第113話 鉄壁さんと恐龍会

 俺は武闘派の暴力団、恐龍会を訪ねていた。


 どんな話し合いになるかと思いきや、いきなりの土下座である。


「鉄壁の兄貴! ご足労。痛み入ります!!」


 いやいや。


「あのぉ〜〜。俺はあなたたちとは面識がなかったと思うのですが?」


 白髪の組長が恐縮する。


「鉄壁の兄貴が、暗奏からわしらを助けてくれたんですわ」


「え?」


「話は簡単です。つい先日。組長のわしをはじめ、30名の組員がピクシーラバーズに隣接した道路を通った時です。わしらは 闇の手ダークハンドによって暗奏の中に連れ去られちまったんでさぁ。それを救ってくれたのが、鉄壁の兄貴ということなのです」


「ああ……」


 暗奏に囚われていた2352人。その中にこの人たちがいたのか。


「それで、命の恩人である、兄貴にお礼をしたかったんですがね。どうにも所在がわからなくて……。登記簿謄本に記されている片井ビルの看板にはブルーシートがかかってシャッターが閉まっているじゃあないですかい。部下をビル前に張り込ませましたがね。出入りするのは女ばかりですしね。兄貴の所在が皆目見当がつかなったんですよ。それで、兄貴の力は神業だからってんで、もう会えるのは諦めておったんですわ」


 おお……。

 そんな経緯があったのか。

 俺は 真王子まおこに変身して片井ビルの出入りをしていたからな。

 俺の正体がバレることは絶対にないんだ。


「まさか、兄貴からお越しくださるなんて、感激でございます。ささ、どうぞ。むさ苦しい所ですが、ゆっくりしていってください」


 こんな老人のヤクザに敬語を使われるのはなんだかむず痒いな。


 俺たちはフカフカのソファーに座って接待を受けることになった。


 出されたお茶は高級玉露である。


「紹介が遅れました。わしは恐龍会の5代目組長。鬼頭きとう 辰夫です。以後、お見知り置きください」


 そして、大きなアタッシュケースが机の上に置かれる。


「これは?」


「へい。もうこれくらいしかお礼のしようがありませんで。へへへ。お納めください」


 中には札束がギッシリと詰まっていた。


 おいおい。

 こりゃ億はあるぞ。


わしらの命とこの国を救ってくれた、ほんのお礼でございます」


 やれやれ。

 暴力団がどんなことで金を儲けているのかは想像に難くない。

 恐喝、地上げ、違法ギャンブル、売春、薬……。やっていることは 翼山車よくだしとそう変わらないだろう。

 それに、この金はお礼という意味だけではなさそうだしな。

 きっと、俺との繋がりを手厚くして、それなりの恩恵を受けようとしているに違いない。


「鬼頭さん。この金は受け取れません」


「なぜです? やましい気持ちなんてこれっぽっちもありませんぜ?」


 ……やれやれ。

 本当に感謝の気持ちだけなのかもしれないがな。

 事実上はそうならないんだ。

 この金を受け取れば、俺とヤクザの仲が生まれてしまう。

 こういうことは受け取る側が察するもんなんだよな。


 本題に入ろうか。


「今日は訳があって来たんです。単刀直入に言わせてもらいますとね。ピクシーラバーズを譲って欲しいんですよ」


「ほぉ。確かに、あそこん土地は、 座古井ざこいが捕まっちまったんで、管理するのはわしらですがね。兄貴はエルフがお好きなんで?」


「そういうんじゃないです。今後はエルフと仕事をしたくてね」


「ほぉおお! エルフと! では、うちも混ぜてくださいよ!! 風俗と水商売には強いんだ!」


 あのなぁ。


「そういう仕事はしませんね。俺たちは堅気なんでね」


「じゃあ、エルフたちに真っ当な仕事をさせるんで?」


「当然」


「もったいない! エルフの美貌が死んじまいますよ。あいつらの見た目ならいくらでも客が取れるんだから! それになにより真面目で従順だ! 好戦的な人間の女とは出来が違いまさぁね! 水商売をさせるには売ってつけの存在なんですよ。ははは!」


「むっ」


 俺は蔑むように睨んだ。


 やっぱり、こいつらの思考は 座古井ざこいと同じだな。


「エルフは俺の仲間なんだがな?」


「あ、あはは……。そ、そうでしたか……。そ、そりゃあ、失礼いたしやした」


「じゃあ、ピクシーラバーズを譲ってくれますか?」


「ええ、そりゃあもう! 兄貴なら格安でお譲りしますよ。……しかし、広い敷地ですからね。格安といっても高いですよ?」


「いくらですか?」


「通常、100億円はふっかけますがね。兄貴なら適正価格の10億でいいでしょうな」


「ふむ」


「しかし、堅気の兄貴は10億は厳しいと思うんですよね。ですから、ここにある1億を使っていただいて、残り9億を払っていただければ結構ですよ。へへへ」


「いや。この金は受け取れない。10億は払うよ」


「し、しかし、ローンは受け付けませんよ? ピクシーラバーズはうちにとっても良いシノギになるんですから。10億なんて大金……」


「いや大丈夫。払えるよ。早速手続きを始めよう」


「へぇ……。流石は兄貴だ……。噂は本当だったんですね」


「噂?」


「大和総理と懇意にしてるって話ですよ。へへへ」


 どこかで情報が漏れているのか?

 ……暗奏攻略の生配信で総理と食事をする約束はしていてからな。

 そこからの噂話だろうか?

 それとも、総理と会食した料亭から情報が漏れてるとか?

 

「総理と仲良くするぐらいなら、相当な額を儲けてらっしゃるのでしょう。へへへ。流石は兄貴だ」


 どんな事情にしろ、こいつらは俺を探ろうとしている……。

 気をつけないとな。



 俺は紗代子さんに連絡をした。

 その日の内に10億を動かして、売買を成立させる。


 書類上の所有者は俺の名前を使った。

 これによって、恐龍会に俺の本名が知られる形となる。

 

「兄貴。そのサイのお面を取って、素顔を見せてはくれないのですか?」


「…………」


 きっと、こいつらは俺の名前を手がかりにして身元を調べるだろう。

 学校が特定されれば顔写真だってバレる。


 しかし、そうはいかない。

 妙な詮索から弱みを握られるのは困るんだ。

 

 ピクシーラバーズが手に入ったのなら、ある程度は強気に振る舞える。

 こちら側としては懇意にする必要はないんだからな。


「鬼頭さん。俺の正体を探るのはやめてもらえませんか?」


「……そ、そんなことはしませんよ。あ、あなたは命の恩人だ」


 さて、この言葉をどこまで信じていいのやら?

 相手はヤクザだからな。

 違法な金稼ぎは得意な人種だ。適切な距離感は大切だろう。


「もしも、あなたが、少しでも俺を調べていることが発覚した場合……」


パチン!


 俺は指を鳴らした。

 すると、事務所の窓には複数の黒装束を来た者がロープ伝いに姿を見せる。


「げぇえええ! な、なんじゃこいつらぁああ!?」


「俺の部下ですよ。忍者なんであんな姿をしてるんです」


「に、忍者ぁあ?」


「安心してください。俺の号令がない限りは入って来ませんから」


「………ゴクリ」


「もしも、あなたや、あなたの部下が俺の正体を探ろうとした場合。俺はあなた方を敵と見なす」


「え!?」


「俺が正体を隠しているのは有名な話だ。マスコミは血眼になって俺の正体を探っている。その内、賞金も掛けられるだろう。いや、もうすでに掛けられているかもしれない。俺の正体は金になるんですよ。だから、あなたや、その関係者で、俺の正体を探ろうとする者が出てもおかしくない」


「わ、わしは絶対にそんなことはしませんぜ!」


「あなたがやらなくても、末端の組員ならどうです? 130人はいるでしょう?」


「ど、どうしてウチの組員を把握しているんです? 末端は半グレもいるんですよ。警察には未登録の情報だ。マル暴だって把握していないのに……」


「俺の部下は忍者ですからね」


「……ゴクリ」


「末端にいるあなたの部下が、金を求めて俺の正体を探る、なんてことがあってもおかしくないでしょう?」


「た、たしかに……。それはあるかもしれません。末端にいる半グレは言うことを聞かない奴も大勢いますから」


「そういうのは困るんだ。俺のことを嗅ぎ回られては迷惑なんです」


 正体がバレればいざこざが増えるからな。

 トラブルに巻き込まれるのはたくさんだ。

 平穏無事に過ごすにはこれくらい気を使っている方がいいだろう。


「なので、約束してください。俺の正体は絶対に探らない、と」


「や、約束します! 絶対にあなたの正体は探りません!」


「末端の部下にもですよ?」


「徹底させます」


「もしも、発覚したら、それは恩を仇で返すということだ」


「全く、そのとおりでさ!」


「もしも、怪しい動きが発覚したら……。俺は、この組を敵と見なします。その時は全力で潰しにかかりますので」


「うぐ…………」


「いいですね?」


「は、はい……」


 俺はサイの仮面を外した。


「あ、兄貴……!?」


  偽装カモフラのスキルを使って、リアルなサイの顔を作る。


「ひぃいいいい! サ、サイィイイイ!!」


「約束……したからな」


 事務所内は異様な空気に包まれていた。

 俺のことを化け物でも見ているような目で見つめる。

 それもそうなんだ。リアルなサイの顔で睨みつけるとトラウマになるくらい怖いからな。


 よし。帰ろう。

 これくらいビビらせていれば問題ないだろう。


 背中越しに組員の呟きが聞こえ。


「すげぇ……。さ、流石は鉄壁の兄貴だ……」

「に、人間技じゃねぇ……」

「た、只者じゃねぇぞ……」

「お、恐ろしい人だ……」


 適切な距離感を作って、俺の正体は探らせない。

 完璧な対応だったと思う。


 事務所から離れるなり、 衣怜いれが俺に抱きついた。


真王まおくん!」


「おわ!」


「すごかったね!」


「な、なにが?」


「全部だよ!」


「え?」


 エリンもイッチーも体中が汗だらけ。


「わ、私も驚いてしまいました!」

「エリンもびっくりした!!」


 まぁヤクザの事務所に行ったんだもんな。

 怖いのは当然か。


真王まおくんが暴力団と仲良くなっちゃうのかもってヒヤヒヤしちゃった!」

「私もです。このままでは片井組が誕生してしまうのかと驚きましたよ! それを華麗にスルーするなんて! これは桐江田一尉に話したら羨ましがられますね。伝説再び! 配信していないのが悔やまれます!」


 当然の対応をしたまでだがな。

 後々のことを考えたら仲良くなんてできないんだ。


「お兄ちゃんすごかった!!」


「ははは。エリンがいたから助かっちゃったぞ」


 事実、彼女がいたから俺のことを鉄壁さんだとすぐに認識してくれたからな。


「えへへ。ちーむわーくだね」


「だな」


「「 ははは 」」


 みやびすら感心していた。


「流石は片井さまでございます! 暴力団からの懐柔を拒絶して適切な距離感を保つ。完璧な対応でございます。恐れ入りました!」


 相手が好意的だったからな。

 別に大したことじゃない。それより、みんなが喜んでくれて良かった。


「とにかく。これでピクシーラバーズは解放されたからな。片井ビルに戻って、今後のことを話し合おうか」


 ディネルアさんもマリーザさんも満面の笑み。


 これからは、エルフたちには自由に生活してもらいたいよな。

 ピクシーラバーズなんて名前も改名したいし。

 みんなで相談して今後のことを決めていこうか。エルフたちには明るい未来が待っているんだ。

 さぁ、楽しくなってきたぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る