第117話 片井ビルの拡張

 カーシャが来て一週間が経つ。

 彼女の働きは凄まじい。

 

「紗代子さん。これ、頼まれていたグラフと計算式です」


「え? もうできたの?」


「下請け会社のピックアップと、余剰予算の使い道も提案しておきました」


「す、すごい……」


「人員配置。経常利益。将来の見通し。全て問題なしです」


「はぁ……。これは助かるわ」


 紗代子さんを驚かせるんだから、その実力は明白だ。

 西園寺社長イチオシの秘蔵っ子なのは伊達じゃないな。


 そんなこんなで支店構想は進みに進んだ。


 あとは条件の合う立地だよな。

 できれば近場が望ましいか。


 しばらくして、総理が俺を呼んだ。

 そこは片井ビルから歩いてほど近い場所。

 

 眼前には10階建ての綺麗なビル。


 新築かな?


「いい物件を見つけてな。改修工事をして完成にこぎつけたのだよ」


「へぇ。総理はなにかの事業を始めるんですか?」


「まさか。私は国政で手一杯だよ。ふふふ」


「じゃあ、このビルは誰の?」


「ふふふ」


 え?

 ま、


「まさか……。俺の、ですかぁ?」


「その、まさかだよ」


 えええええええええええ!?


「こ、こんなビル……。高いでしょう!?」


「そりゃあ駅近だしな。それなりにはするよ。しかし、あなたはこの国を救ってくれた英雄だからな。これでも安いくらいさ」


「も、貰ってもいいのでしょうか?」


「自由に使ってくれ」


「あ、ありがとうございます……」


 と、いうわけで、駅近のビルがもう1つ手に入った。

 

 早速、第2片井ビルと名付ける。

 10階建てだからな。

 たくさんのテナントをいれることが可能だろう。


 各支店は第2片井ビルに作ることに決めた。


 カーシャは目を見張る。


「駅近で最高の立地じゃないですか。すごいです社長! こんなビルを一瞬で用意されてしまうなんて!!」


 いや、俺がすごいんじゃなくて貰い物なんだがな。


 そういえば、カーシャは缶コーヒーの空き缶をずっと大事に持っているな。

 今さっきも、彼女のカバンからチラリと見えた。


「そんなに大事なのか? その空き缶」


「えへへ……。私の宝物です」


「カーシャは仕事をがんばってくれてるしさ。もっと良い物をプレゼントするけどな」


「これは……。お守りみたいんなもんです」


「ふーーん」


 あんまり記憶にないんだけどな。

 そういえば、公園で会った子に缶コーヒーをあげたことがあったと思う。

 俺からすれば、うろ覚えの記憶だ。本当にその程度のことだったんだがな。

 まさか、彼女の運命を変えるほどの効果があったとは……。

 こういうのを、情けは人の為ならず、っていうのかもな。

 困っている人を助けるのって大事なのかもしれない。


「でも社長。プレゼントはくださいね。それはそれで嬉しいので」


「ははは……。考えとくよ」


「えへへ」


 は!

 なんか殺気が!?


じぃーーーーーーーーーーーーーーー。


 なんだこの刺すような視線は?


 振り向くと 衣怜いれが優しく微笑んでいた。


真王まおくん……。今日。夕飯はパスタだから……」


「え? お、おう……」


「パスタ……」


「え。おう」


「伸びるしね」


「あ、……だな」


「じゃあ、先に上がって作ってるからね」


 そういって、エレベーターに乗って5階の部屋へ帰って行った。


 終始優しい笑みである。


 しかしこれは……。

 早く帰らないと、絶対に機嫌を害すヤツだな。


「カーシャ。すまん。俺は先に仕事を上がらせてもらう」


「は、はい」


 今晩は寝かしてくれるだろうか?

 こんな日の夜は 衣怜いれの甘え方が尋常じゃないからな。

 放っておけばおくほどに強引になるんだ。

 ニンニクを食べて精力をつけておかないと体が保たないぞ。


 事業展開はとんとん拍子に進んでいる。

 紗代子さんを第1片井ビル。第2片井ビルをカーシャが担当すれば、更なる拡大が見込めるだろう。


 こうなってくると、まだまだ優秀な人材が欲しいよな。


 夕食を食べ終わった頃。

 1階で受付をしていたネミより電話が入る。


真王まおさま。お客様です」


 こんな時間に?

 マスコミ関係は遮断しているしな。

 エルフたちが通すのは総理の関係者だけだ。


 俺は急いでズボンを履いた。

 鏡を見ると、首周りにはキスマークが無数についている。


 やれやれ。

 隠さないとバレちゃうな。


「ご、ごめん。まさか来客があるとは思わなかったから」


「まぁ、いいよ。んじゃちょっと事務所に降りてくるわ」


「わ、私も行っちゃダメかな?」


「良いに決まってるだろ。俺の秘書なんだからさ」


「えへへ」


 俺と 衣怜いれは1階に降りた。

 客室に入ると 衣怜いれは眉を上げる。


「わぁ、すごい! 鎧塚防衛大臣だ!」


 やれやれ。

 テレビで話題の美魔女とか騒がれてる人だな。

 その横に居るのは小さい女の子……。

 桐江田一尉じゃないか。

 2人揃ってどうしたんだろう?


「沖田  衣怜いれです」


「ああ。防衛大臣をやっています。鎧塚 古奈美です」


「えへへ。テレビで憧れていました。とっても綺麗な人なので」


「それは嬉しいわね。イレコさん。暗奏攻略の件は大変にお世話になりました」


「あ、そんな。ご丁寧に! わざわざお礼を言いに来られたんですか?」


「ええ。それも兼ねてますね」


「それも? ……あ、えーーと、 真王まおくんにご用ですよね?」


真王まおくん?」


「わ、私は、 真王まおくんの……。いや、片井  真王まおの探索者パーティーのアタッカーと秘書を兼任しているんです」


「へぇ。秘書……。それはすごいわね」


「あ……。えーーと、 真王まおくん? なにか喋ったら?」


 はぁ……。


「別に喋ることなんてないがな」


「……鉄壁の探索者は随分と冷たいんだな」


「そ、そうだよ 真王まおくん。鎧塚防衛大臣はね。大和総理と共に 翼山車よくだしからこの国を護ってくれたのよ?」


「みたいだな」


 大和総理から事情は聞いている。


「どうしたの 真王まおくん? なんか変だよ?」


「そうかな」


 俺は頭をボリボリとかいた。

 そんな姿を見ながら、大臣は冷ややかに笑う。


「ふふ。久しぶりの再会なのにつれないじゃないか」


「…………なにしに来たんだよ?」


「立派な自社ビルね」


「要件は?」


「そんなに焦らなくてもいいでしょ。 真王まお


「えええええ!? ま、 真王まおくん。鎧塚大臣と知り合いなの!?」


 知り合いってかな……。


「ふふふ。離婚をしてね。 真王まおは父方の姓を継いだのよ」


「え? え? え?」


「鎧塚の姓は私の実家の名前」


 やれやれ。


「ここにいる女。鎧塚防衛大臣は、俺の母親なんだよ」


「ええええええええええええええええええ!? ま、 真王まおくんのお母さまぁああああ!?」

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