第166話 コルは鉄壁さんの部屋に行く

 俺はコルを連れて寮に帰った。

 10階建ての5階。503号室。


「ここが私の部屋だ」


 部屋はそれなりに片付いてたしな。そのまま入れても問題ないだろう。


 あれ?

 コルの奴。なんか震えてるぞ。


「入らないのか?」


「ボ、ボクは感動している。思えば、クラスメイトの家に入ったことがなかったんだ。し、しかも、 真王子まおこの部屋だからな。ワクワクが止まらん」


 大袈裟だなぁ。


「別に大した部屋じゃないよ」


 荷物は防衛省が用意した生活必需品だけだしな。


「あ! ボクは手ぶらで来てしまった! こういう場合。なにかお土産を持参するもんなのに! あわわわわ……」


「別にいいって」


「あわわわわ」


「……早く入れよ。扉、閉めるぞ?」


「あう!」


 コルは部屋に入ると目をキラキラと輝かせる。


「ふはぁああ……。こ、ここが 真王子まおこの部屋」


 まぁ、なんの変哲もない1LDKだわ。


「シンプルなベッドだ!」


「寮の備え付けな」


「シンプルなカーテン!」


「寮だから同じだぞ」


「マットもシンプル!」


「寮だから一緒だってば」


「ふぉおお……。こ、これが 真王子まおこの部屋……」


 バカにされてるような気がする。


真王子まおこ……。そのベッドでゴロゴロしてもいいかな?」


「ダメだ」


 見たこともないテンションの上がりようだな。


「ベランダ見てもいい?」


「ああ、別に大したもんじゃないけどな。寮だからさ。どうせ、おまえん所と同じ作りだよ」


「見える景色が違うと思う。それに 真王子まおこが利用してる物は全部見ておきたい」


 やれやれ。

 妙なことに興味津々だな。

 変わってるといえば洗濯物を干しているくらいか。


「ま、 真王子まおこ……」


「今度はなんだ?」


「か、か、彼氏いるの?」


「はぁ?? なんのことだよ!?」


「だ、だってぇ……」


 と、指を差す。

 その先には俺の下着が干してあった。

 防衛省が用意した男物の下着である。


 しまった!

 女の姿は 偽装カモフラスキルで偽装してるだけなんだ。洗濯物にはスキルを付与していない。


「こ、これ……。男物だよね?」


 俺は急いでカーテンを閉めた。


「は、ははは……。ゆ、ゆったりしてるからさ。以外と好きなんだよね」


「そうなんだ。普段はああいう下着を付けてるってこと?」


「ま、まぁな」


「ふ、ふーーん」


 コルは真っ赤な顔で汗を垂らす。


「なに考えてんだよ。スケベ」


「あう! そ、そういうんじゃない! ゆ、ゆったりしてるんなら、ボクも履いてみようかなって、ちょっとだけ思っただけだ」


「真似すんなよ」


「ま、真似じゃない」


 変なプライドだけは高いんだよな。


「ま、 真王子まおこ。ボクは今、心臓がドキドキしているんだ」


「なんでだよ」


「きっと、 真王子まおこの下着を見たからだと思う」


「変態」


「あう!」


 そのあともコルは暴走していた。


「おまえ、ちょっと落ち着けって」


「だって……。この部屋は 真王子まおこだらけだもん。これが落ち着いていられますか。むふーー」


 やれやれ。


「私のベッド使ってもいいからさ。ちょっと落ち着けよ」


「うわーーい」


 彼女はベッドに向かってダイブした。


真王子まおこの匂いがする。 真王子まおこーーーー」


 と、ベッドの中でゴロゴロ転がる。


 ああ、なんか逆効果だったかもしれん。


 まぁ、いい。

 とにかくベッドで寝ていてもらおうか。


 俺は用意をすることがあるからな。


 と、ノートパソコンを立ち上げる。


 これも防衛省が用意してくれたんだよな。


 ふふふ。

 まずは、 真王子まおこのアカウントを作る。


カタカタカタ……。


 チャンネル名はシンプルにいこうか。


真王子まおこチャンネル』


 これでいいだろう。


 配信用の撮影カメラドローン、コウモリカメラ。これも防衛省が用意してくれたんだ。


 あらかじめ、学園には配信の事前申請をしておいたからな。

 

 明日は日曜日で休みだし、近くのダンジョンに潜ってみるか。


 コルはコウモリカメラに気がついた。


「配信の準備……。 真王子まおこは配信者になるの?」


「ああ。今日の用事はこれのセッティングだったのさ」


「じゃ、じゃあ、明日のお休みはいつもの散歩じゃないの?」


 そういえば、休みはいつもコルと一緒だったな。俺は、散歩という名目で潜入捜査用の調査だったけどさ。コルはそんなことを知らずに俺との散歩をいつも楽しみにしていたっけ。


「悪いな。明日からはダンジョンに潜る」


「どうして急に配信なんかするの?」


 なにか適当な理由が必要か。


「以前から気にはなっていたんだよ。エイテルに誘われたりしてたしさ」


「うう……。じゃあ休みの日は配信か。 真王子まおことは色々な場所に行った。もう、そんな経験ができないのか……」


 俺にはやることがある。

 日本政府のスパイである風間を探し出すことだ。

 そのためには、この配信を成功させなければならない。

 これ以上は彼女と行動できないか……。いや、待てよ。


「コルも配信をやってみないか?」


「それはできない」


「そうか。興味ないんじゃできないよな」


「……いや。興味はある」


 へぇ。初耳だな。


「ボクは鉄壁さんの大ファンなんだ。彼を通じて配信者には憧れていた」


 まさか、彼女まで俺のファンだったとはな。なら、


「良い機会じゃないか。一緒に配信をやろうよ。きっと楽しいぞ」


「できない。ボクは陰キャだから。あの女も言ってたでしょ?」


「デザイアのことだな。あんな奴の言葉は気にすんなよ」


「無理だ。ボクは彼女のようにペラペラと話せない。華やかさもないしね」


 なるほどな。

 天才にも劣等感はあったか。

 こいつは見た目は美少女だし、学校の授業は優等生だ。一見すると非の打ち所がないように見える。でも、コミュニケーション能力だけは絶望的なんだよな。

 でもさ、


「悔しくないのか?」


「う……」


「デザイアみたいな女に好き勝手言われてさ」


「そ、それは……」


「それに憧れてるんだろ? 配信にさ」


コクリ。


 と、彼女は黙って頷いた。


「まずはチャレンジしてみる。嫌ならすぐにやめればいいさ」


「……いいんだろうか? ボクみたいな陰キャが配信をやっても」


「自信持てよ。おまえは可愛いんだからさ」


「か、可愛い……。ボクが?」


「ああ」


「い、今まで、色々な人に『可愛い』と言われて来たが、そんなお世辞を間に受けたことは一度だってなかった。でも、 真王子まおこに言われると心に響く」


「そっか。んじゃ、何度でも言ってやるよ。おまえは可愛い」


「はうっ!!」


「だから、勇気を持ってさ。配信やってみようぜ」


「あわわわわわ……」


 もう全身が真っ赤だな。汗の量も凄まじい。


 こりゃ刺激が強すぎたのかもしれん。


「ま、ま、ま、ま、」


「お、落ち着け」


 コルは俺のベッドにダイブした。


真王子まおこぉおおお!!」


 なんで!?


ゴロゴローーーーーーー!!


 うわぁ!

 俺のベッドがめちゃくちゃだぁっ!!


「落ち着けコル!」


「うう……。もっかい言って」


「なにをだ?」


「可愛いって」


「いや、暴れるだろ?」


「何回も言うって 真王子まおこが言った」


 しまった。墓穴を掘ってしまったな。

 約束を破るわけにはいかないが、念を推しておこう。


「言うけど約束してくれ」


「なにを?」


「ベッドの中で暴れないって」


「うん。約束する」


 よし。


「…………コルは、可愛い」


真王子まおこぉおおおッ!!」


ゴロゴローーーーーー!!


「いきなり約束を破るなッ!」


 このやり取りを5回やったら、落ち着いてくれた。


「もう、いいだろ? 配信やってみるか?」


コクリ……。


 と、彼女は素直に頷くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る