第118話 真王の母親【前編】

 片井ビルに母親が来た。

 鎧塚 古奈美。

 42歳。

 世間では、その冷徹な判断から『氷の女王』なんて揶揄されている。

 でも、もっぱらはその美乳と、30歳くらいにしか見えない美貌で『美乳の美魔女』などと持てはやされているっけ。

 

 ふん……。

 俺からすれば、酷い母親だ。

 俺と父さんを捨てた冷たい女なんだ。

 



 ──あれは5年前。

 俺たちは3人暮らしだった。


 探索業をしている父は片井  真呼斗まこと

 母はパート。どこかの工場の事務をやっていたっけ。

 でも、家事なんかほとんどやらない人だったな。

 家に帰ったらずっと勉強ばかりしている女だった。


 俺が高校2年生。17歳の秋だ。

 母は冷淡に言い放った。


真王まお。父さんと母さんは離婚することに決まったから」


「はい? 急すぎるだろ!? なんで!?」


「性格の不一致かしら」


「マジか? 結構、仲良くしてたと思ったけど?」


「表面上はね」


 ええええ……。


「おまえは、どっちについて行く?」


 そう言われても……。

 と、いうか。

 離婚なんてして欲しくないのが本音だ。

 母さんは、家事なんてやらずに勉強ばっかりやっているとんでもない女だったが、俺たち家族3人は仲良く暮らしていたはずだ。

 変な家族だったかもしれないが、それなりに……気は合っていたように思う。


真王まお……。どうする?」


「急に言われても……。父さんは?」


 その時、父さんを見ると背中で泣いていた。

 なにも言わず、ただ俺から目を逸らす。

 子供の俺に申し訳が立たないのだろうか?

 いや、俺はこの男をよく知っている。

 この背中が語っている。

 悲しいかな、この女にまだ未練があるんだ。

 

 とても、見ていられなかったな。

 1人にしたら自殺でもしてしまいそうだ。

 だから俺は、


「父さんと暮らすよ」


「そう。それじゃあね。これからは別々に暮らすけど、毎月、あなたの顔は見に来るしね。安心しなさい」


 次の月。

 母さんは区議会議員選挙に立候補した。

 家族ならわかる、こいつはそのために家族を捨てたんだと。


 選挙は見事当選。

 

 この女の夢は歴代初の女総理になること。


 夢を選び、家族を捨てて仕事を選んだ。


 特に、男関係の噂は聞かない。

 こいつは仕事が恋人らしい。


 父さんと俺は捨てられたんだ。


 それに気がついてからは、関係がよそよそしくなったな。毎月会うのも遠ざかって……。

 

 父さんはダンジョンの探索に出たまま行方不明になった。

 翌年に役所から死亡認定が下されてしまう。

 そんな時、この女は防衛省の政務官に就任した。


 俺たちを放っておいて、自分は出世コースを走っていたんだ……。

 



 ──現代。


 気がついたら5年か。

 この女は防衛大臣にまで出世していた。

 世間では美乳の美魔女なんて言われてもてはやされているがな。

 目を瞑れば、父さんの悲しい背中を今も思い出すよ。

 フン。良いご身分だよ、まったく。


「鉄壁の探索者……。配信の噂は聞いていたけどね。初めて観た時は驚いたわよ。顔出しはしてなかったけどね。喋り方ですぐわかったもの。まさか、その正体が自分の子供だったなんてね」


「生活のために配信業をやっていただけさ」


「それが、こんな立派な自社ビルまで持つようになって……。しかも、国内最強の探索者までに成長した」


「あんたとは関係ないだろう」


「おまえはこの国を救ってくれた」


「別にあんたのためにやったわけじゃない。みんなを守りたかっただけさ」


「…… 真呼斗まことさんとよく似ているわ」


「父さんの名前を出すな。家族より政治を選んだくせに」


「私の活躍は総理から聞いていないのか?」


「…………」


 大和総理から聞いている。

 暗奏のSS級判定は防衛大臣の活躍で防がれたと……。


 もしも、 翼山車よくだしと監査官の到着が早くて、暗奏攻略前にSS級認定をされていたら……。

 日本の外交は悪化、物価は急上昇、とんでもない危機に陥るところだったという。

 その危機を防いだのが、この女の活躍だ。


 世間では、暗奏攻略の裏で活躍していた政治家たち、と題して、この女の特集が組まれるほどだった。

 だから、この女が暗奏攻略に尽力したのは知っているんだ。


 でもな。

 それとこれとは話が別だ。

 父さんと俺を捨てたことは忘れたことがない。

 特に、父さんを捨てたことはな……。


「父さんを殺したのはおまえだ」


「そんな風に思っていたの……」


「当然だろう。父さんは……。おまえのことが好きだったんだからな」


「……男女の仲って複雑なのよ」


「ふん……!」


 場は殺伐とする。

  衣怜いれは驚いていた。

 俺がここまで感情を露わにするのが珍しいからだ。


 そんな空気を一掃するように、彼女は手を叩いた。


「じゃあ! 暗奏は攻略したのは親子の協力があったってことだね!」


「はぁ?」


「だってそうじゃない。お母さまは地上で。 真王まおくんは地下で戦っていたんだもん。この国を救ったのは親子の力なのよ!」


「……別に好きで協力したわけじゃないさ。互いの立場で仕事をしただけだよ」


「そんなことないよ! きっと運命だったのよ!!」


 運命か……。

 確かに……。この女が家族を選んで政界に飛び込んでいなかったら今頃日本は……。

 で、でもなぁ……。


「ねぇ。 真王まおくん」


「なんだよ?」


「暗奏は駆除されて、この国は平和になったんだよ?」


「それが?」


「もう暗い影はなくなったんだよ」


「だからなんだよ?」


「ふふふ。過去になにがあったのかは、私にはわからないけどさ……。お母さまが来てくれたんだもん」


「なにが言いたいんだ?」


「仲良くしてもいいのかなって」


「はぁ?」


「だって、わざわざ来てくれたんだよ? 嫌いな人に会いに来ないわよ」



────

さぁ、次回は後編です。

親子関係はどうなるでしょか?

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