第146話 奇妙な島

 俺は総理の話しを注意深く聞いていた。

 なんとも奇妙な話で、気がつけば彼の話が頭の中で具現化していた。


 荒々しい波の音。潮の匂い。


 そこはオーストラリアが滅亡した時に誕生した大陸だという。


 オーストラリアが滅亡したのはSSS級ダンジョンの影響だ。巨大な地震と火山噴火によって、大量の死者が出た。

 国家が滅亡し、人が入れない大地となってしまったの今から5年前のことである。


 そんなオーストラリアの東岸に大陸が隆起した。

 それは海上から顔を出して島となる。

 その大きさは淡路島の半分くらい。

 数字で表せば300キロ平方キロメートルくらいだろうか。

 花コウ岩と呼ばれる特殊な石が、土壌の基盤になっているという。


 そこは特殊な島だった。

 無人島だというのにダンジョンが発生するのだ。


 元来、ダンジョンの発生は人の影響を受ける。

 人の魂が発生の起因だと考えられているからだ。


 奇妙なことに、その島は無人島なのにダンジョンが発生していた。


 オーストラリアが滅亡後。

 すぐに無人島に調査が入った。


 その時には、既に100以上ものダンジョンが発生していたという。


 調査団は探索者を派遣して、ダンジョンの駆除に取り組んだ。

 

 しかし、ダンジョンは次々に発生する。


 その速度は通常の2倍。

 

 原因はわからないが、DからA級レベルのダンジョンが次から次に発生する。


 島の名前はジーストリア。

 その領有権はEUが半分。もう半分を中国とアメリカが持っている。

 

 状況を重く見た3つの政府は共同してダンジョンの駆除に取り組んだ。

 やがて、その環境を利用する仕組みが誕生した。


 それは、探索者の育成学校を創設すること。

 

 ダンジョンの駆除を学生の教材として利用する仕組み。


 総理は眉を寄せた。




「それが、ジーストリア 探索学園シークアカデミー




 設立は4年前。

 3年制で、既に卒業生が生まれている。


 その卒業生はある団体に所属するという……。


「優秀な生徒は 元老院セナトゥスに入団しているようだ」


 その学校は世界中から集められた10代の天才児たちが集う場所。

 S級になれる可能性を秘めた学生たちが集う学園となっていた。


 うーーむ。

  元老院セナトゥスは探索者界のトップシークレットだ。

 そこが絡んでいるなら日本政府としては調べたいだろうな。


 それに、ここまでの情報を把握している時点で既に行動を起こしていると思っていいだろう。


「日本からは何人くらいの調査団を送っているんです?」


「1人だ」


「1人? 少なすぎません?」


「管理国以外の上陸は審査が厳しいのさ。日本は対象外だ。だから、10代の天才探索者を間者として送った」


「じゃあ、その人が唯一の情報源なんですね」


「そういうことなんだがな……」


 と、顔を曇らせる。


「1ヶ月前から連絡が途絶えてしまった」


 それは心配だな。

 命の危険がなければいいけど……。


「救助の手を差し伸べたいが、入国審査が厳しい。日本政府としても打つ手がないんだ。なにせ、10代の天才探索者しか入れない場所なのだからな」


「人選が重要なんですね」


 仕事ができる10代の探索者か……。

 思いつくのは 衣怜いれくらいだよな。

 彼女はまだ17歳だし。

 暗奏を攻略した実績があれば、世界でも十分に受け入れられるだろう。


 でもなぁ。

 俺としては嫌なんだ。

 そんな、よくわからない怪しい島に彼女を派遣するのは遠慮したいよ……。


「片井殿……。あなたに相談したのは 衣怜いれ殿のことだ。彼女の実力ならば十分に要件を満たして──」


「お断りします」


「う……」


「そんな危ない場所に彼女は行かせられないですよ」


「まぁ……。そうだよな。そうなるのは当然だ」


「なら、別の案を考えましょうよ。俺も協力しますしね」


「ふふふ。案ならあるんだよ」


「え? なんだ、ならそっちを早く言ってくださいよ」


「ふふふ」


「?」


 なんだなんだ?

 変な笑みだなぁ?


 でも、案があるってことは人選がついてるってことだよな?

  衣怜いれ以外で、10代の天才探索者か……。

 そんな人がいるんだろうか?


「ふふふ。日本には最強の探索者がいてな」


「へぇ……。有名なんですか、その子?」


「ああ。超有名だ」


「俺が知ってます?」


「もちろん」


 そんな子知ってたかな??


 10代の探索者??

 萌さんは小学生に見えるけど32歳だしな……。


 そんなすごい子いたかなぁ??


「皆目、検討がつきませんね」


「ふふふ」


「誰なんです?」


「あなたもよぉく知っている人だよ」


「……まったくわかりません」


「ふふふ」


「いいかげん、教えてくださいよ。そんなにすごいなら、俺も会ってみたいですしね」


「もう、目の前にいるさ」


 え?

 どこだ?

 忍者なのか!?


 総理は俺を見つめてこう言った。


「黒髪。ポニーテール。10代の美少女──」


 おいおい、それって……。




「国内、最強の探索者は目の前にいるのさ」




  真王子まおこのことかよ。


 俺が 偽装カモフラのスキルで変身した女の子だ。


 男の姿も提案したが、それより女がいいらしい。

 潜入捜査には女の子がなにかと便利なんだとか。


 加えて、入学を受け付ける始業式は1週間後なんだとか。

 てことは、直ぐにでも出発する必要があるんだよな。

 やれやれだよ。


 



 食事会が終わって、片井ビルに着いた頃には22時を超えていた。


「やだ。もう、古奈美さんったらこんな時間に食べ過ぎですって」


衣怜いれちゃんの作るつまみが美味すぎてな。温泉のあとの一杯はまた格別だよ」


「んもう。太っちゃいますよ」


「ははは。その時は温泉に入る時間を長くすればいいさ」


「あははは。それもそうですね。一緒に入れるのは楽しいですし」


「だな。はははは」


プシュゥーー!


「ぷはーー! 最高! はははーー!」


 ははは、じゃねぇ。

 呑気にビールなんか飲みやがって。

 

  衣怜いれと一緒に笑っているのは鎧塚防衛大臣。俺の母親だ。


 萌さんをここに連れて来て以来、随分と俺のビルに入り浸っている。

 今では片井温泉の常連客である。


「おい。こんな時間まで、なにをくつろいでいるんだよ」


「おお!  真王まお、お帰り! ビール冷えてるぞ!」


 ったく。

 俺は総理と大事な話しをして来たってのにさ。

 そもそも、あの事案って防衛省も絡んでいるんじゃないのか?

 それだったら職務怠慢だぞ。総理に仕事を押し付けてさ……。


 って、待てよ?

 もしかして……。


「……総理との話はまとまったか?」


 やっぱり。


「なんであんたが知ってるんだよ?」


「私がお願いしたら怒られると思ってな。息子に殴られるのは避けたいんだ。暴力反対」


「んなことするかよ」


「じゃあ、頼めるのか?」


「……俺しか適任者がいないからな」


「そうか……。すまんな」


 もしかして、この人なりに息子の俺を気遣ってるのかな?


衣怜いれちゃん。ビールおかわり」


「おい、くつろぐなよ」


 やっぱり息子を利用したいだけかもしれん。

 あんまり信用しないでおこう。

 それにしても、


「総理を使うって、どんな防衛大臣なんだよ」


「ふふふ。それも作戦の1つさ。あの人は理解力があるからな。さて、それじゃあ、そろそろおいとましようかな」


「え? まだいいじゃないですか。3人でコーヒーでも飲みましょうよ」


 大臣は俺を指差してから両方の人差し指をこめかみに当てた。


「これがこれで……」


 俺が鬼のように怒っている、というジェスチャー。


 それって、冴えないサラリーマンが女房を表して言うセリフだろう。

  衣怜いれはケタケタと笑っている。

 本当に仲がいいんだなぁ……。


「ふふふ。ゆっくりしたいが、明日の準備があってね。 衣怜いれちゃん。今日もごちそうさま。夕食は最高に美味しかった」


「えへへ。またいつでも来てくださいね。テスト勉強も教えてもらいたいし」


「ああ」


 そう言って玄関に行く。


真王まお。明日の10時。このビルに迎えをやる。生活必需品は全てこちらで準備済みだ」


「随分と用意がいいんだな」


「私はおまえを信じているからな。必ず、行ってくれると思っていた」


 鎧塚防衛大臣を見送ったあと、俺は首を傾げる 衣怜いれに状況を話した。



「明日、オーストラリアに行くぅううう??」



 まぁ、そうなるわな。


「な、何ヶ月の仕事なの? も、もしかして卒業するまでとか? そうなったら3年だよね??」


  衣怜いれの顔は今にも泣き出しそうだった。

 こんな不安な顔をするのは暗奏の攻略以来かもしれない。


「今年……。 衣怜いれは18歳だろ? 法律上は成人だ」


「う、うん……」


「この仕事が落ち着いたらさ。挨拶をちゃんとしようかなって思ってる」


「誰に?」


衣怜いれのご両親」


 彼女は号泣した。

 嬉しいのか、悲しいのか、よくわからない涙である。


 なんか、心配させてすまんな。


────

次回。

2人のベッドシーンが……。

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