第141話 横島社長はもう遅い【片井編】

 携帯越しに聞こえてくるのはうめき声だった。


 幽霊が出る映画で聞いたことのあるような声だな。

 俺を怖がらせたいのか?


「ああああ……」


 それとも、急に電波が悪くなったのだろうか?


「横島社長。聞こえてます?」


「き、き、き……聞こ……。聞こえております」


「それなら良かった。訴訟リストはそっちの端末に届いてますよね?」


 横島社長は引き攣った声を出す。


「は、はい」


「400件以上ありますよね?」


「は、はひ……」


「安心してくださいね。案件はそちらが確実に負けるものだけをピックアップしております。加えて、時効が成立する限界まで、違法性の高い案件はピックアップするつもりですから! まだまだ増えますよぉおおお!」


 社長に襲われた被害者女性たちは、積年の恨みとばかり、違法性の高い顧客情報を1万件以上抱えていたんだ。

 法律の不備を指摘して、横島建設と戦おうとしていたんだな。とはいえ、大手企業はその辺の防御力が高いからな。中々、素人が戦いにくい。そこに俺が手を差し出したわけだ。渡りに船とはこのことだろう。


「か、か、か、片井社長!」


「はい?」


 心なしか呼び方が変わったような……。

 急にどうしたんだろう?


「き、聞いてください片井社長!!」


「……なんだか、さっきまでの好戦的な態度が失くなってしまいましたね? 俺のことは、この若造がぁ、とか言ってませんでしたっけ?」


「そ、そそそ、そんな! わ、若造だなんて、滅相も無い! 片井社長!!」


「はぁ? 急にどうしたんですか? 戦いは始まったばかりですよ。こちらは壁パンチの準備が着々と進んでいるのです。あ、追加の訴訟案件がまた増えましたよ」


「片井社長ぉおおおおお!! 聞いてくださいぃいいいいいい!!」


「な、なにを聞くんですか? そちらも早く壁パンチの準備をしてくださいよ。そちらは200億円の請求でしたっけ? こっちはまだ400億円ですからね! こんなんじゃ、壁パンチを放ったところで、あなたの会社に余力が残ってしまいますよね! こちらの力をもっともぉおーーっと強くして、横島建設グループの骨さえ残らないようにしたいと思います! 俺は1撃で仕留めるのが大好きなんですよ! 訴訟をする時は短期間で一気に行きますからね! さぁ、ガチンコバトルですよ!」


「片井社長ぉおおおおお!!」


「だから、なんです!? こちらは久しぶりのバトルに闘志が燃えまくっているんですよ!? イチイチ茶々を入れないでください。興が削がれますって」




ゴンッ!!



 それは鈍い接触音だった。


「よ、横島社長? もしもーーし?」


 すると、再び、



ゴンッ!!



 この音はもしや……。


 紗代子さんがテレビ電話を受ける。


「片井社長。横島社長の端末からテレビ電話が来ております」


 ほぉ。


「繋げてくれ」



ゴンッ!!



 その映像は鞄持ちに撮影させているのだろう。それはもう見事なまでの土下座だった。

 額を深々とアスファルトにぶつけて、その額から血が流れている。


「片井社長ぉおおお!! どうか、どうかお許しください!!」


ゴンッ!!


 おおおおお……。


 ここまでの土下座は初めて見たな。


「土下座なんて意味はないぞ、ってあなたが言ってませんでしたっけ?」


「も、も、申し訳ありません!!」



ゴンッ!!



 やれやれ。これは戦意喪失か……。


「じゃあ、もう戦いは終わりですか? 俺は壁パンチを放っていませんが?」


「ヒィイイッ!! か、勘弁してください!! そんな壁パンチを放たれたら、横島建設は骨も残りません!!」


 そう言われてもなぁ。

 紗代子さんの計算だと、


「横島建設を破産させるには1千億円の賠償金が必要みたいじゃないですか! こっちはまだ半分にも満たないんです。これじゃあ完全に潰せませんからね。もっと力を溜めて──」


ゴンッ!!


「お許しください! どうかお許しください!! 私が悪うございました!! 本当に、本当に申し訳ありません!! どうか、あなた様のお怒りをお鎮めください!!」


「え? 乗ってきたんだけどなぁ……」


 最近、探索がなかったからな。

 久しぶりの戦いに腕がウズウズしてたんだ。

 横島建設を破産に追い込むほどぶちかましたい気分だったんだが……。


 テレビ電話には何度も額をアスファルトにぶつける横島社長の姿が映っていた。

 目からは大粒の涙をボロボロと流す。もう額の傷が痛いのか、心にダメージがあるのかわからなくなっている。


「どうかぁあ! どうかご慈悲をーーーーーー!!」


 やれやれ。


「はぁーー」


 つまんないの。


「んじゃあ、うちはイベントのキャンセル料金だけでいいですか?」


「めめめめ、滅相もない! キャンセル料金だなんて! 無料で結構でございます!!」


 へぇ。

 急に気前がよくなったな。


「でもさ。キャンセル料金だけで5億円くらい費用がかかるんじゃないですか?」


「こ、こちらが全額負担させてもらいます」


「ふむ。まぁ、そっちが攻撃して来たからね。仕事のキャンセルは当然だもんね。その負担額を持つのも当然か」


「そのとおりでございます!」


 うーーーーむ。

 随分とこちらが横柄に感じるのだがなぁ。

 話が通じるようになってしまった……。


 うちの会社としては仕事の依頼が山のように来てるからな。

 キャンセルでその量が減らせるなら大助かりなんだ。


「あなた様の愛する部下に手を出そうとしたこと。ご友人であらせられる大和総理に攻撃したこと。深く反省しております」


 ふむ。


「じゃあ、壁パンチはやめますよ」


「ありがとうございます!!」


 残念だが攻撃ターンはおしまいだな。

 本当に残念だが……。


「でもさ。今回の件で、被害者女性の問題が浮上したんだよね」


「う!」


「あなたが睡眠薬で眠らせて体を弄んだという被害者女性たちです」


「ううう……!」


「資料を提供してくれた5人は10倍以上の和解金が欲しいみたいですよ」


「じゅ、10倍!? そ、そんな! 彼女らには300万円を既に払っているんですよ!? 10倍といえば3千万円だ!!」


「いや、それでも少ないかもしれないですよ? 無理矢理に暴力を振るったのはそっちなんだからさ」


「あ、あうううう……」


「俺の壁パンチは彼女たちの恨みも計上されてるからね! 訴訟にはあなたの暴力のことも含めましょうか。きっと、マスコミも取り上げてくれるでしょう。そうだ! イレコにヅイッターで呟かせましょうか。ジ・エルフィーの配信でもこの話題をとりあげてもらえば、さぞや盛り上がることでしょう。その上で和解金を払えないってんなら、やっぱり訴訟壁パンチを……」


「払いますぅううう!! 絶対に払いますからぁああッ!! 5人の被害者に1億5千万円! 払わせていただきますぅうう!! どうか訴訟壁パンチだけはご勘弁ください!! あと、インフルエンサーの攻撃も勘弁してください!! 街を歩けなくなってしまいますぅううう!! 私の人生が詰みますぅううう!!」


 やれやれ。


「反省しているなら。今回は防御だけに留めておきます」


「ありがとうございますーーーーーー!!」


「でも、これだけは言っておきますよ」


 と、俺は声のトーンを落とす。




「今後、俺の関係者に攻撃するのは、やめておいた方がいい。この次は絶対に壁パンチを放ちますからね」


 


 俺の携帯は彼の悲鳴でブルブルと震えた。




「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」




 彼との電話はこれで終わった。

 社長は携帯を切る時も何度も謝罪していたっけ。


 まぁ、これはあとはでわかったことなんだが、この噂は建築業界では有名になったらしい。

 

 『鉄壁さんの上司、片井社長は、横島建設グループを破産に追い込もうとした、とてつもなく怖い人』なんだとか……。


 別に怖いことなんか1つもしていないのだがなぁ……。

 そもそも携帯で会話しただけで攻撃してねぇし。

 防御だけだし……。

 うーーーーん。

 噂って尾ひれがつくなぁ。

 困ったもんだよ、まったく。







 さて、横島社長が片井に土下座をしたあとを追ってみよう。


 彼は額の傷に絆創膏ばんそうこうを貼って、その足で環境省に向かうのだった。




ーー中央合同庁舎第5号館、環境省ーー


須木梨すきなし環境大臣!!」


「おや。横島社長ではありませんか。私とは2度と会わないのではなかったのですか?」


「わ、私は生まれ変わったのです!!」


「はぁ?」



────


次回、横島社長はもう遅い【 須木梨すきなし編!】


横島よ。

自分のやったことを激しく後悔するがいい。

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