールフレンドが気絶してるのにさ」


「おまえの力なら俺も一撃で倒すことができたはずだ。しかし、それをしなかったということはなにか目的があるんだろ?」


「へぇ……。敵の能力がわからないのにさ。パニックにならないんだね」


 今、一生懸命考えてんだよ。

 只今、脳みそフル回転中です。


「汗をかいてないね。暗奏を攻略した力は伊達じゃないのか…‥」


 そんな時間はない。

 こいつのユニークスキルの秘密を解くには、汗をかいている暇さえないのさ。


「僕が君を攻撃しなかったのは、会話がしたかっただけさ。SS級ダンジョン暗奏を攻略した力は本当なのか? 君は世界中の人気者だ。僕は鉄壁さんの実力を知りたいんだ」


「余裕だな」


「僕がその気になれば君なんて一瞬でおしまいさ。無敵の鉄壁さんだろうとね。僕の前じゃあ無力だな」


 と、言ったかと思うと、いつの間にか彼は俺の真横に立っていた。薔薇のタトゥーが入った舌を出してニヤリと笑う。そして、俺の首に剣を添えていた。


「ほらね。この剣で首を斬ればおしまい。わかる?」


 やはりだ。

 俺の前髪が揺れてない。


 こいつのユニークスキルは、スピードスターワイバーンみたいな超スピードの攻撃じゃないぞ。

 もっと、特殊ななにかだ。


 瞬間移動か?


 ……いや、それならコルたちが攻撃された時にその瞬間が見えたはず。

 そもそも、いつ剣を抜いた?

 剣を俺の首に添える動作が見えなかったぞ??


 まだ、解明するのに時間が必要だな。


「おまえ、1人で来たのか? 随分と自信があるんだな」


「僕は強いからね。部下を連れて来る意味はないさ」


「部下?」


 こいつ、 元老院セナトゥスのリーダーなのか。

 見た目は子供なのにさ。


粘土使いクレイマンを可愛がってくれたそうじゃないか」


「ああ、あの粘土使いな。襲われたから対処したまでさ」


「……君。今の状況わかってる? 僕の剣がさ。今にも君の喉をかっ切ろうとしてるんだよ?」


「それをしないのは理由があるんだろ?」


「……ちっ!」


 気がつけばベロファーは俺から離れて立っていた。


 また、瞬間移動だ……。

 相変わらず、気流の変化はない。


「君……態度が悪いね」


「はい? 悪態をついてるつもりはないが?」


「普通はもっと恐怖するんだ」


「そうなのか?」


「達観してるのか? ……いや、それともなにか作戦があるのか? ……不思議なやつだな」


「おまえ会話が下手だな。もう少し、相手を敬って話した方が場が和むんだぞ」


 ベロファーから笑みが消える。


 やれやれ。

 ちょっとカチンと来たようだな。


 さて、攻撃してくるか?


 俺は攻撃に備えて大きく息を吸い込んだ。

 そのわずかな肺の膨らみに気がついたのだろうか。

 彼は再び笑みを浮かべる。


「君に汗をかかせたくなった」


「じゃあ、一緒に走るか?」


「くだらない冗談だね。そうやって恐怖から逃げているんだろう?」


「どうだかな。そもそも、おまえは俺と会話がしたかったんだろう? だったら建設的な内容にしようよ」


「人間というのは、答えの出ないどうしようもない時に恐怖するんだ。脳内に死の予感が過るからだろうね。でも、君にはそれがない。……自信があるのか、それとも恐怖が麻痺しているのか? どちらにせよ、建設的な会話というのは君が恐怖をしてから始まるんだよ」


 歪んでるなぁ……。

 まぁ、舌に薔薇のタトゥーを入れてる時点でネジが飛んでる人間なんだろうけどさ。


「日本人は自己犠牲の精神が強い民族らしいね。大和魂というのかな? 大義のためなら死ぬことを恐れないんだ。どうすれば君は怖がるんだろうね?」


 だから、怖がってる時間なんてないんだってば。

 こいつの能力を暴くことに全力を集中しているんだからな。


 それに、最悪は逃げる選択肢だってあるんだ。

 念のために、どこでもダンジョンは持ってきているからな。

 こいつの死角をつければ、いつだって逃げることは可能なのさ。



「そうだ。この女を1人、殺そうか。銀髪の女にしよう」



 そうはさせない。

 


「壁、パンチ」



 俺の攻撃は早かった。

 それこそ、瞬きをするくらい早い。

 

 しかし、俺のぶっ飛ばした魔法壁は空を切る。

 ダンジョンの壁に当たるだけ。 

 ベロファーの姿は瞬時に消えていた。


 次の瞬間、背後から声がする。


「ははは! いいぞ。少し焦ったね」


 やれやれ。

 そんなことはどうでもいい。

 コルは……無事だ。

 彼女の安否が最優先だからな。


「痛みがあれば恐怖も増すだろう。ははは。それ!」


 どうやら、ベロファーは俺の背中を斬りつけたらしい。

 しかし、



ィンッ!!


 

 その剣は俺の背中に弾かれて折れた。

 折れた音は中途半端に鳴り響く。不思議な反響音だけを出して……。


「なにぃいい!?」


 やれやれ。

 汗をかかない理由がバレてしまったよ。

 俺の中の保険。絶対の自信。


「どうして!? 剣が折れたんだ!?」


  潜伏ハイド 防御ディフェンス、10倍だ。

 防御魔法を体内に忍ばせる魔法。

 以前に、 寺開じあく  輝騎てるき 衣怜いれを銃弾で撃った時に発動したんだよな。

 あの時は 衣怜いれのネックレスに忍ばせておいたけどさ。

 今回は、俺の体自身に潜伏させておいたんだ。だから、どんな状況であろうと、攻撃に関しては自動的に防御してくれるってわけさ。

 ま、こいつに説明するつもりはないけどね。


「ぼ、防御魔法か!? た、体内に忍ばせていたのか!?」


「さぁ、どうだかね?」


「ぼ、防御魔法は外面に魔力の皮膜を張る魔法だ……。こ、これはそんな魔法じゃない。さ、さっきのは体内から発動されたぞ?」


 そういえば、 潜伏ハイド 防御ディフェンスは俺しか使えない防御魔法かもしれないな。他の探索者が使っているのを見たことがない。そもそも、技名は俺がつけたしな。


「な、なんだ、さっきの防御魔法は? 見たこともない防御魔法だったぞ……」


「おまえだって能力は謎なんだろ?」


「くぅ……! 体内に防御魔法をかけていれば攻撃を受けても防御ができる……。だから、そんなにも余裕だったのか……」


 さっきの攻撃でこいつが使うユニークスキルの秘密がわかったかもな。

 奴は剣を振っていなかった。

 振っていないのに俺の背中の 潜伏ハイド 防御ディフェンスは打撃ダメージを感知して発動したんだ。

 そして、剣が折れる結果だけが残った。

 しかも、本来ならばベキィンと聞こえる音になるんじゃないだろうか?

 その最後のィンッという音だけだが聞こえた感じだ。ベキという音が消えている……。いや、俺には聞こえなかったということかもしれない。

 これらが意味すること……。


 つまり、ベロファーのユニークスキルは……。

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