第125話 総理 VS 環境大臣 【前半】

須賀乃小路すがのこうじ カーシャを局長に推薦したい」


 大和総理は得意げに言い放った。

 目を細めたのは 須木梨すきなし環境大臣である。


「またですか? その話は決着がついたはずですが?」


「いいや、まだだ。彼女のテストが済んでいないのだからな。彼女の実力は未知数さ」


「はぁ……」

 

 と、大きくため息をついてから、


「総理。私は暇ではないのです! 暗奏の影響で破壊された街の復興や、それに付随する案件は山のように積もっているのですよ! 年内でもとても終わることはないでしょう。それを実直に熟しているというのに、なんの実績も持たない小娘のテストに時間なんか割いている場合ではないのです!」


 総理は少しだけ天を仰ぐ、


「もののふの、矢橋の船は速けれど、急がば回れ、瀬田の長橋。……とは 源俊頼みなもとのとしよりの歌であったなぁ」


「やれやれ。急がば回れの語源になった歌でしょう。琵琶湖上を行く渡し船より、遠回りでも瀬田橋を通る陸路の方が確実という意味ですね。しかし、それとカーシャのテストとどう繋がるのですか? 局長は次長の 曳替ひきがえに決まっておりますよ」


「もしも、 曳替ひきがえに不祥事が発覚したらどうするのだ?」


「それは……。当然、任命責任を問われます」


「私は君のような優秀な部下を失いたくはないぞ?」


「……ご安心ください。私は簡単に仕事を放り出して逃げるような男ではありません。自分の犯したミスは仕事と実績で返す性分です。国民に謝罪をしてフォローさせていただきますよ」


「ふむ。しかし、不祥事がないのがベストだよな?」


曳替ひきがえに問題があるといいたいのですか? 私の調べたところ、そんな部分が発覚しませんでしたけどね。よって、見つかったとしても時間が経過してからでしょう。私たちの任期中には見つかりませんよ。少なくとも、暗奏で発生した復興費用の1300億円の補填が完了してからではないでしょうか?」


「そんな綱渡りのような政治でもいいのか?」


「総理。なにがいいたいのですか? 人間は完璧ではありません。部下の不祥事にいちいちビクビクしているようではリーダーは務まりませんよ。大事なのは自分です。私と、トップのあなたが清廉潔白ならば、それだけで十分ではありませんか」


「確かにな。君の言い分もわかるさ。しかしな。私も、君も、部下さえも、清廉潔白なのが理想ではないのか?」


「はぁ……。また子供みたいなことを言う。これは少年漫画のお話ではないのです。キラキラした心根の優しい仲間たちと政治をする話ではないのですよ。現実には、あなたや私のように、清廉潔白な人材というのは非常に稀なのです。んーー。まぁ、あとは、私が認めるならば鎧塚防衛大臣くらいでしょうか? 他の政治家といえば私利私欲にまみれた利己主義の塊でしょう。そこにはなんの矜持もない。これは政界のみならず、どこの組織だってそうなのです。どんな人材も闇の部分を抱えながら生きているのです。そんな部下を上手く使うのが政治なのですよ」


「君の言い分もわかるがな。これはチャンスなのだ」


「やれやれ。私は仕事がありますので。失礼してもよろしいでしょうか?」


「私の話が聞けないと?」


「それは命令ですか?」


 と、顔を近づけた。


「総理の御命令ならば従いましょう。私はあなたを尊敬しているんだ。でも、信頼する部下に強力な権力を使わないのが私の尊敬する大和 先達なのですが?」


「言うじゃないか。私だって、信頼している部下に不本意な命令なんて出したくないさ。部下からの失望がなによりの痛手だからね。だから、お願いだよ」


「……5分だけですよ」


「ありがとう」


 大和は1枚の紙を見せた。


「それは?」


「うん。環境省のデータにウィルスが入り込んだという情報が入ってね」


「ウィルスですって……?」


「うむ。それで君のパソコンからここ数日間の検索履歴を抜き出したというわけさ」


「ほぉ……。環境省のウィルス感染が、なぜか総理の耳にいち早く入ったわけですか」


「うむ。情報の漏えいが怖いからね。君と私だけの内々の話さ」


「ふぅむ…………………………………」


  須木梨すきなしは大和をジッと見つめた。

 その瞳には猜疑心が見え隠れする。

 こんな事案は前代未聞。明らかにおかしい流れなのである。しかし、


「……ま、いいでしょう。私の検索履歴なんて見ても何もわかりはしませんよ。私は常に清廉潔白。黒い影の一つもありはしないのだから。どんなことでもお聞きください。総理が納得するように細かくお答えいたしますからね」


「ふむ。ここなんだがな……。深夜に動画配信サイトの閲覧があるんだ」


「ああ、ビューチューブですね。それは泊まり込みをした時に夜食を食べながら閲覧した動画ですよ。このサイトは政界でも閲覧が許可されているものです。時間帯は休憩時間。まぁ、私用でパソコンは使っていますけどね。それくらいはなにも問題はないでしょう」


「うむ。確かに。君の言っていることは問題がないんだ」


「なら、なにが気になるのですか?」


「なにを閲覧していたんだ?」


「あの時は……。黒田官兵衛のドラマですね。ふふふ。好きなんですよ。ブルーレイが出れば買いますけどね。発売日までは期間がありますしね。なのでネットで視聴したまでです。私がドラマ、最強無双軍師、黒田官兵衛を好きなのは総理も知っているでしょう?」


「ああ、やっぱりか……」


「どういうことですか?」


「君は無料で視聴したんだろう?」


「そりゃあ、ビューチューブですからね」


「ビューチューブではな。ドラマ、最強無双軍師、黒田官兵衛が配信されていないのを知らなかったのか?」


「そんな馬鹿な! あの時は確かに……」


「今は削除されているよ」


「え? なぜ?」


「わからないか?」


「……………………」


 しばらく沈黙が流れる。

 世俗的なことに興味のない 須木梨すきなしはハッとした。


「あ!」


「気が付いたか?」


  須木梨すきなしの全身から滝のように汗が噴き出る。


「あ、あ、あの……。こ、これは……。その……」


「そうなんだよな。困ったことに、あのドラマは違法アップロードだったのだよ」


 この履歴を見つけたのは片井である。

 庶民派はこういうことにすぐに気が付いてしまうのだ。まぁ、だからといって、違法視聴がまかり通っているだとか、そういうことを言及したいわけではないのは、懸命な読者ならば察してくれることだろう。


────

さぁ、 須木梨すきなしはどんな反応を見せるでしょうか?

後編にご期待ください。

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