第152話 再出発
〜〜
私は
さっきまでダンジョン探索局の次長だった男だ。
私は能力が高い。
金の稼ぎ方なら誰よりも知っている。なにせ、あの
そ、そんな私が、今、とんでもなく追い込まれている。
特殊な飴を食べてしまったが故に、地球上のどこにいても場所がわかるようになってしまった。これでは悪いことはできない。警察沙汰になればすぐさま逮捕だ。
その上、片井社長から手紙をもらってしまった。
あの社長は恐ろしい人だ。
優秀な部下を大勢引き連れている。
絶対に敵に回してはいけない。
絶対に敵対してはいけないんだ。
手紙を読むのが怖い。
し、しかし読まなければもっと恐ろしいことになるだろう。これは、あの暗奏を攻略してこの国を救った英雄、片井社長からの手紙なのだから。
『よぉ
うう。
いつもの片井社長だ。
この気さくな感じ、余計に怖い。
文章を読んでいるだけなのに、あの人の顔が脳裏に浮かんでくる。
片井社長は暗奏のダンジョンボス、オメガツリーさえも倒してしまった最強の探索者だ。
絶対に怒らせてはならない。つ、続きを読まなければ……。
『警察は呼ばない代わりに、世界中、どこにいても監視できるようにしておいたからな。これで悪さはできないだろう。もしも、少しでも悪いことをしてみろ、その時は片井ダンジョン探索事務所が、総力をあげておまえを探し出して制裁を加えるからな』
なにぃいいいいいいいいいいい!?
「そ、そ、そんなぁ……。あ、あんまりだぁ……」
まさか片井社長から釘を刺されるとは思いもよらなかった。
こ、これでは違法なことができない……。
……こ、こうなったら、海外探索者銀行の隠し預金を使ってひっそりと暮らすしかないか。
ククク。いわば私の虎の子だ。
その額1億円はあるだろうか。
これだけあればひっそりと暮らしていけるはず。
『おまえさぁ。海外に秘密の口座を持ってるだろう?』
なにぃいいいいいいいい!?
な、なぜそのことを知っているんだぁああ!?
『
あががががががが……。
ガクガクガクガクガクガク!!
バ、バ、バ、バレてるぅ!!
絶対にバレてはいけない情報が、よりにもよって絶対にバレたくない相手にバレているぅううううう!!
『
ひぃいいいいいいいいいいい!!
『調べたところ、海外探索者銀行に1億円くらいあるようだな』
正確な額までぇえええええええええええええ!!
『どうせ違法性が高くて汚い仕事で貯め込んだ金なんだろ?』
あうぅううううううううう……。
『そんな金を局が没収するわけにもいかないからさ……』
な、なんだ……?
見逃してくれるのか?
『世界には恵まれない子供たちが大勢いるんだ』
え?
『全額寄付しろ』
なにぃいいいいいいいいいいいいいいいい!?
『おまえの金を慈善団体に回せば、世界の不幸が少しは減るんだよ。生まれ変わったおまえにはぴったりの行動だろう』
ひぃいいいいいいいいいいいい!!
そ、そんなぁああああ!!
私の全財産がぁああああああああ!!
『間違っても金の移動で怪しい動きを見せるなよ。その時は容赦なく制裁を加えるからな。銀行から寄付の振り込み。この動き以外は認めないからな』
ひぃいいいいいいいいいいいいい!!
『まぁ、俺はいいんだよ。いつだって壁パンチを打てる準備はできてるんだからさ』
ひぃいいいいいいいいいいいいい!!
『んじゃあ、あとはカーシャに任すから。
ああああああああああああああああああ。
か、片井社長が見てる……。
か、監視される毎日……。
いつ、いかなる時も……あの人が。
手紙には最後の文章が添えらえていた。
『P.S. 今頃、
ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!
「あら? どうしたんです?
「あが……あがが……あがががが……」
「ふふふ。さぁ、新しい人生の始まりです!」
〜〜カーシャ視点〜〜
片井社長の手紙のことは即時実行である。
カメラの工事費用なんかは彼が真っ当に働いたお金で返してもらうことにした。
当然よね。
綺麗なお金で精算しなくちゃ。
その瞬間、彼の体からは精気が抜けた。
もう、真っ白になった、というのが正しい表現だろう。
彼はフラフラと局長室を出る。
ふふふ。
がんばってくださいね!
私は彼の背中に向かって声をかけた。
「悪いことをしたら絶対に許しませんからねーー。片井社長に速攻で報告しますからねーー」
その時ばかりは、息を吹き返したようにビクゥウウウ!! と引き攣っていた。
心なしか、髪の毛が全て白髪になっているように見えるな。
さて、
「ディネルアさん。ちょっと手伝ってくれる?」
「なんでしょうか? その段ボールは?」
「へへへ……。カーテンと花瓶なんだぁ」
「わぁ! お洒落ですね!」
「私の好みになっちゃうけどね」
「いえいえ。とても素敵ですよ! わぁあ……黄緑の明るいカーテン!」
「局のは焦げ茶色じゃない。これじゃあダンジョンみたいに暗いんだもん」
ディネルアさんは花瓶に花を挿した。
「まさか、局内に花瓶が置かれるなんて思いもしませんでした。オレンジ色の花……。これはガーベラでしょうか?」
「うん。花言葉は希望なの」
「わぁ! とっても素敵です!」
「私もカーテンを替えるのを手伝うよ」
「そんな! 悪いですよ。大臣はお忙しいのに……」
「次の会議までにはまだ少し時間があるんだ。ぜひ、手伝わせて欲しい」
「えへへ……。じゃあ、甘えちゃいますね」
しばらくすると、局内のカーテンはすべて黄緑色の明るい物に替えられた。その色は新緑の草原を想起させる。
「ううむ……。これが探索局か……。今思えば随分と薄暗い屋内だったのだなぁ……。こんなに明るくなるなんて……見違えた」
「ふふふ。これからは明るい局に生まれ変わるんです。
「うむ。流石は
「名前……。カーシャって呼んでもらってはいけませんか?」
「し、下の名前で呼ぶのかい?」
「エルフたちと同じでいいと思うんですよ。それに、苗字より名前の方が親しみがありますからね」
「……なるほど」
「あ、もちろん。重要な会議では苗字で呼びますよ」
「ふぅむ……」
「ダメ……。でしょうか?」
「うむ。部下の仕事を応援するのは上司の役目だからな。では……。こほん。カ、カーシャくん」
「あは! ありがとうございます!!」
局内のみんなは、カーシャ局長、と呼んでくれた。
来館する人々は、明るくなった局内に感嘆のため息をつく。
「そういえばカーシャくん。次の次長はどうするんだね?
「ああ、それならもう考えていますよ!」
────
次回!
2章の最終回です。
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