第176話 不思議な出来事

  真王子まおこがダンジョンの申請を断られた日。


 少しだけ不思議なことが起こった。


 S級ダンジョンの栄華。


 ここは行方不明になってしまった風間 潤志郎が最後に入ったダンジョンである。

  真王子まおこが申請を却下された場所だ。


 その入り口の横には小さな掘っ立て小屋があって、2名の警備員が配置されていた。


 仕事といえば入り口付近の巡回と、ただぼーーっと小屋の中で座っているだけである。

 

 1人は背の高い男。名札にはジミーと書かれていた。

 特徴が地味なのでのっぽと呼ぼうか。

 

 2人目は小太りの男。

 もう名札を見るのもうざったい。

 太っちょと呼ぼう。


 これはのっぽと太っちょが体験した、少しだけ不思議な話である。


 太っちょはスマホの画面を眺めてニヤニヤしていた。

 そこには胸の大きなセクシー女優の裸体が映る。

 よく見ると、さっき横切った通行人の女性と似た顔つきだった。

 これが、彼にとって、この仕事で唯一できる楽しみなのかもしれない。

 悪趣味といってもいいだろう。


 のっぽは、それよりたちが悪い。

 それは、彼がタバコを吸っている時だった。

 野良猫が近くに現れたので、その吸い殻を猫に向かって投げつけたのである。火を消さずにそのままである。

 

『フギャーー!』


 猫は驚いて逃げていく。

 のっぽは、それを見てケタケタと笑っているのだった。



「巡回ついでにトイレに行ってくるわ」


 と、のっぽは小屋を出て行った。


 太っちょはそのことを記帳する。

 これが彼らにとっては重要な仕事のようだ。


 トイレは近くの公園のを利用する。

 よって、彼が帰ってくるには10分以上はかかるだろうか。


 太っちょはぼんやりと栄華の入り口を見つめる。

 また、綺麗な女が通らないだろうか? などと思っているのだろう。

 

 すると、不思議なことが起こった。


 のっぽが帰ってきていて、入り口を覗き込んでいるのだ。


 太っちょは眉を寄せた。


 おかしいな?

 巡回は入り口付近をぐるっと回って1分以内で終わってしまう簡単なことなのに。

 トイレに行ったら10分以上は帰ってこないだろう。

 コンビニでジュースでも買おうものなら15分くらい帰ってこないことだってある。


 なのになぜ?

 まだ、出て行って3分くらいしか経っていない。

 それに、巡回は不審者を追い払うことだ。

 入り口を覗くなんてありえない。


 そんなことを思っていると、のっぽの行動は更に奇行に走った。

 

 栄華の中に入ってしまったのである。


「おいジミーー!!」


 太っちょは急いで止めに入った。


「ああ……。なに?」


「なにじゃないだろう? ダンジョンの中は巡回対象じゃないんだぞ!」


「ははは。そうだった」


「寝ぼけてんのか?」


「そうかもな」


「変な奴だな?? それにトイレに行ったんじゃなかったのか?」


「ついでにコンビニでコーヒーでも買ってきてやるよ」


 そう言ってコンビニの方へ歩いて行った。


 すると、またも不思議なことが起こる。

 

「ただいま」


 5分と経たない内に、のっぽが帰ってきたのである。


「もうコンビニに行ってきたのか? 早過ぎやしないか?」


「はぁ? 俺はトイレしか行ってないぞ?」


「だって、コーヒーを買ってくれるってさ?」


「なんの話だよ?」


「おまえが言ったんだってば」


 2人は小首を傾げながらも小屋の中に入った。

 太っちょは机に置いてある缶コーヒーに気がついた。


「あれ? 缶コーヒーだ。……なんだ、買ってくれてたのかよ」


「え? 俺、買ってないぞ?」


「おかしな奴だな。まぁ、いいさ、飲もうよ」


 これが警備員2人が体験した、少しだけ不思議な話である。


 この一連の現象は、一体なんだったのだろうか?




〜〜片井視点〜〜


 俺は栄華から離れていた。


 悪いな、お2人さん。

 仕事は真面目にしてるようだからさ。

 缶コーヒーは俺からのプレゼントだ。


 俺は学生寮の自分の部屋に戻る。


 クローゼットから取り出したのはどこでもダンジョンだ。


 この取っ手を部屋の壁にくっつけると……。


 取っ手は扉に変わる。


 その横には移動できるダンジョンの一覧表が浮かび上がっていた。


「ふふふ。しっかりと登録されてるな」


 一歩でも足を踏み入れれば登録は可能なんだ。


「一覧表には適当な名前が表示されてるから書き換えておこうか」


 日本語対応なのが嬉しいよな。


「栄華っと」


 さっきは、俺がのっぽに変装していたのさ。

  偽装カモフラスキルを使ってね。

 

 警備員がトイレに行ってる隙にちょっとだけダンジョンに入らせてもらった。


 さぁ、これでいつでも栄華には入れるようになったぞ。

 まさか、島内に国家指定ダンジョンが存在しているとは思わなかったよ。


 島民の混乱を避けるためか、公式発表ではA級扱いなんだがな。


 ここが、風間が最後に入ったダンジョンなんだから、怪しすぎるっての。


 俺は探索用の衣装に着替えた。


「よし。準備万端」


 いざ、栄華の中へ。


 どこでもダンジョンの扉を開けると、中は栄華に繋がっていた。


 出口に行っちゃうと、さっきの2人と鉢合わせだからな。

 警備員の2人には悪いが奥に進ませてもらうよ。


 そうだ。

 念のため、さっきの警備員の格好に変装しておこうか。

  偽装カモフラスキルを使って、のっぽの姿に変装だ。

 声帯までも彼とそっくりになれるんだからな。便利なスキルだよ。


 これで中で誰かに見られても、全部のっぽの責任になるだろう。


 これくらいは許してくれるんじゃないかな?

 野良猫の恨みってやつ?

 日常的に吸い殻をぶつけられてるんじゃ、野良猫だって化けて出るっての。

 日本じゃ化け猫の祟り、なんて言われるんだけどな。ふふふ。

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