第151話 生まれ変わる選択

  曳替ひきがえ 須木梨すきなし大臣に向かって土下座をした。


「ふぅむ。謝るのは私ではないぞ。暴力を働いた局長に向けてだ」


  曳替ひきがえはカーシャの方に向きを変える。


須賀乃小路すがのこうじくん。いや、 須賀乃小路すがのこうじ局長! 本当に、本当に申し訳ありませんでした。ほんの出来心だったのです。どうか、どうか警察を呼ぶのだけは勘弁してください!」


「あれだけのことをしておいて、虫が良すぎませんか?」


「反省しております。どうか、ご慈悲を!」


「うーーーーん。あなたを許すかどうかは今後のあなた次第ですね」


「う、生まれ変わります! 今日から真っ当な人間になることを固く誓います!」


「そうですか。なら、この2つの飴を選んでください」


 と、カーシャが見せたのは青と赤の飴玉だった。


「青い飴玉を食べれば生まれ変わることの誓いとします。赤い飴玉を食べれば、今から警察を呼んで身柄を引き取ってもらいます。さぁ、好きな方を選んでください」


「そ、そんなのは決まっています!」


  曳替ひきがえは迷いなく青い飴玉を口に入れた。


ゴクリ。


「これで、証明できましたか?」


「ええ。それじゃあ……」


 秘書のディネルアは書類を持ってきた。

 その書類を 曳替ひきがえに渡す。


「た、退職届……!?」


「ええ。自己都合退職。まぁ、公務員ですから辞表も書いてもらいますけどね。事務処理の関係で2枚必要なんですよ。生まれ変わるのだから当然でしょう」


「そ、そんなぁ……」


「まさか、この局に身を置いて人生をやり直せるわけがないでしょう。私の胸ぐらを掴み、羽交い締めにした時点で暴行罪は成立しているんです。加えて、セクハラの数々。逮捕理由は十分すぎるくらい揃っているんですよ。それを見逃すのならばこれくらいは当然でしょう」


「あぐううう……」


「加えて、退職金は辞退していただきます。辞表の方に退職金の放棄を明記していただければ役所は認定できますので」


「そ、そんなぁああ!!」


「あなたの退職金で国民の税金を使うわけにはいきません」


「た、退職金は私の権利だ!!」


「ああ、権利を主張します? なら、警察を呼びましょうか。あなたの人生は司法に裁いてもらいましょう。モスキートカメラの映像とともに身柄を警察に渡せば処理は簡単ですよ」


「も、申し訳ありません! 退職金は辞退しようと思っていたのです!」


 カーシャは満面の笑み。


「ええそうでしょう。そう言ってくれると思っていました。なにせ。生まれ変わった 曳替ひきがえさんですからね! 人のために生きるのは当然ですよね!」


「うう……」


「ふふふ。安心してくださいね。あなたの退職金は暗奏で受けた街の復興費用に回させていただきますので」


「は、はい。よろしくお願いします……うう」


「あとね。局の経費で不正を行った案件は元に戻してもらいますからね」


「へ?」


「局長室のカメラを改造したでしょう? その費用をあなたに出してもらいます」


「そ、そんな! 改造費用だけでも500万はしたんですよ!?」


「ええ。すり替え映像に切り替わる改造ですからね。随分と手が混んでますよ。もちろん、私は使いませんからね。そんな違法性の高いものは元に戻してもらいます。もちろん、あなたのお金を使ってね」


「そ、そんなぁあああ……」


「当然でしょう。工事費用を局が出したら税金なんですからね。そんなことで国民の血税は使えませんよ」


「はうぅうう……」


「それが生まれ変わるということですよ」


  曳替ひきがえは項垂れながらも眼鏡の奥に潜む瞳をギラリと光らせた。


(バカが……。ククク。カメラ代と退職金くらい、警察に逮捕されることを考えれば安いもんだ。やっぱり甘ちゃんだな。謝れば許してくれるんだからなぁ。青い飴を食べれば改心するだと? アホなのか? なんのまじないか知らんが、そんなことで人の心が変わるもんか! 私の力ならばどんな仕事をしても成功するさ。必ず返り咲いてみせる。どんな卑怯な手を使ってもな! ククク。覚えていろ 須賀乃小路すがのこうじ カーシャ。この恨みは絶対に返すからなぁッ! 甘ちゃんに本当の実力というものを見せつけやるわぁあッ!!)


 彼は辞表と退職届を書いた。

 その文言にはしっかりと退職金の放棄を明記して。


「あーー。 曳替ひきがえさん。もしかして、私が甘ちゃんだとか思ってませんか?」


ギクゥウウ!!


「お、お、思ってませんよ! ははは……。お、お優しい人格者だと思っておりますよ」


「人格者だなんて……。やっぱり勘違いしてるかもしれませんね」


「え?」


「まず、警察に突き出さなかったのは私にとってメリットがあったからです」


「な、なに!?」


「ダンジョン探索局は 翼山車よくだしの影響で風評被害が酷いんですよ。ここに来ると魔の国に飛ばされる、なんて噂が出るほどです。あなたが捕まればその被害は更に激しさを増すでしょう。それを防止するために、あなたを警察に渡すのはやめたんですよ。その上で自己都合退職をしてもらったんですよね。局が解雇したんじゃ、マスコミに探られた時に厄介ですから」


(そうだったのか! ク、クソ! 風評被害を考えれば私が有利に立ち回れた!! せめて退職金の放棄だけでも消しておけば、裁判でごねた時に有利かもしれん)


「じ、辞表と退職届……。か、書き直してもよろしいでしょうか?」


「あーー。気が付いたって遅いですよ。私の印鑑もしっかりと捺させていただきましたしね。この届出は受理します。あとは環境省に……」


  須木梨すきなし大臣は素早い動きを見せる。スパーーン! と、退職届に印鑑を捺した。


「君の辞表はしっかり受け取った。環境省でも受理をする。退職金を辞退するなんて殊勝な心掛けだな。 曳替ひきがえ。君は晴れて無職だよ」


「あうぅうううう……」

(ま、まぁいい。私の才覚さえあれば、すぐに社会復帰は可能だ。ククク。私の能力の高さを舐めるなよ!)


曳替ひきがえさん……。また悪いことをしてのし上がること考えてませんか?」


ギクゥウウウウ!!


「か、か、考えていませんよ。ははは。私は生まれ変わったんです。真っ当な人生を歩みますよ」

(まずは、海外にでも行くか。違法行為は国内ではやりにくいしな)


「そうですか。それを聞いて安心しました。青い飴を食べてもらった甲斐がありましたよ」


「ははは。飴は甘くて美味しかったですよ。薬膳効果でもあるのですか?」


「薬膳効果はないですけどね。魔晶石の粉末が入っているんです」


「な、なんだとぉお!? 何を食べさせたんだ!?」


「最新のダンジョンテクノロジーですね」


「あわわわ! 変な物を食わせおって!?」


「安心してください。別に毒じゃありませんからね。あの飴を食べた人間は特殊な魔力が体外に放出されるんですよ。ごく微量な、戦闘ではなんの役にも立たない魔力量ですね」


「そ、そんなことをしてなんになるんだ?」


「その魔力を感知できるアプリが開発されたんですよ。その魔力は地球上のどこにいても感知することが可能なんです。いわば、体内にGPSを埋め込んでいるのと同じですね」


「なにぃいいいいいいいい!?」


「赤い飴は普通のイチゴキャンディでしたけどね。ご自身で青い飴を選ばれましたから」


「そ、そんな!?」


「これで、どこに居てもあなたを見つけることが可能ですよ」


「こ、これは明らかな人権侵害だ!! 私のプライバシーが無くなった!!」


「安心してください。あなたの居場所が特定したからって、別になにかあるわけではありませんよ。むしろ、山で遭難した時なんかは便利なんですよ。すぐに居場所がわかるんですからね」


「あうううう……。わ、私は登山なんかしないんだ!」


「じゃあ、街で迷子になるとか? ふふふ。どちらにせよ便利機能だと思いますよ?」


「解毒剤をくれ! こんな非人道なことは到底認められん!!」

(これでは海外に逃げても居場所が発覚してしまうではないか! いつも見られているかも、とビクビクして生活しなければならない!!)


「……私のことを襲おうとした人間が非人道とか、よくもそんな口がきけますね。あなたを監視するのは私の責任ですよ」


「せ、せ、責任だとぉお?」


「そうですよ。事実上は犯罪者なんですから」


「ううう……」


「そんな人間を野放しにするわけにはいきませんからね。私たちがいつでも監視してるので安心して働いてください。あなたが真面目人間として人生を再出発するのを手助けいたします」


「あああ……」

(私の計画が水の泡だ……)


「フフフ。これは片井社長のアイデアなんですよ」


  曳替ひきがえは真っ青になって飛び上がった。


「か、か、か、片井社長ぉおおおおおおおおおお!?」


「ええ。 曳替ひきがえさんが悪さをした場合の最適な対処方法を考えてくれたのです。青い飴はネミさんが開発したレアアイテムなんですよ」


「か、か、片井社長……」


  曳替ひきがえは奥歯をガタガタと鳴らした。片井ビルでやった土下座のことを思い出したのである。

 彼は、オメガツリーが落とした激レアアイテムを騙し取ろうとして片井社長たちに見抜かれてしまったのだ。


「あなたが逮捕されては局の風評被害は拡大してしまいますからね。片井社長に相談したら、この計画を考えてくれたのですよ。でもまさか、青い飴を初日から使うとは思わなかったですけどね」


「あわわわわわわわ……」


「これ。片井社長からあなた宛の手紙です」


「て、手紙……。私宛……?」


「青い飴を食べた場合に渡すように言われていたんですよ」


  曳替ひきがえは恐る恐る手紙を読んだ。



『よぉ 曳替ひきがえ。これを読んでるってことは青い飴を食べたんだな──』



────


手紙は続く。

次回、 曳替ひきがえの最期。

お楽しみに!


2章終了まで残り2話となります。

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