第153話 新しい旅立ち

 私の中で次長は決まっていた。


 局内で仕事に精通した真面目な人。

 それでいて信用できて、安心できる人。


 それは……。


「ディネルアさんです」


「エルフの役職者か……。エルフが公務員で上級職に就くのは、全国で初めてかもしれんな」


「私も半分はエルフですから」


「うーーむ。さては、局を通じてエルフの待遇改善を図るつもりだな」


「はい……」


「エルフたちは迫害を受けてきたからな」


「いけませんか?」


 元来の高官ならば絶対に嫌がることだろう。

 これはエルフに権力を与える行為だからだ。

 しかし、今の世界はエルフたちへの風当たりが強すぎる。

 ダンジョンが存在する国ならば、エルフとの共存は絶対。

  須木梨すきなし大臣……。

 あなたの返答に期待しています。

 あなたなら、きっと……。


「ふむ……悪くないな」


「やった!」


「彼女は仕事ができる人材だからな。なにより、君の人選ならば信用ができるさ」


「あは! ディネルアさんは、私が新入社員だった頃に先輩だったんですよ。彼女が丁寧に仕事を教えてくれたんです」


「ははは。急に上司になるなんて思いもよらなかったろうな」


「えへへ。人生ってわからないもんです」


 ああ、大臣ありがとう。

 あなたの部下になれて幸せです。


  須木梨すきなし大臣は資料を取り出した。


「そういえば……。君が提出してくれた1300億円の復興費用の捻出計画書なんだがな……」


 これは暗奏で被害を受けた街の復興計画のことだ。

 その費用は1300億円。

 

 難色を示してるな。

 なにかあったんだろうか?


「問題……。ありましたか?」


「大ありだろう」


 おかしいな?

 ミスがないように計算はしたんだけど……。


「君が局長じゃなかったら、あの 曳替ひきがえが就任していたんだ。奴でも捻出するのに2年半はかかると言っていた金額だぞ?」


「ええ。それはわかっていますよ」


「き、君が提出した計画は、たった1年で片付いているじゃないか!」


「はい……。問題ありましたか?」


「き、君は、なんの実績もない22歳の女性だったはずだぞ? そ、それが1300億円の復興費用をたった1年で捻出してしまうとはどういうことだ? そ、そもそも探索局の構造から考えて、集金には5億が限界なんだ。そ、それが、い、1300億円だぞ!?」


 なんだ。

 そんな簡単なことか。


「資料に書いてるとおりですね。片井ダンジョン探索事務所と西園寺不動産に協力を仰いだんですよ。そしたら、すんなり協力してくれることになりましてね。1300億円は無事に捻出。復興工事は急速で着工。1年で完了する見込みとなったんですよ」


「ううううう……」


 あれ?

 なんか頭を抱えてるけど?


「ど、どうかされましたか? 問題……あるでしょうか?」


「ない」


「え?」


「問題がない……。なさ過ぎるのが問題なんだよ」


「と、言いますと?」


「君はどうして黙っていたんだ?」


「なんのことです?」


「私のテストだよ」


「?」


「2人きりで面接をしただろう?」


 ああ、私が局長に相応しいかのテストをした時の話か。

 最後はトロッコ問題が出たんだよね。


「まさか君が、西園寺社長と片井社長の力を借りれる人物とは露程も思わなかったよ」


「でも、履歴書には経歴を書いてましたが?」


「それと実力とは違うよ。君はどうして言わなかったのだ? あの時に自分のセールスポイントを語るべきだろう。私は、君のことを『実績のない小娘』だと罵倒したんだからな」


「それは……。そのとおりでしたからね」


「おいおい。そんな存在が2人の社長を動かせるもんか! 面接の時には1300億円を捻出できる実力があることを提示すべきだったんだ! それが本来の面接!! それならトロッコ問題だってやらなくて済んだかもしれないしな」


「んーー。まぁ、運もありますからね。今回は、たまたま2人の社長が協力してくれただけにすぎません。タイミングが悪ければ断られる案件ですよ。そんな不確定事項を、自分の実力だなんてとても言えませんよ」


「はぁーー」


 と、大臣は天を仰ぐ。


「私なら必ず言っているよ。そこくらいしか勝機はないしな。私だけじゃない。あの状況なら誰だって言っているだろうさ。自分のセールスポイントは盛大にアピールするもんだろう。片井社長と西園寺社長の後ろ盾があることはな」


「ふふふ。生意気かもしれませんが……。私は、自分の実力でテストに合格したかったんですよ」


「はぁーー。参った! 降参だ。君には負けたよ」


「ふふふ。もう、負けたとか勝ったとかやめませんか? 私は勝つために仕事をしてるんじゃないんですよ。ただ、自分の力を認めて欲しいだけですから」


「…………強いんだな」


「ふふふ。私が強いのはこれのお陰かもですね」


 そう言ってビニール袋を取り出す。

 その中には缶コーヒーの空き缶。


「私もその力にあやかりたいな。ちょっと触らせてくれないか?」


「ダメですよ。これは大切なお守りなんですからね」


「少しくらい良いだろう?」


「ダメですよ。例え、大臣の命令でも却下しますね」


「なに!? そんなにすごい空き缶は世界広しといえどそれだけだ! ぜひ、触らせてくれ!」


「ダメです」


「少しくらい良いだろう!?」


「ダメですね」


「私の趣味は寺社仏閣巡りなんだ! 家には全国のお守りがコレクションされている。そういうの案外好きなんだよ!」


「ああ、でもこれは単なる空き缶ですからね。私にとっては宝物ですが……」


「うう! そう言われると益々興味が湧いてきた! ぜひ、少しだけ触らせてくれ!」


「ダメですね。変な念を込められても困りますからね」


「わ、私だってご利益が欲しいんだ。だ、大臣命令だぞ」


攻撃アタック 防御ディフェンス


「うう! 鉄壁すぎる」


「あははは。私の缶コーヒーさんはどんな攻撃も通じないんです」


「カーシャくん。頼むよぉ」


「フフフ。ダメですってば。ほら大臣、会議のお時間ですよ!」


「うううう……。気になるなぁ」


 ふふふ。今日は快晴だな。


 あ、桜が咲いてる。


「今度、みんなで花見をしたいかもですね」


「そんなこと……。開局以来、初めてのことだな」


 楽しいが一番だもん。


「その時は大臣にも参加して欲しいのですが……。ダメでしょうか?」


「私が参加してもいいのかね?」


「ええ。ぜひ!」



 ☆


 空港では2人の親子が抱き合っていた。


ムニュゥウウウウウ……。


 片井は大きな胸に顔を埋める。

 それはカーシャの身を案じていた一瞬の出来事だった。


「ぬぉい! い、いきなりなんだよ?」


「親子の抱擁じゃないか。可愛い息子の……。いや娘の出発を名残惜しんでいるのだ」


「あのなぁ……」


 片井は鎧塚大臣の体から離れた。


「俺はもう22歳だぞ」


「そうか……。随分と大きくなったぁ……」


 ( 真王子まおこの姿でそれを言われても困るんだがな)


 大臣は目を細めた。



「オーストラリアには 真呼斗まことさんが最後に入ったダンジョンがある」



  真呼斗まこととは片井の父親のことである。5年前に探索に行ったまま帰らなくなった。


(父さんが、どこのダンジョンに潜っていたかは知らなかったな。まさか、オーストラリアだったとは……。ってことは)


「SSS級ダンジョンと関係があるのか?」


 大臣は気不味そうに目を逸らす。


「おい。なにか知ってるだろ?」


「さ、さぁな……」


「やれやれ」

(なんで隠すんだ?)

「そういうので子供が不良に走るんだぞ?」


「ま、 真王まおは良い子に育っているじゃないか」


「ったく」


「…………」


(オーストラリアにはなにかあるのかもしれないな。……自分で見つけろってことか。しかし、今、日本を離れるのは少し心配なんだよな)


「片井ビルのことは 元老院セナトゥスに知られているんだ。いつまた、ギーベイクみたいな怪しい人物が来るかわからない」


「うむ」


「防衛省でもその辺のフォローよろしく頼むな」


「ああ、 衣怜いれちゃんたちのことは私に任せてくれ」


「……そういえばさ。片井ビルの周辺では怪しい人物が彷徨いていてな。公人の臭いがプンプンするんだ」


「う……」ギクリ!


「おそらく、あんたが手配したダンジョン自衛官だろう?」


「……まさか、気づかれていたとはな。特殊な訓練をしたエキスパートだったのだが」


「俺の部下は優秀なんだよ」

(周辺を警戒させていたくの一から聞いたんだよな。……もしかして)


「俺のビルに入り浸っていたのは俺たちを守るためとか?」


「うっ……! べ、べ、別にそんなつもりじゃあないぞ! か、片井温泉が気に入っているだけだ。そ、それに 衣怜いれちゃんに会えるしな! そ、そ、それだけだ。ほ、本当に他意はないんだぞ! ないんだからな!」


 大臣はアワアワと狼狽え始める。


(嘘が下手だなぁ。まぁ、 衣怜いれと片井温泉は本気で気に入ってるようだがな。心配なら言えばいいのに……)


「相談してくれれば協力をしたのにさ」


「わ、私が勝手にやっていることだからな。変な気は遣わせたくないのさ」


(やれやれ。この人なりの優しさか)


「俺は、いざという時に海外だ。これじゃあ、 衣怜いれたちを守ることができない」


「心配するな。私が守ってみせるさ。こう見えて防衛大臣なんだぞ」


「フ……」


 と、片井は微笑んで、


「んじゃ、頼んだぜ。


「…………」


 大臣は少しだけ目を瞬かせたかと思うと、ニンマリと笑う。


「フフフ。 真王まお!」


 と、両腕を広げる。


「なんだよ、それ?」


「親子のハグじゃないか!」


「さっきやっただろ?」


「あれは娘とやったんだ。今度は息子とだ」


「あのなぁ」


「さぁ、来い!」


「じゃあな。行ってくる」


「あ、おい! なにを恥ずかしがっているんだ!?」


「もう22歳だっての」


「あ、わかった! 反抗期か! 反抗期だな!!」


「アホか」


「反抗期も可愛いぞ!  真王まお!」


「んじゃ、行くから。あとは本当に頼むよ」


「あ、待て! ハグがまだだ! こういうのは大事だと思うぞ! 母親が不良になってもいいのか!?」


「はいはい」


真王まおーー!」




 片井の乗った飛行機は快晴の空を飛んだ。


 向かう先はジーストリア。

 滅亡したオーストラリアの横に生まれた小さな島国である。



 2章完結。




────


次回予告とあいさつ。


いつも、ご愛読ありがとうございます!

まさか、こんなに長くなるとは思いませんでした。本当は暗奏を攻略してすぐに終わるつもりだったのです。カーシャの就任がこんなにも長くなるとは……。

2章だけで30万文字。単行本3冊分ですよw

創作には魔物が潜んでいますね。

自分が作ったキャラが勝手に動くのですから。

そこに運命を感じざるを得ません。


この物語を読んでくれた読者さんとも運命があるのだと思います。

カクヨムは40万以上の作品があるのです。

そんな作品の中、あなたと私は出会えた。

これは素敵な運命だと思います。


全ての読者さんに感謝です。

みなさんのおかげでここまで書き続けることができました!

本当にありがとうございます。


面白いと思った人だけで結構ですので、星の評価やレビューなどいただけたら幸いです。


さて、次回からは3章が始まりますよ。

舞台は海外!

周りは外国人だらけ。

真王子まおこちゃんが 探索学園シークアカデミーで大活躍!

ご期待ください!!

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