第142話 横島社長はもう遅い【須木梨編】

須木梨すきなし環境大臣! 私は考えを改めました。この度はそのことについての謝罪と、今後の方向性をお話ししたいと思い、参った次第でございます」


 この言葉に、瞬きを何度もしたのは 須木梨すきなし環境大臣である。


「ほぉ。謝罪と今後の話ですか?」


「は、はい。わ、私は本当に愚かでした」


「ほぉ」


「若い女性に手を出そうとしたこと。あなたに反旗を翻したこと。全て、私の失態でございました」


「ほぉ。自分のやったことを反省なさると?」


「そ、そうです! 本当に、あなたには申し訳ないことをした。このとおりだ。許して欲しい」


 と、深々と頭を下げた。


「ふぅむ。自分のされたことを反省されているわけですか?」


「ええ。心から反省しております」


「あなたは……確か、59歳でしたか……?」


「ええ。来年には還暦でございます」


「そんな人間が、自分の犯した罪を認めて人に頭を下げるなんて、中々できません」


「恐縮です」


「ただ……」


 そう言って空を仰ぐ。


「遅かったですね」


「え!?」


「その言葉はもっと早くに聞きたかった」


「し、しかし! 私は今さっき、この犯した罪の大きさに気がついたのです! 気がついて、直ぐにここにやって来たのです!!」


「それはそちらの事情でしょう? こちらにも事情があるのですよ」


「おお、それは本当にそのとおりですな。それで、前回のことはお互いに水に流そうと思いましてな! もう、思い切ってこちらが謝ってしまおうかと」


「はぁ……。お互いに……」


「ええそうです! あの時はあなたにも問題はあったと思うのですよ! ほら、政治家として正しい態度というものがあるでしょう」


「確かにそのとおりですな。政治家としての正しい態度という言葉に激しく共感いたします」


「おお! ではわかってくれましたかな。グハハ! やはり、誠意は伝わるもんですな。では、今度、飛び切り上等な料亭を予約いたしますので。謝罪はその時に改めて」


「その約束はできません」


「は? ど、どうしたのです? お互いに水に流して、と言ったではありませんか?」


「それはあなたが言っているだけでしょう。私は『謝罪が遅い』と言っているのですよ。それが政治家としての正しい態度です」


「ご、強情な人だなぁ。私は最短でここに来たと言ったではありませんか。ははは。これじゃあ水掛け論だ」


「いいえ。水掛け論にすらなっていない。わかりませんか? 私は迷惑だと言っているんです」


「め、迷惑だと!?」


「そうです。謝罪が遅いとはそういうことです」


「意味がわからん! では、一体、どれくらいの速さなら認めてくれるというのですか!?」


「私が土下座をした時です。それがあなたに与えられたタイムリミットだった」


「な、なんだと!? そんな無茶を言うな! 罪を認めるにはそれなりの時間が必要だろうが!!」


「そんな理由が通じるわけはないでしょう。あなたが断ち切った年間1億円の政治献金と年間1万票の選挙票。その穴埋めをするのに、私と総理がどれだけ奔走したことか。それこそ、徹夜の毎日でしたよ」


「そ、それは……。ははは。も、申し訳ないと思っていますよ。ですから、こうやって深々と頭を下げているじゃないですか。クハハ……」


「呑気に笑っている、その気がしれませんね。私は川に身を投げることすら頭をよぎったのですからね」


「ははは……。それは申し訳なかったね。でも、私が戻って来たからにはもう安心したまえ。1億の政治献金と1万票の選挙票は復活したのだよ! 以前と同じ、私たちの友情は蘇ったのさ! 雨降って地固まる、とは正にこの事じゃないか!」


  須木梨すきなしは目を細めた。


「友情? そんなもの、あなたに対して1ミクロンも感じたことはありませんが?」


「は、ははは……。き、君も冗談を言うようになったねぇ。私たちは10年以上の付き合いじゃないか」


「冗談なんて言いませんよ。私とあなたとの関係は、あの時に消滅したんです」


「しょ、消滅ぅ!?」


「2度と会うことはない、と言ったのはあなたですよ?」


「だ、だから謝っているんじゃないか!! ちょ、調子に乗るんじゃないぞ! 1億円の政治献金と1万票の選挙票だぞ!! それが帰って来たと言っているんだよ!!」


「調子に乗っているのは、そちらです。もう一度、言いますがね。迷惑です。あなたと話すのは時間の無駄だ。帰っていただこう」


「ま、待ちたまえ! 君は正気かね!? 今、何を言っているのかわかっているのかね!? 君が土下座までして許しを乞うた相手が和解を持ちかけているんだぞ!!」


「だから、遅いと言ったんです。その言葉は私が土下座をした時になら受け付けていたことなのです。まぁ、今となっては仲違いして正解でしたが……」


「な、なにぃ!? ま、まさか……。あ、穴埋めできたのか?」


「選挙票は無理でしたけどね。年間1億円の政治献金は確保しました」


「な、なにぃいいい!? どうやって!?」


「片井社長をご存知ですか?」


「え!?」


 横島は途端に全身の血の気が引いた。

 ガチガチと奥歯を鳴らす。

 すると、額の絆創膏からジワリと血が滲み始めた。


「おや? どうしたんです? 片井社長のお名前に反応したようだが?」


「ひぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」



────

次回。横島社長の最期。

ご期待ください。

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