第105話 翼山車局長、逃亡中

 国家指定ダンジョン。福音。


 ここはかつて、 寺開じあく  輝騎てるきが麻薬を密輸していた場所である。


 日本から諸外国と繋がっているのはもちろんのこと、地下異世界アンダルハイヤーとも繋がっている。そこは褐色肌であるダークエルフの故郷ともいえる世界だ。


 そんなダンジョンに聞き覚えのある声が響き渡る。


「ブヒョヒョォォオオオオオオオ!!」


 現在、指名手配中の容疑者。ダンジョン探索局、局長の 翼山車よくだし 金造である。

 

 そんな彼は馬車に乗ってハワイのオワフ島に向かっていた。ダンジョンに馬車を出すなんて、中々に異様な光景である。

 客車に用意された1人用のソファーに座り、その横には3人のダークエルフ。

 エルフたちは美しい女である。

 しかし、全身が傷だらけ。明らかに、アンダルハイヤーからの拉致だった。


「おい」


 と、エルフの髪の毛を引っ張ったかと思うと、おもむろに素足を前に突き出した。


「ブヒョヒョォ。足が汗をかいたからな。舐めろぉおおおおおお〜〜」


 それは何日も風呂に入っていない、蒸れに蒸れた最悪の悪臭が漂う足である。

 エルフたちは涙を流してペロペロと足を舐めた。


(ブヒョヒョヒョォオオオ。やっと褐色肌のエルフを手に入れたぞ。ブヒョヒョヒョォオオ)


「別荘に着いたら、たぁああっぷりと可愛がってやるからなぁああ!! ブヒョヒョォオオオオオ!!」


 彼は10人のA級探索者を連れていた。

 汚い金で雇った裏稼業を生業とする探索者である。馬車を警護するように単独で馬に乗っていた。

 きっと、 翼山車よくだしはその者らの力を使って、エルフの拉致をしたに違いない。


 彼の経由はこうだ。

 日本から南米に渡り、コカインを大量に入手してアンダルハイヤーでエルフを誘拐。

 今は、最終到着地点、隠れ家であるオワフ島の別荘に向かっているところである。


 彼は日本で背負った借金を踏み倒し、ダンジョンに潜伏して、海外逃亡を図ろうとしていたのだ。


(ブヒョヒョヒョォオオオ! 残りの人生は別荘でゆっくりと余生を過ごしてやるわい。ハワイの美しい海を見ながら気楽にゴルフ三昧よ。ククク。奴隷のエルフを毎日犯して、コカインでハッピーだ。ブヒョヒョヒョォオオオオオオ!!)


「む!?」


 と、眉をしかめたかと思えば、エルフの髪の毛を掴み上げた。


「おいぃいっ! いい加減な舐め方をするんじゃああない! 心をこめんかぁああああ!! ぶち殺すぞ! このクソエルフがぁああ!!」


(ったく。わしを舐めるんじゃあない! 舐めていいのはわしの足だけなのだよぉ! ブヒョォオオオ!! 最高の人生を送ってやる!! 庶民どもが憧れる夢の暮らしをしてやるぞぉおおおおおおおおお!!)


「ブヒョヒョヒョォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 そんな彼の高笑いがダンジョンに響いた時である。


『ヒィヒィイイイイン!!』


 と、馬たちがいなないた。


「何事だ!?」


「へい。1人の探索者が道を塞いでいるんでさぁ」


「なにぃい?」


「すぐ対応しますんで」


 馬車の前には探索者の格好をした男が立っていた。フードを深々と被り、その顔は見えない。


 男がフードを外すと、そこにはサイの顔があった。


「げぇええ!? なんじゃこいつぅ!?」


「ブヒョ! モンスターなのか!?」


 混乱の中。

 サイは喋った。


「俺は人間だけどな」


「なんだぁ? サイのマスクでも被っとんのか? アホかこいつ?」


「おまえらよりマシだと思うがな」


「へへへ。ここは国家指定ダンジョンの福音だぞ? 国の許可が出ねぇと入れないんだよ。おまえの顔。とても正規の探索者には見えないけどな」


「おまえらだってそうだろ? 正規の許可は取っていないはずだ」


「へへへ。俺たちは入り口の警備員を買収してな。こっそり入ったって寸法さ」


「やはりな」


「それだけわかってりゃ、どうなるかも想像がつくよなぁ? このダンジョンにはモンスターがウヨウヨいやがるんだ。そいつらに襲われたことにすればよ。いくらでも殺しが成立しちまうんだ」


「それはどうかな?」


「見たところ、コウモリカメラも無いしな。おまえは密入者だろう?」


「それはおまえらだろ」


「……てめぇ、何者だ?」


 探索者たちは警戒した。

 サイの顔だけでも奇妙なのに、男が単独で現れたことが、拍車をかけて不気味だったのだ。


 しかし、サイの男は気楽な様子であった。その視線は無警戒で、まるで、よく行く居酒屋に入るサラリーマンのような雰囲気を醸し出す。


「俺が何者か? ……か。そういえば考えてなかったよ」


 そう呟いてから、まるで脳内の電球が点灯したかのように、


「ライノマン……。俺の名前だ」


「はぁーー? ライノってサイか? プクク、じゃあ、サイ男かよぉ!?」


 この者らはテレビを見ないのだろう。

 ましてや、ネット上で流れる時事ニュースなど、興味の対象外だ。

 だから、鉄壁の探索者が海外でどう呼ばれているかなんて、知る由もなかった。興味があるのは、もっぱらドラックと女、そして金である。


 ケタケタと笑う探索の前で、ライノマンは想像を膨らませた。


「日曜日の朝にさ。やってるんだよね。ヒーローの番組。好きなんだよなぁ」


「はぁ? おま、頭大丈夫か? 今どういう状況かわかってるのか?」


「もちろん」


「だったら、危機感を覚えた方がいい。俺たちは誰にも知られたくないんだからな」


「へぇ。だったらもう遅いかもな」


「なんだと!?」


「客車に乗ってる人。環境省直属。ダンジョン探索局の局長、 翼山車よくだし 金造だ」


 その瞬間、探索者たちにピリついた空気が流れる。

 ””やはり、ヤバイ。コイツは何かを知っている””


「貴様! 一体何者だ!?」


「だから言ったろ」


 サイの口角はニンマリと上がる。それは本当に存在するサイが笑っているかのように。



「俺はライノマン。正義の味方さ」



 この言葉にキレたのは 翼山車よくだしだった。

 彼は馬車から降りて叫ぶ。


「ブヒョォオ!! ぬぁにが、正義ぃだぁあッ!? わしがもっとも嫌いな言葉だぁあ!!」


「ああそっか。おまえはドス黒い悪だもんな」


「クソガキがぁあ!! この世がなんたるかも知らん癖にのうのうと知った風な口を叩きおってぇっ!! しょんべん垂れの小僧っ子がぁああ!! 貴様に教えといてやる!! この世に正義や悪なんか存在しなぁあいッ!! あるのは上下関係だけだぁああ!! 強い者が勝ち、弱い者が負けるぅうッ! 勝者と敗者! 主人と奴隷! 上と下だぁああああああッ!!」


「それ聞かないとダメか? 講釈の内容がスッカスカすぎて苦痛だわ」


「ブチ殺してやる!! 貴様は敗者ぁああッ!! わしは勝者だぁああああッ!!」


  翼山車よくだしはこめかみに青筋を浮かべながら、部下に命令した。


「奴を殺せぇえええッ!! 一瞬で殺すんじゃないぞぉお!! ジワジワとなぶり殺しだぁあ!! 産まれたことを後悔するくらいに痛めて痛めて痛めつけろぉおお!! 泣いて詫びたって絶対に許さんぞ!! グハハハ!! 絶対の絶対に許さ……」



ドゴォオオオオオン!!


 それは一瞬の出来事だった。

  翼山車よくだしの部下たちは魔法壁に吹っ飛ばされて、そのままダンジョンの壁に挟まれた。



「「「 ぐべぇえええッ!! 」」」



 それは 翼山車よくだしの側面を凄まじい風が通りすぎただけ。


「へ?」


 彼が振り返ると、部下たちはダンジョンの壁にへばり付いて気絶していた。


「なにぃッ!?」


「安心しろよ。殺してないからさ」


「……ま、ま、ま、魔法壁で、こ、こ、攻撃しただとぉ!?」


  翼山車よくだしは全身の血の気が引いていた。


「さて……。残ったのは、おまえ1人だな」


 ライノマンは再び笑った。


────


謎すぎるヒーローの正体はいかに?

そして、断罪は続く!

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