第108話 翼山車の切り札

「ブヒョヒョヒョォオオオオ! 図書カードォオ! おまえがわしにチャンスを与えてくれたぁ! おまえから奪ったアイテムがわしの命を救ってくれるのだよぉおお!!」


  翼山車よくだしの人差し指にはめられた指輪は強烈に発光していた。


「やめろ 翼山車よくだし! その指輪の転移先を知っているのか!?」


「フン! どこに行こうがここよりマシだぁ! こんな国は捨ててやる! 一生を牢獄で過ごすなんて絶対にありえん!! わしの才覚ならば異世界でも返り咲いてみせるわ!!」


「その指輪は魔族の国に転移するようになっているんだよ!」


「ブハハハハ! くだらん嘘をつきおって! D級の底辺探索者らしい底の浅いでまかせだなぁ! そんな取ってつけたような嘘でこのわしを騙そうとしたってそうはいくかよぉお!! 所詮は図書カードレベルよぉおお!! クソ雑魚がぁああああああああああ!!」


 ダメだ。俺の評価が低いから信じてくれない。

 それに、そのアイテムについては話すと長くなるんだ。


攻撃アタック 防御ディフェンス


 手っ取り早く実力行使といこう。

 壁パンチで奴を気絶させる!


「そうは行くかぁぁあッ!! 転移開始だぁあああッ!!」


 俺が壁パンチを打つより先に、 翼山車よくだしは光に包まれた。


「ブヒョヒョヒョォオオオオ!! 残念だったなぁああッ!! わしは異世界で悠々自適に暮らさせてもらうううッ!!」


 魔法壁は空を切った。

 ダンジョンの壁に衝突する。


ズシィイイイイイインッ!!


 土埃だけが立ち上る。


「なんてことだ! まさか異世界に逃げるとはぁ! ぬかったわぁああッ!!」


 総理の後悔を筆頭に、エルフたちにも無念の表情が浮かび上がる。


 いや、みんなが思っているような残念な結末じゃないんだ。

 これは、最悪で、もっとも残酷な終わり方。


 殺伐とした空気が流れる中、俺は声を出した。

 ……説明しようか。


翼山車よくだしが転移したのは魔族の国なんです。それがどんな場所なのかは詳しくはわからない。……でも、少なくとも、人間が快適に住める場所ではないのは確かですよ。3食の健康的な食事も、趣味の時間も、ゆっくり寝れる時間さえもない。刑務所の方が天国と思えるような恐ろしい場所です」


 ディネルアさんの後ろからネミが顔を出した。


真王まおさまの言っていることに間違いはありません。私は 転移帰還指輪リターンリングの内部に記録された魔導記録式を読み取ることができました。あの指輪を使った者は確実に魔族の国に転移します。人間をなぶり殺しにするような恐ろしい種族が住まう国です。しかも、殺されるならまだ楽かもしれません。捕まって奴隷になったら死ぬまでこき使われて生き地獄になってしまいますよ」

 

 しかし、その結末を誰も見届けることはできない。

 それでもな。これだけは言えるんだ。


翼山車よくだしは、自ら地獄に堕ちた。それは、死罪より恐ろしい魔族の国……」


 ディネルアさんたちは涙を流した。

 きっと、奴が逮捕されても同じように泣いただろう。

 それは 翼山車よくだしから解放された安堵の涙なのか、それとも復讐が成就した達成感からなのか、あるいはその両方の想いか、真相はわからない。

 例え 翼山車よくだしが死んだところで、彼女達の無念は決して晴れないのだろう。過去に受けた嫌な気持ちは一生涯脳裏に焼きつくトラウマになるに違いない。それほどまでに、奴から受けた仕打ちは酷かったということなのだ。


  翼山車よくだしは魔族の国に転移した。


 それは神が下した天罰なのかもしれない。


  翼山車よくだしよ。自分が犯した罪を後悔するんだな。

 きっと、俺が言っていたことが嘘じゃなかったことに気づくだろうよ。


 とはいえ、おまえの余生を考えたら、少しだけ気の毒ではあるがな……。




  翼山車よくだしは廃墟のような街に立っていた。


「ブヒョォオ!! 転移成功だぁあああ!!」


 片井たちから逃げ延びたことを心から喜ぶ。


「バカな奴らめ。ブヒョヒョ。わしを投獄しようなんざ。片腹痛いわ」


(それにしても変だな? 今は夜だろうか? 妙に薄暗いぞ? 靄がかかったように薄暗くて不気味な感じだ。異世界って、もっとこう……。青空と草原が広がっているイメージがあるんだがな。それになんだか嫌な臭いがする。死臭というのか。肉が腐ったような臭いだ)


 と、その時である。

 大きな鎧姿の兵士を見かけた。

 3人で巡回でもしているのだろうか。

 特に急ぐ様子もなく、フラフラと歩く。


「ブヒョォオオオ! 渡りに船だ。おーーい!!」


 のちに、彼は激しく後悔する。

 ああ、あいつらに声なんかかけるんじゃなかった、と。

 この呼びかけは最後のチャンスだったのだ。異世界での逃亡生活。その自由を手に入れる最後の機会だったのである。片井の言葉を信じて、なんとか逃げきれれば、再生のチャンスはあったのだ。


 兵士たちは豚の顔をしていた。


(ブヒョォオオ! オ、オークタイプか。獣人族かな? それにしては肌が青色で、変わった感じだがな。ま、まぁ、いい、それも異文化。旅行気分で楽しめばいいだろう。ブヒョヒョ)


『なんだ、おまえ人族か!?』


「ブヒョヒョ! まぁ、そういうことになるかな? それで相談なのだが……」


 彼には切り札があった。

 それが袋に詰めたコカインである。


(異世界の住民も麻薬の魅力には敵うまいてブヒョヒョ)


 コカインを餌にして、お金や宿屋の都合をつけてもらおう。そんな風に考えていたのだ。その矢先。


  翼山車よくだしはボコボコに殴られた。


「ブヒョォオオオオ! ど、どうしてぇええ!?」


『生意気な奴だ。ブチ殺してやる』


「ま、待つブヒョォオオオ!! い、良い物を持ってるブヒョォオオオオ!!」


『ほぉ……。貴様、商人か?』


 オークたちは薬の魅力に直ぐに気がついた。麻薬の成分を瞬時に理解したのである。


『よし。これは良い物だな。おまえは殺さないでやろう』


 彼はまたも失敗した。


 本当は、のである。


 後に、彼は、このことを心底悔やむのであった。


────

次回。

死ぬことよりも、恐ろしい結末。

次こそが本当に彼の最期です。

本当に長らくお待たせしました。

これこそが 翼山車よくだしに相応しい結末です。

片井と総理とエルフたち。

そして、読者の皆様のヘイトを晴らします。

ご期待ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る