第129話 トロッコ問題の回答

〜〜 須木梨すきなし視点〜〜


  須賀乃小路すがのこうじ カーシャよ。

 このトロッコ問題の正解は決まっている。


 それはB路線を選んで1人の作業員を犠牲にすることだ。その上で、謝罪をする。添える文言はこうだ。


『最も、被害の少ない選択をするしかありませんでした』


 と頭を下げる。

 それが公務員のとるべき正しい姿。

 それができて初めて合格とさせてもらう。

 それ以外の答えは全て却下だ。


 A路線を選んで、5人の作業者を犠牲にすることは論外であるし、その他の行動を画策するのはナンセンスだ。

 ましてや、暴走トロッコをなんとかして、全員を助けようなどと思考を張り巡らせるのは最低の思考方法と言っていい。


 そんな中、彼女は私にくだらない質問をしてきた。


「A路線の5人はどんな人間なのですか?」


 さっきはB路線にいる1人を聞いてきたな。

 それは22歳の好青年だと伝えた。

 今度はA路線の5人か。

 さては、人間の種類によって選択を決めようとしているんだな?

 もしも、5人が殺人犯という設定ならば、躊躇なくAを選ぶつもりだろう。刑事罰をトロッコの衝突と被せて、自分の罪悪感を軽くする作戦か。ふふふ。そうはいくか。これはそんな簡単な問題ではないのだよ。


「あーー。A路線の5人も好青年でな。年齢は22歳。どうやら全員が同期のようだ。仲がよくて、真面目で、青春を謳歌している未来のある若者だよ」


 ククク。さぁ、追い詰められたぞ 須賀乃小路すがのこうじ カーシャ。おまえがくだらない質問をするから、おまえの罪悪感が増してしまっただろう。


 私だって若干の罪悪感がないわけではないんだ。

 想像上の人物とはいえ、未来のある22歳の若者をトロッコの衝突によって失おうとしているのだからな。


 さぁ、早く答えるんだ 須賀乃小路すがのこうじ カーシャ。

 おまえの罪悪感が破裂してしまわないうちになぁ!


「B路線にいる1人。この人の家族構成はどうなっているのでしょうか?」


 ん……?


「そんなことを知ってどうするつもりだ?」


「重要なことですので知りたいのです」


「…………」


 まぁ、彼女が選ぶのを躊躇するくらい好青年の設定にすればいいか。


「祖父母と両親は健在だ。妹がいて、全員が仲がいいぞ」


 ふふふ。

 どうだ。余計に自分の首を絞めただろう。

 罪悪感が膨らんでしまったぞ。

 愚かな質問だったな。


「では、A路線の5人の家族構成を教えてください」


「なにぃ!? 良い加減にしないか!! そんなことを知ってなんになるんだ!?」


「重要なことですので教えてください」


「ふざけるな! そんなことで回答を引き伸ばすなんてありえないぞ!!」


「そんなつもりは一切ありません」


「嘘をつきなさい!」


「嘘なんかつきません。至って真面目です!」


「なら答えてやる! B路線にいた1人の青年と偶然にも同じ家族構成だよ! 5人とも全部だ!! しかも、全員、仲が良くて思いやりのある家族たちだ!! 犯罪者なんか1人もおらんぞ! 全員が善良なら市民! 未来のある人間だぁあ!! これでいいだろう!?」


「では、B路線の1人は、どんな交友関係なのでしょうか?」


「良い加減にしないか!! これでは質問攻めだ!! まさか、そんなことで回答をうやむやにするつもりではあるまいな!? そんなことは却下だ!! 君の質問はこれ以上することは許さない」


「その要求は認められません」


「なにぃいいいいいいい!? き、貴様ぁあ!! なんの権限があってそんなことを言うのだぁあ!? 出題者は私だぞ!?」


「回答者の権限です」


「そんな権限があるか!!」


「いいえ。あります」


「なにを根拠にそんなことをいうのだ!?」


「出題者の世界観に私が入っているからです」


「なんだと!?」


「そもそも、私が分岐器の手前に立っていて、トロッコの暴走をコントロールする設定がよくわからないでしょう?」


「そ、それは、想像を働かしてだな」


「ええ。ですから。最大限に想像を働かしています。足らない設定は自分の脳内で補完しているつもりです」


「だったら、その範囲内で答えるのが社会常識だろうが」


「確かに、社会常識と言われればそのとおりです。屁理屈をいうつもりは一切ありませんので」


「なら、早く答えないか! 回りくどい質問をするんじゃない」


「いいえ。ですから、社会常識の範囲内で質問しているのです」


「どういう意味だね?」


「人の命は重いということです」


「……そ、そんなことは君に言われなくたって私だって熟知しているよ。だから、この問題は価値があるんじゃないか」


「はい。ですから、情報を知りたいのです」


「……私には妨害工作にしか思えんが?」


「いいえ。それは違います。探索局の局長ともならば、必ず厳しい決断を強いられる時があるでしょう。それが公務員のトップを任せられるということです。ならば、可能な限り情報を聞き出すこと、それが私に求めれれる責務ではないでしょうか。この問題の世界観は 須木梨すきなし環境大臣が作られました。ならば、その人物形成も、家族構成も交友関係も全てが大臣の脳内にあると思うのです。私はそれが知りたいのです」


「……もしかして君は、自分が納得するまで私から情報を聞き続けるつもりかね?」


 彼女は、そのまさかを答えた。

 それはもう曇りのない眼で。


「はい。例え何年、何十年かかろうと、可能な限り、情報を仕入れて分岐器で向かう路線は精査したいと思います」


「おいおい。本気か? これは想像上の話なんだぞ?」


「人の命を扱うとはそういうことではないでしょうか? たとえ、想像上の人物であっても、そこに命が存在するのなら、全力で取り組むのが公務員の仕事だと思うのです」


 やれやれ。

 本気で言っているのか……。


「今、作業員6名の相関図を書いてみました。全員が同じ家族構成なんですね。では、交友関係を書いていきましょう」


「おいおい……。それ……全部を書いて精査するつもりかね?」


「ええ。もちろんです」


 彼女は意地悪だとか、頓智とんちだとか、そんな奇抜な方法で回答してるんじゃない。

 これは本心だ。

 人の命を尊ぶ心がそうさせているんだ。


 な、なんて子だ……。



────

次回、 須木梨すきなしが攻めに転じます!

果たして、カーシャは、彼の攻撃を防御できるのか!?

次回、彼女の合否が決まります!

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