第132話 光永は片井を勧誘したい【前編】

 結局、俺のビルに来た人間が何者だったのだろうか? 

 

 監査官ジェネス・ギーベイク。

 彼からもらった名刺の携帯に電話をかけるも、永遠にコールが流れるだけで、繋がる気配はなかった。

 提示された監査官の身分証は全て本物。しかし、 世界探索機関ワールドシークオーガニゼーションに登録されている監査官の本名はジェネス・マイケル・ジェーンという名前だった。

 どうやら、身分証の一部分だけが変えられているらしい。名前、写真、種族。

 本物のジェネスは人間のようだ。褐色肌のダークエルフではない。

 では、俺を訪ねて来たジェネス・ギーベイクとは一体何者なのか? 

 うちにもダークエルフはいるので、ジ・エルフィーの姉妹たちに聞いてみるも、みんなは首を横に振った。

 ギーベイクという名前を 世界探索機関ワールドシークオーガニゼーションに問い合わせても、そんな者は存在しないという。

 

 空港のトイレで発見された血まみれの変死体が本物の監査官、ジェネス・マイケル・ジェーン。

 俺を訪ねて来たのが褐色肌のエルフ。ジェネス・ギーベイク。

 

 結局、その正体は不明のままである。





「今回の監査官の情報は 静寂の森サイレントフォレストから回って来たものだ」


 と、自身満々に胸を張ったのはS級探索者の 光永みつながさんである。

 彼は、あの暗奏攻略の時、オメガツリー討伐で暴風魔法を使って活躍した、中々の実力者だ。

 正義感が強く、真面目。やや堅物なイメージはあるが、悪い人ではないらしい。


静寂の森サイレントフォレストは独自の情報経路を持っていてな。S級探索者しか入れないのだ」


「それって……都市伝説の団体ですよね? よくテレビでやっている」


「……ふふふ」


  静寂の森サイレントフォレストは都市伝説で有名な幻の団体だ。

 日本のS級探索者だけで構成されているといわれる秘密の組織。噂では、映画観の特等席を優先的に取れたり、新幹線はグリーン車で、飛行機はファーストクラスが無料で利用ができるらしい。

 テレビの都市伝説系番組で特集が組まれたりして、国内では知名度が高かったりする。その割には、実在は不明だし、その噂は都市伝説の域を出なかった。


「そんな団体が本当にあるんですか?」


「俺はくだらない嘘はつかん」


 確かに。

 冗談をいうキャラじゃないよな。


 じゃあ、


「加入すれば、車の車検が無料になる噂は本当ですか?」


「そんなわけがあるか。くだらない都市伝説だ」


「いや、結構、便利なので、くだらなくはないですよ」


「そんな話をしに来たんじゃない」


 はぁ……。

 たしかに、そんな世間話をする人じゃないよな。




「片井。おまえを 静寂の森サイレントフォレストのメンバーに誘いたい」




 ほぉ。 

 そう来ましたか。

 と、いうことは、


静寂の森サイレントフォレストは実在していて、 光永みつながさんはそのメンバーだと?」


「俺は最高幹部さ」


 おおおお……。

 S級探索者でも、 光永みつながさんって上位の実力者らしいからな。

 まさか、都市伝説級の組織のトップとは……。

 いや、しかし、


「俺はD級探索者ですよ?」


「実力は国内トップレベルだろう」


「……随分と褒めてくれるんですね」


「事実をいったまでだ。おまえがこの国を救ったのは誰もが認める周知の事実。くだらない試験の結果だけで本当の実力はわからんさ。本来、等級は仕事を熟す上で目安になる実力の表記なだけだからな。それがいつの間にかくだらない自慢をするステータスの一部に成り下がってしまった」


「…………」


 いや、おま言う?

  光永みつながさんって俺と初めて会った時は、ひたすら自分の等級を自慢してたよな?

 俺のことをめちゃくちゃ馬鹿にしてたと思うが?


 俺が目を細めていると、彼は咳払いをした。


「は、反省したんだ。……あ、暗奏の一件以来な」


「はぁ……」


「す、すまなかったよ。まさか、おまえに命を救われるとは思わなかったんだ」


「……まぁ、俺も助かりましたけどね。あなたがいてくれたからイッチーの命は助かったし、オメガツリーが倒せた」


「……俺がやったことなんて微々たるもんさ。おまえの作戦には度肝を抜かされたよ。 静寂の森サイレントフォレストでもおまえ以上の存在はいないだろうよ」


 やれやれ。

 ここまで認めてくれてるなら話しを聞かないわけにはいかないな。


「で、その組織の勧誘理由はなんですか?」


「…………」


  光永みつながさんは本題を逸らすようにニコリと笑った。


「恩恵は多いぞ。 静寂の森サイレントフォレストに入会すれば、国内に存在するあらゆるダンジョンに申請無しで入ることが可能なんだ。もちろん、国が厳しく管理している福音ダンジョンにも無申請で潜ることが可能だ」


「へぇ……」


 それは探索者としては相当なメリットがあるかもしれないな。

 レアアイテムが獲れるダンジョンに入り放題って事だ。


「その他、最も有益なのはダンジョンの最新情報を交換できる所だな」


「ふぅむ……。監査官の遺体の身元は公に発表されていませんよね。そういう情報が独自で入手できるんですね?」


「そうだ。国内で起こった事件なら、警察が隠しているどんな情報も手にいれることができるんだ」


 ほぉ……。

 なかなかの力を持っているな。

 しかし、そうなってくると、


「政府と繋がっているんですか?」


「そういうことだな。大和総理はご存知さ」


 ふむ。

 今度、詳しく聞いてみようかな。


「で。……結局、俺を誘う目的はなんです?」


「情報共有が大きいかもしれんな。S級レベルの上位陣だぞ。凄まじい情報量だよ」


 ……確かに。

 メリットは多いな。

 あの謎の監査官ギーベイクが誘ってきた 元老院セナトゥスに似ているな。

 国内版の元老院ってところか。


 でも、 光永みつながさんの感じが妙に引っかかるんだよな。

 単なる情報の共有や、組織の強化が目的なら、もっと全面的に言えばいいのに。

 なにかを隠しているような……。


「組織の存在理由って、情報共有だけですか?」


「…………」


  光永みつながさんは天を仰ぐ。


「なぁ片井」


「はい?」


「この国は腐っているとは思わんか?」


「え? なんの話です?」


翼山車よくだしみたいな男が局長を務め、 座古井ざこいのような人間がエルフを利用する。……俺は腐り切っていると思うんだ」


 政治の話は奥が深いからな。

 大和総理から色々と聞いて、その苦労を少しだけ実感してるよ。


「大和総理の実力は認めている。でもな。それでも、あの人の下にはとんでもなく邪悪な人間がウヨウヨといるんだよ」


 それと、 静寂の森サイレントフォレストの存在とどう繋がるんだ?


「権力を持った者が弱者を食い潰す。俺はそういう悪が許せないんだ。だから、 静寂の森サイレントフォレストを作った」


 え?


光永みつながさんが創設者なんですか?」


「そうだ」


 すごっ……。


 テレビで見ていた都市伝説の組織。

 その創設者自らの勧誘か。

 ははは。これは確実に、すべらない話だよな。


「片井」


「は、はい」


「俺と一緒にこの国を良くしないか?」


「はいぃいいいい?」


 そ、それって……。


「国家転覆?」


「そんな言葉は良してくれ。世直しと言って欲しい」


 いやいや。


「日本政府を倒すってことでしょ?」


「…………そうだ」


 同じ意味ですって。


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