第136話 須木梨の謝罪【後編】

 社長は 須賀乃小路すがのこうじくんの体を狙っている。

 2人きりにすれば睡眠薬で眠らせて襲うつもりだ。


 そんなことは絶対にできない。

 

 そして、彼に反抗することは政治家としても終わっている。

 年間の政治献金は1億円。選挙の応援票は1万票を失うことになるのだ。


 私はなんとしても、これらを死守しなければならない。


 部下を守るため。

 1億円と1万票を守るため。


 私は全力で戦う。

 土下座だってなんだってやってやるんだ!


 私は額を畳に擦り付けた。


「どうか!  須賀乃小路すがのこうじを見逃してください!」


須木梨すきなしくん。君の土下座なんてもんはな。ダニの死骸以下の価値にしかならんのだよ」


 私の政治家人生25年をかけた一世一代の土下座だ。

 それがダニの死骸以下だと……?


「私にはなんのテイクにもならん。結局、他の提案をしたとして、彼女に抱いているこの性衝動を我慢せんとならんのだぞ? どうして、私がそこまで我慢せんとならんのだぁ? ああん?」


「ほ、他の女性をご用意いたします!  須賀乃小路すがのこうじより美人を!」


「いらん」


「え?」


「私は横島建設グループの社長だぞ? 美しい女なんぞ、すぐにでも抱くことができるわい。金で抱ける女に微塵も興味なんかないわ!」


「そ、そんな……」


「グフフフゥ……。この 須賀乃小路すがのこうじ カーシャがいいんだよぉおお。ジュルルルゥウウ。ゲヘヘヘェエ……。君が守ろうとしているところが余計に気に入ったぞぉお」


 な、なんだと!?


「クソ真面目な君のことだ。大方、自分の娘と重ねているのだろう。子供のように愛される局長か……。グフフフ。た、たまらんわい。勉強一筋の真面目な女。写真の上からでも清楚な匂いがプンプンするわい。ジュルルル。グヘヘヘェ。もしかしたら処女かもなぁああ。た、たまらん。そんな女の体をしゃぶり尽くしてやるぅうう。グヘヘヘヘヘヘェエエエエ」


 ドクズがぁああ!

 ぜ、絶対に貴様なんかに 須賀乃小路すがのこうじは触らせないぞ。

 指一本、近づけさせるもんかぁああ!!


須木梨すきなしくん。私と君の関係はギブアンドテイクで成り立っているのだよ。もう諦めてカーシャと2人っきりになれるところをセッティングしたまえ。それが君が私にできる唯一のテイクさ。それ以外は受け付けんよ」


 私は立ち上がった。

 その眉間には深い皺を作って。


「おいおい。なんだその顔は?」


「できません」


「……はぁああああ? なんだってぇええ?!?」


「セッティングはできないと言ったのです」


「おいおい、ぉおおおおおおい!  須木梨すきなしくん。君と私の仲だ。今のは聞かなかったことにしてやる。落ち着いて座りたまえ」


「…………」


「座れ、と言っているんだ」


「…………」


 社長は怒号を放った。





「座れと言っとるんだぁあああああああ!! このボンクラがぁあああああああああああ!! 私を誰だと思っとるんだぁああああああああああああ!?」





 これだけは譲れない。

 もう引くことはできないぞ。


「私は横島建設グループの社長だぞぉおお!! 貴様の所には年間1億円の政治献金を送り、選挙は1万票の応援だぁあああ!! この意味がわからんのかあぁあああああああ!?」


「わかっております。しかし、 須賀乃小路すがのこうじに手を出すことは見過ごすわけにはいきません!」


 社長は缶コーヒーの空き缶を私に握らせた。

 それはタバコの吸い殻入れに使っていたやつである。


「私の目前のに立つと言うのはなぁ。こういうことなんだぞ?」


 彼は私の手を取ったまま、その空き缶を頭上に掲げた。





ボソッ!!





 吸い殻が私の顔に覆い被さる。


「調子に乗ってるんじゃあないぞ。この無能がぁあああ!」


「男女の性交は合意の元に行わなければ犯罪になります。私はそれに手を貸すことはできません」


「ぬぁあああにを、今更ぁ、都合のいいことを抜かしておるんだ、このバカがぁああああ!! 貴様が 翼山車よくだしを任命し、奴が稼いだ汚い金で散々、いい身分になっていただろうがぁああああ!!」


 そうだ……。

 そのとおりだ。


「そんな奴が、犯罪の云々を偉そうに語ってるんじゃぁあああない!! 自分だけが良かったらそれでいいんだろうがぁあああ!! 自分が清廉潔白だったらそれで満足なんだろうがよぉおおおおおおおおおおお!? 他人の不幸なんて、おまえにとってはどぉおおおでも良かったんだろうがぁあああああ!! おまえはそういう政治をしてきたんだろうがよぉおおおおおお!? あああああん? それを今更、なにを寝言を言っとるんだぁああああああああああ?」


 そうだ……。

 私はそれが正しいと思っていた。


「今回だってそうじゃないか。おまえは関係ないじゃないか? セッティングするだけだぞ? きっとおまえは信用があるから、カーシャは信用するだろう。無警戒で私と2人きりになるんだ。あとは、私とカーシャの問題だよぉおおおおお! いつものことだよぉおおおおお!!  須木梨すきなしぃいい! おまえは関係がないのぉおおおおお!! おまえは清廉潔白なのぉおおおおお!! わからんのかぁあああああ? この完璧なロジックがぁあああああああ!?」


 彼女が彼に襲われたあと。私に騙されたことを知るだろう。 

 私に失望し、私を恨むに決まっている。

 でも、それは構わない。私はそういう政治をしてきたんだからな。

 だから、私を恨むのは一向に構わないんだ。


 問題は、彼女がトラウマを抱えることだ。

 男性不審になるかもしれない。

 泣き叫び、人生を進めなくなってしまうかもしれない。

 そんなことは絶対にあってはならないんだ。

 そんな政治は絶対に間違っている。

 

「彼女の涙は見たくありません」


「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ?」


「どうか、他の提案をお願いします」


「舐めとんのか、ごらぁあああ? 彼女の涙は見たくないだとぉおおお? 今まで、散々、色んな人々を泣かせて来やがってよぉおおお!  翼山車よくだしの仕事で泣いてる人間はごまんといたのによぉおおおお!! 今更、なにを都合のいいことを食っちゃべってんだよぉおお。ちっぽけな正義感出しやがってよぉおおお!! ヒーローごっこは家でやれやぁあ!! このゴミクズ無能がぁあああああああ!!」


「今までのことは反省します。私が間違っておりました」


「反省なんてどうでもいいんだよぉおおおお!! んなもんはゲロ以下の汚物だぁああああ!! 大事なのはテイク!! カーシャの体だぁああああああああ!!」


 これが私の政治家としての正しい道だ。

 私は信念で仕事をする。

 黒田官兵衛の言葉は私の生きる指標だ。

 



 『我、人に媚びず、富貴を望まず』




 信念で政治をするんだ。

 正しいと思ったことに進む!

 部下を守れないで、なにが政治家だ。

 絶対に、変えないぞ。

 絶対に折れるもんか。

 

「カーシャと私を会えるようにセッティングしろぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「それはできません!」


 私は私の人生をかけて彼女を守る。

 それが正しい道だ!!


「……ふ。ふふふ。いい度胸だな 須木梨すきなし。こんなことをしてただで済むと思うなよ?」


「…………」


「今日限りで貴様と会うこともないだろう。この意味がわかるんか? ううん?」


「…………」


「年間1億円の政治献金。選挙の1万票。これら全てがゼロになるということだよぉおお! グフフフフ。大和内閣には痛手だなぁあああああ!!」


「…………」


 社長は唾をかけた。


「ぺっ! 無能のゴミカス政治家に縁はない。地獄に落ちろ!」


 そう言って帰って行った。




「ふぅ……」


 部下の 須賀乃小路すがのこうじくんは守れた……。


 でも……。


 あああああ……。


 1億円の政治献金と1万票の選挙票は守れなかった。


 やはり、現実は厳しい。

 漫画の主人公のようにはいかんな。


 まぁ……。

 後悔はないがな……。




 私はトボトボと帰る。

 途中、大きな川の橋の上を通った。


 やっぱり後悔しているのかもな……。 


 ああ、このまま身を投げたら責任が取れるだろうか?


 いかんいかん。

 自分が楽になることを考えてどうする。


 これは逃げの考えだ。

 残された者のことを最優先に考えなくちゃな。


 まずは謝罪か。


 大和総理にことの顛末をお伝えして誠心誠意謝罪しなければならない。


 私はその足で総理官邸に向かった。



 大和総理はなにも言わずに全てを聞いてくれた。


 事情を全て伝えたのち。


 私は腰をくの字に曲げて、頭を深々と下げた。




「申し訳ありませんでしたーーーー!!」




 私が総理に対してここまで頭を下げたのは、環境大臣に就任して以来、初めてのことである。



────


次回、 須木梨すきなしと総理。


まだまだ、ざまぁも残っております!

誰がざまぁをされるのでしょうか?

ご期待ください。

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