第119話 真王の母親【後編】

「やれやれ。 衣怜いれは、まだこの女のことがわかっていないからな。そんな優しいことが言えるんだ。この女は自ら謝罪に来るとか、そんな性質じゃないさ。今日だって顔を出した意味があるんだ。横に控える桐江田一尉がその証拠さ。その件でここに来た。仲直りだとか、そんな意味は一切ないよ」


「……そうかな? 桐江田一尉と 真王まおくんは面識があるしさ。わざわざ、お母さまが出向くことはないと思うんだよね」


「なにが言いたいんだよ?」


「お母さまは 真王まおくんと……」


 鎧塚防衛大臣は笑う。


「ふふふ。 真王まお。おまえにはもったいない彼女だな」


「はぁ?」


「詳細を知らない彼女がここまで内情を汲んでくれるなんてな。中々にできる芸当じゃないぞ」


「偉そうに」


「随分と深い関係じゃないか?」


 そう言って、俺の首筋についた赤い斑点を見つめる。


 しまった。

 見られたか。


 俺はそれを隠してから、


「要件はなんだよ? こっちは暇じゃないんだ」


「ふふふ。まぁ、お察しのとおり、今日は桐江田さんのことで来たんだ」


 桐江田さん?

 一尉と呼ばないのか?


「彼女は自衛官を辞めることになったんだ」


「え? 暗奏攻略に尽力したのに? 総理には責任追及をしないようにお願いをしたんだが?」


「そこは問題ない」


「だったら、実績を買われて出世するだろう?」


「うむ。通常なら、飛び級もあり得るくらいの偉業だ。暗奏攻略は彼女の功績も大きいからな。でも、話は少し複雑でな。彼女の妹が、 寺開じあく  輝騎てるきの仲間だったのさ」


 聞けば、桐江田 夢というギガミストールの使い手が彼女の妹なんだとか。

 夢は殺人の共謀罪で刑務所の中だからな。

 そんな家族と関係があるなんて、公務員としてはやりにくいのかもしれないな。


「まだ、マスコミは知らないがな。それは時間の問題なんだ。明るみに出れば、世論が彼女の存在を許さないのさ」


「家族は関係ないと思うんだけどな」


「そうはいかないのさ。自衛官の上官に犯罪者の家族がいる。マスコミが取り上げればたちまち大スクープだろう」


「……そうなれば防衛省の根幹に関わるってか。つまりトカゲの尻尾切りだ」


「それが無いとは言い切れんがな。どれだけ私が庇っても世論がそれを許してくれないのさ。彼女は差別の目で見られてしまうだろう。結局、自衛隊にはいづらくなってしまうのさ」


「ふぅむ……。辛い現実だな」


「そこで、ここに来た」


 はい?


「総理から噂は聞いている。支店構想があるんだろ?」


「やれやれ。そんなことまで知っているのか」


「暗奏攻略後に、私たちの関係を総理に伝えておいたのさ」


 なんだよ。

 大和総理は知っていたのか。


「桐江田さんは優秀な人材だ。私としても手放したくはない」


 まぁ、彼女の実力は想像がつく。

 暗奏の突撃では俺たちの指揮をとってくれていたからな。

 あの手腕は中々のものだった。


「おまえの会社に、彼女を雇ってもらえないだろうか?」


 ふむ。

 人材としては悪くないよな。

 

「彼女とは面識はあるしな。断る理由はないだろう」


「そうか。ありがとう」


  衣怜いれは満面の笑みを見せる。


「ほらぁ! やっぱり意味がなかった」


「なにが?」


「お母さまが来ることよ。別に一文字曹長と来ても良かったわけだしね。お母さまが間に入る必要はなかったじゃない」


「…………」


 そりゃあ、そうかもしれないが……。


真王まお──」


 鎧塚大臣は冷淡に言い放った。



「──私は寂しかった」



 いやいや。

 そんな冷静な顔で言うことか?

 そういう言葉って、もっと、こう……。感情の表現があってもいいんじゃないだろうか?


「子供と会えないのは辛いぞ」


「顔色を変えずに言う言葉か?」


「こういう性格だからな。知っているだろう?」


 まぁ、離婚の時もこの調子だからな。




「私は母親失格だ。寂しい思いをさせてしまってすまない」




 そう言って、深々と頭を下げた。


 やれやれ。

 これだけは、言っておきたいがな。


「あんたは家事も碌に熟さずに、勉強ばっかりやってさ。家の掃除や料理は俺と父さんがやっていたんだぞ?」


「うん」


「授業の参観日は父さんが来てくれてたしさ」


「う、うん」


「母親として一回も合格したことなんかなかったけどな」


「う、うむ……」


「はぁ〜〜」


「……すまない」


「あんたの浮いた話……。まったく聞かないな。再婚する気ないかよ?」


「……私のことは知っているだろう。そんなことに時間を割く人間じゃないさ」


 父さんのこと……。

 まだ好きなのだろうか?

 少し気になるが、答えを聞いたところでどうしようもないしな。過ぎた過去は変えられない。


「……一人暮らしでさ。料理とか作ってんのか?」


「ほとんど、コンビニ弁当だな。ははは」


「ああ、そんなこったろうと思ったよ。大方、勉強と仕事ばっかやってんだろう」


「……ゆ、夢があるんだ」


 歴代初の女総理か。


「42歳で夢を追うかよ……」


「ははは……。ダメな母親だな」


「やれやれ」


「ははは……」


 はぁ……。


 俺は大きくため息を吐いてから、







衣怜いれはさ。めちゃくちゃ料理が上手いんだ」






 この言葉に、 衣怜いれも大臣もなにかを察した。



「……あ、それはつまり。た、食べに来いと言っているのか?」


「彼女の自慢をしただけだよ」


「許してくれるんだな!」


「うるさいなぁ」


「あはぁ! 良かったですね、お義母さん!!」

「うん、ありがとう 衣怜いれちゃん!!」

「ぜひ、私の手料理を食べに来てくださいね!!」

「行く!」


 ああ、なんか2人で盛り上がってんなぁ。


 まぁ、いいか。

 桐江田さんが俺の社員になってくれたからな。

 これで、リーダー格の人材が1人増えたぞ。



 ☆


 ──5年前。


 これは、古奈美と 真呼斗まことが離婚をする前日の話。


真呼斗まことさん。私は別れるなんて絶対に嫌だぞ」


「仕方がないだろう。僕があのダンジョンを封印しなければSSS級に育ってしまうんだからさ」


真呼斗まことさんの命を使ってまでやることかな? 他の探索者がもっと協力するべきだ」


「僕にはそれを封じる力がある。みんなの平和のためには仕方がないことさ。ダンジョンが成長して地球が滅べば全てがおしまいなんだからさ」


「各国のダンジョンに対する考えが甘すぎるのよね」


「世界でもその存在の対応にあぐねいている」


「特に、この国のダンジョン自衛隊の設備は貧弱すぎるわ。国の支援がもっとあれば、 真呼斗まことさんの負担が減るのに」


「根本から変えるのはリーダーが変わることだな。君ならできるさ」


 古奈美はボロボロと泣いた。


「……でも、私たちが離婚することはないんじゃないのかな?  真王まおが悲しむと思う」


「僕がダンジョンに行くことも、君が国を変えようとすることも、きっと、今の 真王まおにはわからないよ」


「わかるわよ。あなたが思っているより優しい子だもの」


「だったら悲しませたくないな。僕が悪いことにすればいいさ。親を憎めば、幾分か気分は晴れるさ」


「やめてよ。そんな役なら私がやるわ。 真王まおとあなたには昔っから苦労をかけているし。急にあなたが悪者になるなんて不自然だもの」


「どっちと暮らすかは、 真王まおに選ばせよう」


「私が離婚を切り出せばいい。優しいあの子は、きっとあなたと暮らすことを選ぶわ」


「僕との生活は数年が限度だがね」


「それでも大切な時間だと思う」


 古奈美は 真呼斗まことを抱きしめた。


「どうして、こんなことになるんだろう?」


「強い力を持つ者は、世界を救うことができるんだ。僕も君も」


「うう。だからって……。ううう。 真呼斗まことさん。あなたのことが大好き」


「ありがとう」


真王まおもあなたも。私はなによりも家族が一番なのよ」


「SSS級ダンジョンが成長すれば、この星は闇の地下世界に飲み込まれてしまうだろう。そうなれば、家族さえも一緒にいられないんだ。強い力を持つ者が、ダンジョンの成長を止めなければならない」


「ううう……。 真呼斗まことさん。ううううう」


「離婚したって会えないわけじゃないんだからさ」


「……うん」


「僕は地下で戦う。君は地上で戦ってくれ。……この星を護るためにね」


 これは5年前の話。


 オーストラリアに発生した巨大なダンジョンが、SS級から更に成長しようとしていた時の話。


 そのダンジョンは謎の探索者によって封印された。

 関係者によると、MAKOTOと呼ばれる凄腕の探索者だったという。

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