第134話 須木梨の正義

 カーシャのテストが合格して、その就任を周知させる行動が始まっていた。

 これは任命責任のある環境大臣、 須木梨すきなしの仕事である。

 彼女を抜きにして、彼だけが関係者に事情を伝えるというわけだ。


 もちろん、非公開の行動である。

 そこには政治的な関係が大きく絡んでいた。


 ある料亭の1室にて──。




〜〜 須木梨すきなし視点〜〜


「ガハハハ!  須木梨すきなしくんも焼きが回ったな。実績のない22歳の小娘を局長に据えるなんて」


 と、大きな腹を揺らすのは、ちょび髭が印象的な横島建設の社長である。

 

 彼とは懇意にさせてもらっている。

 

 横島グループからは年間1億円以上もの政治献金を受け、与党に関する選挙票は1万票の応援だ。


 これだけで、政治家なら、誰しもが大事にしなければならない存在である。


 当然。 須賀乃小路すがのこうじ カーシャが局長になることは横島社長には大きく影響する。

 建設業界とダンジョン探索局は親密な関係なのだ。


 横島社長は 須賀乃小路すがのこうじくんのプロフィールを見ながらニヤニヤと笑った。


「経歴は申し分ありませんな。大学を主席で卒業……。頭脳明晰……。 須木梨すきなしくんのお墨付きとあらば、それは優秀な人なんでしょう」


「はい。素晴らしい公務を務めてくれると実感しております」


「ふぅむ……」


 社長は顔を近づけた。


須木梨すきなしくん。『素晴らしい公務』とは、実績のことだよな。優秀な君ならばわかっているだろうね?」


「……はい。もちろんです」


「頭が良いだとか、仕事が早いだとか、丁寧な仕事をするだとか、ミスが少ないだとか、そんなことはノミの糞ほどの価値しかないのだよ」


「はい」


「大切なのはギブアンドテイクだ。なにを与え、与えられるか。それが実績ということだよなぁ?」


「おっしゃるとおりでございます」


「……で、この小娘にどんな実績があるのだね?」


「今後……。明らかになっていくと思われます」


「思われますぅ?」


 そう言うと、更に顔を近づけた。


 う……、く、臭い。

 口の中からヘドロのような臭いがする。


「……おいぉおい。まさか、私を舐めているんじゃないだろうねぇ、 須木梨すきなしくん?」


「いえ。決してそんなつもりはありません」


「横島グループは1億円以上もの政治献金を送り、選挙では1万票も応援しているんだ。これはギブだ! わかるかぁああ? あああああん?」


「はい。おっしゃるとおりでございます」


「大和総理が伸び伸びと政治ができるのは誰のお陰かねぇ? ああん?」


「横島社長の応援があってこそです」


「そうだろう。そうだろう。つまり私のギブだよねぇえ?」


「はい」


「そのテイクが、不確定だとぉおお? 『思われます』とはどういうことだぁあああ? じゃあなにか? テイクがゼロという可能性もあるということかねぇええええ?」


「い、いえいえ。決してそんなことは……ありません」


「事実、そうなっているじゃあないか。テイクがゼロである可能性を私に容認しろといっているのだぞ? 22歳の小娘が、局長に就任したとして、失敗して、我がグループに損失が生まれたらどうする? ん? どうするつもりだぁああああああああああああ?」


「わ、私が責任を取るつもりです」


「首でも括るのかね?」


「…………」


「言っておくがなぁ、 須木梨すきなしくん。君が死のうが、君の愛する家族が死のうが、私にはなんの関係もないんだ。そんなくだらない命はなんのギブにもならん。私にとっては有益なテイクこそが命。君の矜持をかけた魂なんかに微塵も価値を見い出せんのだよ! 死んだって詫びとしては認められないぞ。大事なのは私にとって有益なテイクだ。わかるかね?」


 ぐぬぅうううううううっ!

 このクソ野郎がぁあ……。


 ……許せない。

 私だけならまだしも、愛する家族の命までも例題にあげるなんて……。


 今すぐ殴ってやりたい……がダメだ。

 ここは冷静に……落ち着け私。


「なにをテイクすれば認めてくれるでしょうか?」


「ふふふ。わかってきたじゃないか 須木梨すきなしくん。そういう建設的な話がしたかったのだよ。ぐふふふ」


 ……このクズ野郎が。

 貴様の笑いを見てるだけで反吐が出る。


「この……。カーシャとかいう女。種族はハーフエルフか」


「はい。父方が九州地方の公家の一族のようです」


「ふぅむ。良家の娘か」


「本人はハーフということで色々とあったようですね」


「ぐふふふ……。エルフはいいぞぉ……。 須木梨すきなしくん。抱いたことはあるかね?」


「いえ……。私はそういった話題には……」


「ははは! 妻一筋かい? 君は本当に変わっているよ。性的な接待は全くといっていいほどしないんだ。政界でも、君の愛妻振りは有名だよな!」


「も、もうしわけありません。こ、これだけはどうしても……」


「ははは。まぁいいさ。テイクさえあれば問題ないんだからな」


「恐縮です」


「エルフはいいぞぉ〜〜。透き通る肌でな。人間の女なんて比べものにならんくらいにスベスベなんだ。胸の脂肪は柔らかくてな。顔を埋めれば弾力のある肉壁が頬を包み込むんだ。ボヨヨンとな。グフフ。想像するだけでヨダレが止まらんわい。加えて純粋でな。性格がスレていないんだよ。やれ女の尊厳だ、権利だと、くだらんことは言わんしな。最高の存在なのだよ」


「はぁ……」


 そういえば、 須賀乃小路すがのこうじくんは純粋なところがあったなぁ。

 缶コーヒーなんかお守りにしてさ。変わったところがあったよ。

 しかも、天使みたいに笑うんだ。あの純粋な笑みは現代離れしてるかもしれない。


須賀乃小路すがのこうじ カーシャ……。黒髪のハーフエルフか……。グフフ。白い肌に輝く黒髪……。透き通った水色の瞳……。たまらんな」


 嫌な予感がするな。

 釘を刺しておこうか。


「か、彼女は局長です。秘書ではありません」


「わかっておるよ。でも、政治の勉強は必要だろう?」


「え?」


 べ、勉強だと!?


須木梨すきなしくん。彼女と私が2人だけで会えるようにセッティングしたまえ」


「えええええ!?」


 社長は目を細めた。


「君が今できるテイクの話だよ。簡単だろ?」


「し、しかし社長!  翼山車よくだしの時はそんな勉強はなかったではありませんか!」


「当然だろう。あんな肉の塊と勉強会をしたって、私になんのメリットがあるのだね。若い女に政治の勉強を教えるのは必要なことだからね。デュフフフ……」


 政治の勉強だとぉ?

 そのままの言葉を受け取れば、それは本当に素晴らしいことだろうがな。

 勉強とは熟練者が初心者を教育するという意味だ……。

 し、しかし、この言葉の真意は……。


「場所はそうだなぁ。落ち着いた料亭がいいな。……横には寝室が完備されたな」


 やっぱり!!

 こいつの目的は 須賀乃小路すがのこうじくんの体だ!!


「グフフフ。朝まで2人っきりで、私が政治の厳しさを教え込んでやるわい。ジュビィイイイ。ああ、ヨダレが止まらんわい。グフフフフフフゥ」


 き、聞いたことがあるぞ。

 社長が睡眠薬を使う噂を……。


 眠った女を無理やり犯す。

 

 女と揉めた場合は数百万を握らせて示談にするんだ。


 対岸の火事だと思って触れずにいたが、この黒い噂は信憑性が高い。

 

  須賀乃小路すがのこうじくんが危険だ。

 このままだと、こいつに襲われてしまう。


 し、しかし……。

 横島社長と揉めるのは絶対にまずい。

 年間1億円の政治献金と1万票の選挙票。

 これは大和内閣にとっても絶対に必要なものなんだ。


 今はテイクが必要だ。

 それは 須賀乃小路すがのこうじくんの体を使うこと。

 彼女がこの先、公務をやっていく上で、必ず乗り越えなければならない試練だ。

 彼女の美貌ならば、何度もやってくるだろう、悪魔の誘い。


 これは回避不可能な事案なんだ!


 い、いわゆる、必然性のある枕営業……。


 い、いや、まだそうと決まったわけじゃない。

 想像だけで不貞行為を断定するんじゃあない。


 そうさ。

 これは彼女と社長、2人だけの話じゃないか。

 私は関係ないさ。


 私は場所をセッティングするだけ。


 これは、正しい政治家のあり方さ。


 国民のため、愛する家族のために働いている立派な人間だ。


 私は清廉潔白だ。


 神にだって誓えるぞ。


 私は正しい行いをしている!!


「デュフフフゥ……。 須賀乃小路すがのこうじ カーシャァアアア。たまらんんん。全身写真はないのかね? ヨダレが止まらんぞぉ。ジュルルビジュルゥウ、ビジュルルバァアアアア。グハハハハァアアア!!」


 わ、私は関係がないぞ。


 私は関係がないんだ。


「ジュルル……。おい。この料亭は禁煙なのかね? ヨダレをかきすぎて一服したくなったわい」


 社長のカバン持ちは恐縮する。


「どうやら喫煙室があるようですね。そこで吸うルールみたいです」


「クソだな! この国は狂っとるよ。おい、吸い殻入れはあるか?」


「申し訳ありません……。えーーと、あ……! さっき飲んだ缶コーヒの空き缶ならありますよ!」


「まぁ、それでいいだろう。吸い殻さえ落とさなければマナーのいい客だろうよ。グフフ」


 そういって、禁煙の部屋でタバコをプカプカと吸い始めた。


須木梨すきなしくんの力で喫煙のルールをもっと緩めてくれんかねぇ? 自由にタバコも吸えんようでは窮屈で敵わんよ」


「は、はぁ……」


 ダメだ。

 喫煙のことより、 須賀乃小路すがのこうじくんのことで頭が一杯だ。


「……でぇ、 須木梨すきなしくん。カーシャとはいつ勉強会ができるのかねぇえ? ぐふふふぅ」


「は、はぁ………………」


「で、できるだけ早く頼むよ。私の股間は爆発しそうなんだからなぁああ。ジュビルルル……。グホォオオ! またヨダレが出てきたわい」


 わ、私は関係がないぞ。

 2人の話だ。

 

 私は悪くない。

 私は絶対に悪くないんだからな。


 社長は吸い殻を缶コーヒーの空き缶の中に入れた。


須木梨すきなしくん? どうなんだい? いつセッティングしてくれるんだぁい? カーシャと私の2人っきりの勉強会をさぁあああ?」


 空き缶か……。


 そういえば、 須賀乃小路すがのこうじくんも、持っていたっけ。


 彼女は私を信じ切っている。

 私は愛妻家で、真面目な人間だ。


 だから、私の言葉なら、彼女はなんの疑いも抱かないだろう。


 きっと、公務の一環だと思ってくれるに違いない。

 その上で、


『ええ。いいですよ。横島社長とお会いするのは、いつ頃になるでしょうか?』


 彼女ならそういうはずだ。

 笑顔で気持ちよく。私の要求を受け入れてくれるだろう。


 で、でも……。


 この話を進めたら……。


 彼女は睡眠薬で眠らされて……。




「グフフフ。 須木梨すきなしくん。いつセッティングしてくれるのだねぇええ?」


 


 私の頭の中は真っ白になって、その視界には缶コーヒーの空き缶だけになっていた。


 すると、1秒ぐらいだろうか。

 ほんのわずかな時間だけ記憶が飛んだ。


 その瞬間に私は勢いよく立ち上がっていたのだ。


 体が勝手に動いたのである。


 どうして?


 なぜ、私は立ち上がっているんだ!?


 その疑問の正解に辿り着くこともなく、私は大声で叫んでいた。







「そんなことはできない!!」







 場は一瞬にして空気が変わった。

 横島社長は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で、





「す、 須木梨すきなしくん。どうした?」





 ああああああああああああああああああああ!!


 本当にどうした私ぃいいいいいいいいいいい!?


 なんでこんなことを言ってしまったんだぁああああああああああ!?





────


次回!


須木梨すきなし環境大臣に変化あり!


超、ご期待ください!!

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