第104話 座古井の最期

「おまえらなんとか言えぇえええええ!! このクズエルフどもがぁあああああ!! 俺のフォローをするんだよぉお!! 暖かい住処や美味い飯を食わせてやっただろうがぁああああ!!」


 衣食住の提供は管理者として当然だ。

 そんなことより、エルフたちを利用して暴利を貪っていたこいつの悪行には腹が立つよな。


 エルフたちは俺以上に怒りの感情が露わになっていた。

 

 蔑む視線は槍のように突き刺さる。


「な、なんだその目はぁああああああああ!! このクズどもがぁああああああああ!!」


 やれやれ。

 自分がやってきたことが、彼女たちの表情に出てるんだよ。


 いつも笑顔だったエリンでさえ、 座古井ざこいには怒りの視線を送っていた。


「なんだその目はぁああ!! このクソガキがぁあああああ!!」


  座古井ざこいは拳を振り上げた。


 おっと、このまま彼女を殴らせるわけにはいかないぞ。


「あーーーー。足が滑ったぁ……」


 と、俺は 座古井ざこいの頬に目一杯のパンチを喰らわせた。



ボゴォオオオオオオオオオオオオオオッ!!



「はぎゃあぁああああッ!!」


「あーー。暴力は反対だからな。止めようとしただけなんだけど。足が滑ったよ」


「うむ。マオン殿のやったことは完全に正当防衛だな」


 俺と総理は 座古井ざこいの前に立った。


「さぁ、 座古井ざこいよ。おまえには後がないぞ? あのカメラに向かって自らの進退を宣言せよ」


「け、警察に出頭します」


「うむ。よく言った」


 よし。

 これで外面的には解決するだろう。

 司法が彼を裁くんだ。


 でもな。

 この問題は法で終わって許せることじゃあないんだよ。


 俺はコウモリカメラの電源をオフにする。


「さて、ここからは証拠が残らない」


 総理は 座古井ざこいの胸グラを掴んで持ち上げた。


「ひぃいいいいいいいいいい!! しゅ、出頭するって言ったでしょうがぁあああ!!」


「そういう問題じゃないのさ」


 総理は 座古井ざこいを部屋の中央へ投げ飛ばす。


「ギャフゥウッ!!」


 彼の周りにはエルフの女たちが集まった。


「き、貴様ら覚えていろよ。この借りは必ず返すからなぁああ!!」


 やれやれ。

 まだ、自分の身分がわかっていないようだな。


「おまえに借りを返せるチャンスなんてないぞ?」


「は、ははは! そ、それは司法が決めることだ!!」


「ここにある証拠書類を裁判で提出すればおまえは終身刑さ」


「ぐぬぅうう……」


 やれやれ。

  座古井ざこいの目には、悔しさとともに、希望を感じるな。

 残念なことに、この国の法律は犯罪者に甘いんだ。

 終身刑でも出所できるパターンはいくつか存在する。

 司法取引などを使えば、その刑期は更に短くなるだろう。

 また、裏金や権力を使えば刑務所から出るのも容易かもしれん。

 しかし、そうはさせない。

 

 このディネルアさんの持ってきた証拠を元に、エルフの殺人罪を立証できる。

 つまり、 座古井ざこいは極刑だ。

 総理お墨付きの死刑ならば、絶対に娑婆に戻ることはないだろう。


 でもな。

 おまえにはそのことは教えない。

 司法が決める、というのなら、その判断が出るまでは希望を抱いているがいいさ。

 

 それに、どうせ死ぬなら、と自暴自棄になられては、本当の謝罪にはならいないんだ。

 生にしがみつき。今を乗り切れば、という希望が、奴に本当の謝罪をさせることができる。


 だから、極刑であることは絶対に伝えない。

 その上で、


座古井ざこいよ。おまえの犯した罪の数々。さっき撮影した動画とともにネットに流してもいいと思っているんだ」


「な、なんだと!?」


「証拠隠滅の恐れがあるからさ。裁判で改竄かいざんされても嫌だからな」


「や、やめろ! そんなことはやめてくれ!!」


「もしも、ネットにアップした場合……。まず、黙ってないのがエルフの保護団体だろうな。世界中に存在するエルフの保護団体。中には過激派もいてな。エルフに酷いことをする人間にはそれ相応の復讐をするらしい」


「ゴクリ……」


「ピクシーラバーズも関係筋だから聞いたことくらいあるだろう。目玉をくり抜かれ、内臓を抉られて殺された者の話を」


「ひぃいいいいいいいいいい!! やめてくれぇええ! 頼むぅううう!! ネットに上げるのだけは絶対にやめてくれぇええええええ!!」


「エルフ側の人間にとっては法律も秩序もないからな。ただ、酷い仕打ちに対する怒りだけで行動する。それはもう、惨殺な復讐だというからな。犯人はもちろんのこと。その家族、親族も危ないんだ」


「頼むぅううう!! お願いしますぅうううう!! ネットに流すのだけはぁああああああ!!」


「そうだよなぁ。さっき撮った動画とかさ。あんなのが活動家に知れたらまず命はないだろうな。牢獄に居ても危ないだろう。……うん、確実に殺されるな」


「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


「それじゃあ、どうしたらいいか考えようか? 情報を流すも流さないもおまえの態度次第なんだからさ」


  座古井ざこいは俺に土下座した。


「申し訳ありませんでしたぁあああああああああ!! どうか、どうかお許しくださぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 あーーーー。


「俺に土下座してどうするんだよ。おまえの周囲にいるだろう。許しを求める彼女たちがさ」


 彼はエルフたちに土下座した。


「悪かった!! 本当に申し訳なかった!! 反省する!! もう酷いことはしない!! どうか、どうか許して欲しい!!」


 彼女たちの目には怒りが籠っていた。

 彼の土下座を見ても、その怒りの炎は消えそうにない。

 そればかりか、更に燃え上がっているようにさえ感じる。

 生半可な謝罪じゃあ、火に油を注ぐようなもんか。


座古井ざこいさんさ。俺がネットにアップするかどうかは、彼女たちが決めることだからね。誠意を込めて謝んないと、あなたの親族までどうなるかわからないよ?」


「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 これは脅しでもなんでもない。

 もしも、ネットに情報が拡散されれば、彼の親族はとんでもない末路を辿ることになるだろう。

 家は燃やされ、陰湿な虐めが横行し、仕事は不当解雇の連発。あげく、待っているのは一家離散。そして自殺なんだ。


 さてと、


「俺と総理は部屋から出てるからさ。彼女たちにはしっかり謝るんだぞ。今までやった仕打ちを、心の底から謝罪するんだ」


 総理はエルフたちに向かって、まるで独り言のように囁いた。


「おまえたち……。 座古井ざこいは警察に突き出すからな。殺すんじゃないぞ」


 んじゃあ、1階に自販機があったし、コーヒーでも飲んで休憩しておこうか。


 と、立ち去った時。

 俺たちの背中に 座古井ざこいの叫び声が響く。


「どうか、どうかお許しをぉおおおおおおおおおおおお!! 本当に本当に申し訳ありませんでしたぁあああああああああ!!」


 俺たちが階段に差し掛かった頃。

 強烈な打撃音と悲鳴に変わった。




バキ! ドカ! バリバリーー! ベキンッ!!




「ぎゃぁああああああああああああああああああああああ!」





 あーー。


「俺はなんにも聞こえてないですよ」


「私もだ」


 コーヒーを飲んで30分後。


 部屋に戻ると血だらけの 座古井ざこいがいた。

 服はビリビリに破れて半裸状態。

 体中、見るも無惨な青あざだらけ。


 でも、辛うじて息はあるようだ。


 どうしてこんなことになっているのだろうか?


 総理は目を丸くして問いかけた。

 しかし、その声は一切の感情が篭っていない棒読みである。


「やややーー。体中が傷だらけではないかーー。これはどうしたのだーー 座古井ざこいーー。一体なにがあったのだーー?」


 皆目検討がつかないので、確認だけはしておこうか。


「今から警察に行くけどさ。その怪我はなんて話すつもりだ?」


「か、か……。階段から……。あ、足を滑らせました」


「そかそか。おまえの不注意だな」


「はい……」


 エルフたちは涙を流しながらハァハァと肩で息をしていた。

 そこにあるのは決して満足した表情ではない。

 何年も受けてきた 座古井ざこいの仕打ちは、こんなことでは決して晴れることはないのだ。

 彼女たちの美しい爪には 座古井ざこいの皮膚や髪の毛が入り込んでいた。

 もうそれだけで、彼女らの怒りは想像に難くない。


 ……見なかったことにしておこう。


 こうして、 座古井ざこいは警察に出頭。

 20以上もある罪状とともに身柄を拘束された。


 彼は命が助かったことに安堵しているように見えた。

 解放された、逃げ切った、そんな表情が垣間見える。


 しかし、裁判で再び絶望することにだろう。

 彼に言い渡されるのは、複数のエルフを殺した殺人罪。間違いなく極刑なのだから。


 さぁて、次は……。




────


次回も断罪は続きます。

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