第128話 カーシャとトロッコ問題


〜〜 須木梨すきなし視点〜〜


 ふふふ。 須賀乃小路すがのこうじ カーシャの最終試験はトロッコ問題を答えてもらう。

 猛スピードでやって来るトロッコ。その方向を変えれるのは彼女だけ。Aの路線ならば5人の作業員。Bの路線ならば1人の作業員が死ぬことになる。

 分岐器を使わなければ5人が死に、方向を替えれば1人が死ぬ。


 この問題は単純に考えれば1人を選びがちだ。特に政治家はな。人間1人に値段なんてものは付けれないが、条件をつけて計ることはできる。例えば、生命保険。臓器を売っても良いだろう。学費や食費なんかも計算になる主軸にはなるはずだ。いずれにしても、基準さえ設ければ、1人の値段を算出することが可能。つまり、対象が死亡すれば、被害総額が出るという仕組みだ。


 そう考えれば、1人の方が圧倒的に被害総額は少ない。5人ならばその5倍だからな。

 ふふふ。でもな。そんな簡単な答えで私が納得すると思ったら大間違いさ。例え1人であろうと、人為的に選択をして殺している結果には変わらないのだからな。


 君には、悪いがな 須賀乃小路すがのこうじ カーシャ。


 この問題に明確な正解はないのだよ。


 みんなが納得する正解は、神様でもない限り出て来ないだろう。


 当然だよ。 

 実績のない人間が、テストの合否だけで公務の局長になろうとしているのだから。

 神レベルの難問に答えてこそ、そこに実績以上の価値が出るというものさ。


 これは意地悪でもなんでもない。


 総理にもキッチリと説明させていただく。


 これが、私が長時間かけて考えた最強の質問だよ。


 さぁ、答えてみろ 須賀乃小路すがのこうじ カーシャ。


「…………」


 彼女は熟考する。


 これが、政治なのだよ。

 公務員に求められる資質さ。


 ベストな答えなんて出るもんか。


 経験の浅い小娘の思考なんて突っぱねてやる。


 さぁ、観念しろ。


 私は甘くはないぞ。


 私が、唯一、答えと認めれるなら、それは謝罪だ。


 泣いて土下座しろ。


 人の命は犠牲にできない、答えがわからない、と私に深々と頭を下げろ。


 その上で、最も犠牲になる人数が少ないB路線を選べ。


 そのロジック。その誠意が伝わった時にだけ合格を出してやる。


 謝罪のやり方も一流の公務員の生き様なんだ。


 そして、絶対に間違っているのは全員を助けようと画策することだ。

 そんなことはできない。それができてしまってはこの問題を出題する意味がなくなるからだ。


 どんな理由であれ、このトロッコ問題は絶対に犠牲者が出る。

 苦渋の決断による、謝罪。

 それだけが正解!

 それ一択しか存在しない!

 それが一流の公務員が求められる資質なのだよ!


 さぁ、見せてみろ!

 おまえの答えを!!



〜〜カーシャ視点〜〜


 まさか、最後の試験がトロッコ問題だったなんて……。


 これは、被害総額で考えれば1人を選びがち。特に政治家の思考なら、そうならざるを得ない。普通の公務員でも同じように考えるだろう。


 確実に人が死ぬ。

 そんなことは……。



 そんなことは絶対にできない!



「さぁ、 須賀乃小路すがのこうじくん。トロッコは猛スピードで迫っているぞ? このままだとAの路線に一直線だ。そこには5人の作業員がいるからな。衝突すれば全員即死だよ。分岐器を触れるのは君だけさ。ああ、もちろん、君が盾になってトロッコ止める、なんて漫画みたいな回答は却下だからな。トロッコは5人を即死させるほどの突進力なんだ。君が盾になってもトロッコの勢いは止まらないからな」


 まるでBの路線に誘導するように問いかける。


 きっと、安易にB路線にすれば不合格になるだろう。この人は意気揚々と自分のロジックを語るに違いない。


  須木梨すきなし環境大臣の求めている正解──。


 公務員である、ダンジョン探索局の局長の選択。その資質。



「…………」



 ハッキリ言ってわからない。



 この問いかけには、彼の政治家としての熟練したロジックがあるはず。


 一般的に、このトロッコ問題には明確な答えがない。

 でも、大臣はそんな問題は用意しないはずだ。なぜなら、このテストは大和総理の口利きだから。

 正解のない意地悪すぎる問題は、大和総理に申し訳が立たない。絶対に、答えがなければならない。そうしないと、説明責任を果たせないから。

 この問題には明確な正解が存在する。


 それは一般論ではなく。

 実績を築き上げた政治家だけが納得する正解……。


 もしも、 須木梨すきなし環境大臣ならなんて答えるだろうか?

 大和総理なら?


 きっと、この2人ならば正解が出せるはず……。


「さぁ、わかるかな?  須賀乃小路すがのこうじくん?」


「この問題は……。公務員としての資質が問われているように思います」


「……最終問題だからね。当然だろう」


 タイムリミットはまだ提示されていない。問題が出題されてから5分は経っただろうか? もうしばらくしたら、時間制限を提示されるかもしれない。

 早く答えないと……。


 でも、焦っちゃダメだ。


 落ち着いて、もっとじっくり考えよう。


 私は自分の鞄から缶コーヒーの空き缶を取り出した。


「なんだい、それ? 空き缶みたいだが?」


「お守りなんです。ずっと肌身離さずに持っています」


「変わったお守りだな。エルフの宗教かい?」


「いえ、私が個人的に心の拠り所にしているだけです」


「ふぅむ。そのお守りを使うのが君の答えかな?」


「まさか。これは私の支えになっているだけですよ」


  真王まお社長。

 いや……。缶コーヒーの探索者さん。

 あたしに力を貸してください。


 あなたは、あたしを助けて、暗奏を攻略して、大勢の人々を救った。それからエルフたちの人生さえも希望に満ち溢れるものにした。


 あなたは全ての厄災から私たちを守ってくれた。


 どんな邪悪な攻撃も、あたしたちに当たらないように、完璧に防御してくれた。


 あたしだって、やってやる。

 全員を助けてやるわ。


 Aの路線に5人。Bに1人。全部でたったの6人だ。


 缶コーヒーさんは暗奏に囚われた2352人を助けたんだ。


 あたしだって!


 暴走するトロッコから6人を救ってやる。

 絶対にトロッコの暴走を防御するんだ。衝突なんてさせるもんか。


「このB路線にいる1人の作業員はどんな方でしょうか?」


「そんなことを聞いてどうするんだ?」


「重要なことですからね」


「普通の若者だよ。歳はそうだなぁ……。君と同じ、22歳という設定にしましょうか。ククク。まだまだ将来があって、仕事はいたって真面目。こんなところで命を落とすなんてあり得ないほどの好青年だ」


 缶コーヒーさん。

 見ていてくださいね。


 絶対に、


────

次回。

カーシャの防御理論が炸裂する……のか?

あなたならどうする!?

乞うご期待!

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