第122話 隙のない環境大臣

 これは 翼山車よくだしが異世界に逃亡して、数日後の話。

 大和内閣は 翼山車よくだしの責任に対して深く謝罪をしていた。

 国民に見せた深いお辞儀とは裏腹に、非公開で実施される閣僚会議ではとんでもない言葉が飛び交っていた。


翼山車よくだしの逃亡は痛手です」


 この驚きの発言は環境大臣の 須木梨すきなし  精到せいとうである。

 55歳の真面目な人間。妻を愛し、社会人の息子と高校生の娘を持つ、良い父である。


 さて、そんな男だが、とても国民には聞かせられないような言葉を発していた。


翼山車よくだしは問題児だったようです。彼の影響でこの国の評価が落ちてしまった。しかし、彼が使える男だったのは間違いがありません。毎年、計上される500億以上もの収入は彼の功績であります。彼の成果で環境省の税収が潤っていたのは間違いありません」


「し、しかしだなぁ……」


 と、汗を垂らしたのは大和総理である。


翼山車よくだしの悪行は許すことはできない。結果的に君のことだって裏切っていたではないか」


「そんなことは、周囲のみんなが薄々、勘づいていたのではないですかな?」


「う、うむぅ……」


「彼の黒い噂については政界でも有名でしたよ。しかし、我々は目を瞑った。それは彼の功績が内閣にとってプラスだったからにすぎません」


「いや、わ、私は目を瞑っていたわけではないぞ。独自で調査をしてだな」


「でも、見つからなかった」


「うぐ……」


「総理の強力な配下を使っても彼の悪行は公にできなかったのです。野党の人間もそうです。 翼山車よくだしの悪行を暴こうと必死になって動いていた。しかし、彼は尻尾を出さなかったのです。彼の防御は鉄壁だった。私はそんな所も大きく買っていたのです」


「す、 須木梨すきなし……。あんな外道のなにをそこまで評価するのだ。そんな考えでは国民に顔向けできんぞ」


  須木梨すきなしは総理に顔を近づけた。


「いい加減にしてください。総理」


 その気迫に大和は押される。


「私は国民のために人生をかけて政治家をしている。民を愛し、この国を愛し、そしてあなたを尊敬している。よって、国民に謝罪したこと、あなたに頭を下げたことは心からの行動です。しかし──」


「う、うぐ……」


翼山車よくだしの功績とは、話が別です」


「う、うむぅ……」


「暗奏の被害によって周囲の道路や建物に大きな被害が出ました。故障した信号機は50個を超えています。道路には亀裂が走り、地盤沈下が発生している箇所も多いでしょう。その補修費には1300億円もの金が必要とのことです。さぁ、その税金はどこから捻出されるのでしょうか? 消費税を上げないことを政策理念にかかげ、それを実現して高い支持率を伸ばしている総理。お答えください」


「こ、国費から環境省に回してだな」


「そぉおおおんな余裕がどこにあるのですかぁああ?」


「うぐぅ」


翼山車よくだしは酷い男です。道徳的にはあり得ない存在だ。私だって、その点は許せないですよ。人として子供の親として、当然の価値観です。だから、彼の不祥事が明らかになった時、私は国民に深々と頭を下げた。だがしかし、政治となれば話は別です。政治にはお金が必要なのです。暗奏で受けた被害の補修は環境省が持つのですよ。その税金を上手く捻出していたのが 翼山車よくだしなのです。彼のやり方ならば2年以内には復興を終えて、国が借金を背負うことはないでしょう。環境省の錬金術師は伊達じゃあないのです」


「う、うむぅ……。しかしだなぁ。国民を騙して悪行で儲けた金で国を運用するというのは倫理的に大問題だと思……」


「総理」


 と、 須木梨すきなしは再び顔を近づけた。


「なにを甘いことを言っているのです。そんな甘い理屈が通じないのが政治なのですよ。あなたはそれをわかっているはずだ」


「う、うむぅ……」


「総理。私はあなたを尊敬している。誠実で正義感が強い。だから人生をかけて協力しています。もしも、あなたが 翼山車よくだしのような男だったら、私は環境大臣にはなっていないでしょう」


「そ、それはお互いさまだ。私も君のことは信頼している。正義感が強く、誠実だ」


「当然です。私は国民を愛し、この国を愛している。そしてなにより家族を愛しているのです。道徳に反したことなど、一切やったことはありませんし、やるつもりもありません」


「だ、だったら 翼山車よくだしを評価するのはおかしいじゃないか」


「ですから総理。 翼山車よくだしのことは人としてはあり得ません。でも──」


 と、鋭い目を光らせた。


「──私と、あなたは潔白です」


「う、うむぅ……」


「所詮は部下がやった失態。そんなことで悩んでいては政治はできませんよ。私とあなたが潔白ならばそれでいいではありませんか。チームを組めば誰がが悪さをするものです。そんなことで解散したり大きな責任をとって辞職するのは愚かな行為です。大事なのは税金を効率的に運用して、国民に還元することです。違いますか?」


「そ、そうだなぁ……」


「なにを歯切れの悪い! そうなんです! それが正義なのです!! それが正解! 絶対の答えなのです!!」


「うう……。まぁ、 翼山車よくだしは帰ってこないわけだしな。内々で揉めても仕方がない。それより後任だよ。1300億の補修費用をしっかり捻出してくれるような。素晴らしい人材に任せたいよな」


「それなら目星がついております」


「おお! どんな人物だ?」


「次長の 曳替ひきがえです」


「なにぃいいいいいい!? いやいや。あ、あのなぁ」


 総理が嫌がるのも無理はない。

  曳替ひきがえは、片井が手に入れた超レアアイテムの 転移帰還指輪リターンリングを奪った男である。しかも、そのアイテムが 翼山車よくだしに渡っていたことから、裏で 翼山車よくだしと繋がっていたという噂まであるのだ。


「彼は 翼山車よくだしのやり方を学んでいます。探索局の収入は 翼山車よくだし以上の成果があるでしょう。彼ならば、年間500億円以上の税収を叩き出し、1300億の補修費用を捻出してくれるに違いありません」


「し、しかしだな。 曳替ひきがえは悪い噂を聞いているんだ。きっと、 翼山車よくだしの二の舞になるぞ?」


「それはありえませんよ。彼は真面目な男だ。 翼山車よくだしのような失態はせんでしょう。念のために調査をしましたが完全に白でした」


「白ねぇ……」


 総理は以前にも調査をしたことがあった。

  翼山車よくだし 座古井ざこいと、国が総力をあげて調査をしてもボロを出さないのが真の悪党なのである。


「それに、 曳替ひきがえの悪行が露呈したとしても、それは組織ならば自然なことでしょう。人間は完璧じゃあないんです。ましてや、団体で動く政治をするとなれば尚更のこと。大事なのはトップがしっかりとしていることです。あなたと私が清廉潔白であるならば何も問題はないでしょう」


「ううむ……」


「水は、どんな障害物にも打ち勝つように、人は困難に立ち向かう力を持たなければならない。これは黒田官兵衛の言葉です。今はその時ですよ総理。2人で協力してこの国を持ち直しましょう」


「ううむ……」


「まぁ、私に任せておいてください。それでは今日は早めに帰宅させていただきます」


「ほぉ……。定時で帰るとは珍しいな。なにか良いことでもあったのか?」


「ふふふ。うちの息子が婚約者を連れてくるのですよ。やんちゃ息子が身を固めるのかと思うと感慨深くてね。しかも、お相手はとてもいい娘さんなのです。私は嬉しくて嬉しくて仕方ないのですよ。なので苦境に立たされても家族のために仕事が頑張れるわけです。では、失礼いたします」


「そうか。それは吉報を期待しているよ」


「ははは! 結婚式にはぜひ総理にも参加願いたいです! では!」


 大和は複雑だった。

 この 須木梨すきなしという男を部下として信頼し、人として尊敬できて、愛しているのである。





 時は現代に戻る。


「──と、いうわけでな片井殿。 須木梨すきなしが任命したのが 曳替ひきがえなのだよ」


「はぁ……。政治って複雑なんですね」


「ううむ。それに 須木梨すきなしを納得させる後任となると中々でな。事実、 曳替ひきがえは仕事ができる男なんだよ」


「じゃあ、後任は 曳替ひきがえに決定ですか?」


「うう、うむ……。どう思うだろうか片井殿は?」


「どう思うって……」


 片井も 曳替ひきがえは知っている。

 法律を盾にしてアイテムを騙し取ろうとした悪人である。そんな人間を推せるわけもなく。そんな奴の秘書をするのがディネルアたちなのだ。

 よって、


「「 うーーん 」」


 と、2人揃って眉をひそめてしまうのだった。

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