第126話 総理 VS 環境大臣 【後半】

「不可抗力だ!! わ、私は、ドラマ、最強軍師 黒田官兵衛のブルーレイを買うつもりだったのです!! 予約だってしているんですよ!!」


  須木梨すきなしは汗と一緒に大量の唾を飛散させた。


「いやいや。後でお金を払うからと言って万引きするのは許されないよな」


 総理の言葉に更に汗が流れる。


「ちょ! ま、万引きって! ひ、人聞きの悪い!! 私は人の子の親として、そんなことは絶対にやりません!!」


「しかしな……。現に無料で観てしまったしな」


「で、ですから、不可抗力です!! たまたま、ビューチューブのおすすめに上がってきたので、それを観たまでですよ!!」


「それを観るのを我慢するのがネットリテラシーではないのかな?」


「そ、そんな! わ、私にリテラシーがなかったと?」


「そう言わざるを得ないな」


「ま、待ってください!!」


「おいおい。なにを待つというのだね? ここに記録も残っており、君も犯行を認めているというのに」


「は、犯行ぉおおおお!? ま、待ってください!! 大袈裟すぎます!!」


「しかし、違法アップロードの視聴は今や社会問題だからなぁ。君も知らないわけではないだろう?」


「た、確かに知っていますよ。し、しかし、まさか、あの動画が違法にアップロードされていたものだなんて、知る術はありませんよ!!」


 彼の言い分はわからいでもない。

 なにせ、違法アップロードの動画に違法の表示はないのだから。

 結局、この話は視聴者だけの問題ではなかった。

 大きくはアップロード者。そして、サービスを提供する配信元が問題なのである。

 よって、違法アップロード動画の視聴は不可抗力が強いと言えるだろう。

 ゆえに、リテラシーにて利用者の自己判断に任せられる問題なのである。


「しかしな 須木梨すきなしよ。自らの知識不足を盾にして違法行為が罷り通っているのが問題だからな。それが社会の規範、模範となりうる内閣の人間がやってもいいことになるだろうか?」


 この問いかけは相当に狡いといえる。

 なにせ、 須木梨すきなしは真面目な男なのだ。

 こんなことを言われれば、彼の矜持に火がつくのは目に見えている。


「わ、わかりました。わ、私も男です。自分の起こした失態は、それ相応の責任をとりましょう。減給でもなんでも罰則を与えてください。甘んじてお受けいたしましょう」


 この事案の小ささは周知の事実である。

 こんなことは内々で処理する小さなトラブルだ。

 普通の会社ならば口頭注意レベルではないだろうか?

 よって、減給の厳罰までも覚悟するのは相当な男気といっていいだろう。

  須木梨すきなしも、それらのことを熟知しているので、あえて重めの罰を提示したのだ。

 しかし、


「いやいや。まだまだ、そんな段階じゃないんだ。余罪があるかもしれないしな」


「余罪ぃいいいい!?」


「当然だろう。職場でこれだからな。自宅のパソコン履歴も調べさせてもらいたいんだ。後々に見つかれば問題は膨らんでしまうからな」


「そ、そんな……自宅まで」


「いや。君の立ち会いは必要ないよ。君は仕事が忙しい身分だからな。だから、こちらで調べさせていただくよ。ただ……」


 そう言ってニヤリと笑う。





「家族の立ち会いは必要だろうがな」




 

 この言葉に 須木梨すきなしが青ざめたのは言うまでもない。彼は、家族には厳格な良識のある父親で通っているのだ。それが彼のプライドであり、人格形成の主軸を担っているのはいうまでもない。

 違法アップロードの視聴が発覚したなどということは、実につまらない失態なのである。そんなことで、政府の関係者が自宅に押し寄せるのだ。想像して欲しい。スーツ姿の人間が、ゾロゾロと自宅に詰め寄る光景を。それを観た彼の家族はどう思うだろうか? 

  須木梨すきなしには55年間の積み上げてきた父の威厳がある。それが今、崩壊しようとしているのだ。しかも、近々、息子の結婚が控えている。そんな大事な時に、絶対にくだらないトラブルは出したくないのである。


「総理。総理ぃいいいッ!!」


「どうした 須木梨すきなし。顔色が悪いぞ?」


「ひ、1つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「…………本気ですか?」


 総理は真面目な顔で答えた。


「そう思うか?」


「…………」


「こんなくだらないことで、親愛なる部下を傷つけようとしているのだぞ?」


「ふぅ……」


 と、 須木梨すきなしは大きく深呼吸をして、


「はぁーーーーーー」


 と、面倒くさそうに息を吐いた。


「わかりましたよ。 須賀乃小路すがのこうじ カーシャのテストを実施します。これでいいんでしょう?」


「おおおお! やってくれるか!!」


「そ、その代わり。わかってますよね?」


「ん? なんのことだ?」


「みなまで言わせるおつもりですか?」


「……そういえばな。環境省のパソコンにウィルスが侵入したという話はどうやらガセネタだったらしいぞ」


「はぁ……」


 と、呆れたようにため息を吐いて、


「でも、譲歩できるのはここまでですよ。その先は許しません」


「うむ」


「私が提示したテストに合格すること。これが局長になる最低条件です。なんの実績も持たない22歳の若い女が局長になる可能性があるのですよ? そんなテストを受けれるだけでも相当なチャンスです。それでいいですね?」


「ああ。それでいい」


「約束ですよ?」


「ふ……」


 と笑ってから、

 大和は閲覧履歴の印字された紙をビリビリと破った。





「第105代目、内閣総理大臣、大和 先達の名において約束しよう」



 


 大和は総理大臣である。

 ゆえに、彼の権力を使えば、カーシャのテストは強制的に実現できただろう。しかし、ここまで手を回し、 須木梨すきなしに話を通したのは、彼なりの誠意の見せ方だった。権力を使い、信頼を失うことを回避したのが今回の作戦だったのだ。

  須木梨すきなしも、そんな総理の気持ちをわかっていたので、もう呆れるしかなかった。


「まったく……あなたという人は」


 大和も安心したように笑う。


「ふぅ……。危うく、親愛なる部下を1人失うところだったよ」



────

次回。

カーシャが局長の試験を受けます。

落ちれば 曳替ひきがえが就任です。

さぁ、どうなるでしょうか?

須木梨すきなしの提示する試験。

優しくないですよぉ〜〜。

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