第127話 須木梨の試験

  須賀乃小路すがのこうじ カーシャは 須木梨すきなし環境大臣のテストを受けることになった。

 

 このテストに合格すれば晴れてカーシャが探索局の局長に就任するわけである。不合格ならば、局長の後任は 翼山車よくだしの遺伝子を引き継いだ 曳替ひきがえになる。


「環境省の 須木梨すきなし  精到せいとうです」


「片井ダンジョン探索事務所、第2ビル、支店長補佐の 須賀乃小路すがのこうじ カーシャです」


 2人は軽い挨拶を済ませた後、即座に筆記試験に入った。


 これは学力テストで、 須木梨すきなしが厳選して作成した非常にレベルの高い問題だった。


 局長になるために求められる最低限の学術確認。とはいえ、その問題は難解で、例え優秀な東大生でも合格基準の85点を超えるのは難しいレベルである。

  須木梨すきなしのI.Qは120を超えており、非常に優秀な人間である。卒業した大学もハイレベル。そんな大学を首席で卒業。そんな人間が作った問題なのだから、それはもう難度の高いものになっていた。


 対するカーシャだが、彼女も負けず劣らずの優等生である。I.Qは 須木梨すきなしと同様に120を超えており、大学は首席で卒業。 須木梨すきなしと同じ様に高い知能を持っていた。

 

 よって、4時間におよぶ筆記試験の結果は……。


「ふぅむ……。どの教科も軽く90点以上ですか。英語、フランス語、中国語にいたっては満点ですね。ま、及第点でしょう」


 こんなことで驚く 須木梨すきなしではなかった。

 なにせ、あの大和総理が自信満々で推してきた人間なのだ。こんなテストは合格して当然なのである。


 場面は、軽い面接へと移った。

 1対1の対面形式で社会常識のテストを行うのだ。


「まぁ、軽いディスカッションをしましょう。ダンジョン探索局はこの国にとってどうあるべきだと思いますか?」


 カーシャは彼の問いに淡々と答えた。


「探索者の管理はもちろんのこと、民間人とダンジョン問題の解決に尽力するべきだと思います」


「ほぉ……。ではその尽力すべき具体的内容を──」


「それは──」


 その返答には隙はなく、模範ともいえるべき完璧さを見せる。


「ふぅむ……。予習をするにも限界がありますからね。口頭での回答は問題なさそうです。どうやら、それなりの実力はあるようですね」


 カーシャは、この言葉に安堵の表情を見せた。

  須木梨すきなし 翼山車よくだしとは圧倒的に違う。そこにハーフエルフだからという差別や、女だからという偏見はない。完璧な実力主義者なのである。

 これは彼女が求めていた上司の形だった。


 正直、片井は優しすぎるのだろう。若く、野心のある彼女にとって、この実力主義のピリつくような空気感は、奇妙ながらも居心地が良かったのだ。だから、心の底から闘志が湧き上がっていた。彼女は苦笑いを浮かべながらも、その心中は充実していたのだ。


「ここまでのテストは合格です」


「ありがとうございます」


「ここまではね……」


 冷ややかな空気は凍てつくように更に下がった。


「じゃあ、少し休憩をして、最後のテストに臨むとしよう」


 休憩といっても、部屋には2人きりである。

  須木梨すきなしが出ていく気配はない。

 

 カーシャは持参したペットボトルのお茶を飲んだ。

  須木梨すきなしは自分の鞄から水筒を取り出した。


「妻がね。コレステロールを気にしてくれているんだ。だから、この水筒の中には脂肪の消費を高めるお茶が入っているんだよ」


 カーシャは嬉しくなった。

 彼の言葉に人間味を感じたからだ。

 

 やはり、 翼山車よくだしとは違う。

 片井のように優しくはないが、そこには確かな人情味があった。


「優しい奥さんなんですね」


「ああ、自慢の妻さ。結婚して25年になる」


「ふふふ」


 思わず笑みが溢れた。

 そこには家族を愛する良い父の姿が見えたからである。この人の下なら上手くやっていける。そこには確信めいた直感があった。


「君は……。 須賀乃小路すがのこうじとは九州地方に住む藤原家直系の公家の一族だね」


「はい。父がその姓なのです。母はファンシーネイバーからこの世界に迷いこんだエルフの一族です」


「ふぅむ」


「エルフの差別はまだまだ根深いです。たとえ、良家の娘でもハーフエルフというだけで毛嫌いされたりします」


「私は、そんな考え方は一切しないがね」


 カーシャはますます嬉しくなった。

 この男は本心で言っている。間違いなく、実力主義者なのだ。


「しかしな。 須賀乃小路すがのこうじくん。私は能力の無い人間とは関係を持たないことにしている。無能な人間と関わっても時間を浪費するだけだからね。友情とか愛情とかいうものは、こと職場においては意味をなさんのだよ」


 瞬時にして空気が一変した。

 まるで、晴れていた天気に雨雲がさすように。


「無能の定義、とは人それぞれだがね。私は結果が全てだと思っている。工程だとか努力の証だとかは歯クソほどの価値もないと思うのだよ」


「…………」


 カーシャはゴクリと唾を飲んだ。


「私の好きな軍師に黒田官兵衛という人がいてね。その人がこんなことを言っていたのだよ。『我、人に媚びず、富貴を望まず』」


「…………」


「意味はね。何者にも囚われず、自分らしく慎ましくあるということさ。私はこの言葉が大好きなんだ。天命を感じてね、そこに尽力するんだよ」


「……難しい話ですね」


「なぁに、簡単さ。私は誰がなんといおうと、自分の信念を貫くということさ」


「はぁ……」


「私は実力第一主義だ。実力とはすなわち実績。これがどういう意味かわかるかい?」


「偏見をせずに平等に判断するということですよね?」

 

「……ふぅむ」


  須木梨すきなしは鋭い目線でカーシャを見つめた。いや、睨んだと言った方がいいだろう。


「君は 翼山車よくだしに解雇されたそうだね?」


「……はい。激しいセクハラとパワハラを受けました。理不尽な解雇です」


「ふぅむ。君が受けた被害については本当に心苦しいよ。 翼山車よくだしを任命した私としては謝罪の気持ちさえ持っている。がしかし」


  須木梨すきなしは鋭い目をキラリと光らせた。


「私は彼を評価している」


 カーシャは混乱する。

 それもそうだろう。さきほどまで見せていた、妻に対する誠実さ。あれは嘘だったのだろうか、と。


「よ、 翼山車よくだしは犯罪者ですよ!?」


「ふむ。彼の悪行の数々は鉄壁さんによって全世界に流れていたな。私も、私の愛する家族も、それを見て知っているよ。はっきり言って犬畜生以下のクズ人間だよ。だからな。そんなド外道を家族に触れさせるなんて、天地がひっくり返っても嫌なんだ」


「だったら、どこを評価できるんですか!?」


「実績だよ」


「なんのことです?」


「彼が運営していた探索局は年間500億以上もの収入を産んでいたんだ」


「そ、そんなお金。不正で得た利益にすぎません!」


「そうかもしれない。しかし、金は金だ。探索局は歴史の浅い機関でね。その仕組みから、収入は5億が限界と言われているんだ。それを100倍の500億だよ。彼の力ならば、暗奏で発生した復興費用の1300億円を2、3年で解消してしまうだろう。これが彼を評価する理由だ」


「あ、ありえません!」


「その否定は正義感からか? くだらないな。そんなことで国民が納得すると思うか?  翼山車よくだしが作った年間500億円の収入は全て国民に還元されるんだ。それによって救われる存在も多いのだよ」


「だ、だからって、なにをやってもいいわけじゃないんです!!」


「甘いな。そんな寝言で国民が納得するなら誰だって政治ができるんだよ。結果が全てだ。そこに正義とか愛とか努力なんてもんは1ミリも存在せんのだよ! 考えても見たまえ。1300億円の復興費用が捻出できなければ、それだけ被害が長続きするのだぞ? 暗奏によって住む場所を奪われた住民に住居を提供できるのか? 職場はどうする? 正義や愛で人が救えるか? 救えるのは金という実績だけなんだよ!!」


「で、でも……」


「元来、実績のない人間にチャンスなんて巡ってこないんだ。君は鉄壁さんと大和総理の推しということだから、特別にテストしてやっているがね。こんなテストでなにがわかるというんだ。テストで満点を取ったとしてもね。1300億円の復興費用が捻出できなければカスみたいな存在なんだよ。つまりは、無能だ!」


「確かに、私に実績はありません。22歳の小娘です。でも、探索局に携わる、たくさんの人々の役に立ちたいと心から思っています」


「ええそうでしょう。総理の話で大方の目星はついています。あなたは心根の優しい正義感の強い女性だ。ほんの少しですがね、何気ない会話にもその所作が出ていましたよ。でもね。私の信条からすればそんなものは二の次、三の次なのですよ。総理は正義感が強くて、心根の優しい人ですがね。なによりも実績を出せれている方なのです。だから、私は心の底から尊敬して部下として仕事をしているわけです。総理だって同じです。私の実績を認めてくれて、家族を愛する一家の父親である私を認めてくれているのですよ」


「わ、私には実績はありません。だから……。テストをして見極めて欲しいのです」


「いいでしょう。休憩は終わりです。あなたが本当に実績を出せる人間なのか? その最後のテストを実施してあげましょう」


「お願いします」


  須木梨すきなしはすました顔で眉を上げた。


「最後のテストは口頭だけで行います。私の問いに答えることができれば合格です」


 場に緊張が走る中、 須木梨すきなしの問題が始まる。


「線路を走っていたトロッコの制御が不能になりました。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまうでしょう。Aの線路には5人。Bの線路には1人の作業員がいます。あなたの前には分岐器があって、その操作でトロッコの向かう場所を変えることができます。では、トロッコはどっちに向かわせるのが正解でしょうか?」


 これは有名なトロッコ問題という思考実験である。


「もちろん、Bの線路にトロッコを向かわせた場合、そこにいる1人は確実に死にます」


  須木梨すきなしは冷ややかに笑った。


「さぁ、正解はどちらにトロッコを向かわすことでしょうか?」

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