第102話 座古井という男

 ピクシーラバーズは修繕工事の真っ最中だった。

 暗奏の関係で、そこかしこが破壊されていたのである。


 館長の 座古井ざこいは工事業者の人数を減らして、足りない人材はエルフたちをこき使った。


 か弱いエルフたちにとって、修繕工事の力仕事は大変である。


 しかし、 座古井ざこいは人目につかない所で鞭を打ち付けて無理やりにでも働かせた。


「お、おまえたちの飯を食わすのはただじゃないだぁあああ!! は、働け働けぇええええええ!!」


 彼はヤク中である。

 よって、薬が切れ気味になると体が震えるのだ。


「ク、クソカスエルフが、休むんじゃない……。暗奏で壊れた分は自分たちで直すんだよ。ひひひ。お、俺様がおまえたちを助けてやったんだからな。この温情を忘れるなよ。ひひひ」


 彼が暗奏攻略に関わったのは、自分の身可愛さに探索局へ助けを求めたことくらいである。

 よって、エルフたちが 座古井ざこいに対して抱く感謝の気持ちなどは1ミリもないと言っても過言ではないだろう。


 そんな時である。

 あの片井と探索を行ったエルフの美少女エリンが 座古井ざこいの元にやって来た。

 その横には見たこともない美しいエルフの少女を連れて。


「な、なんだエリン! そ、その女はどこの女だ!?」


「迷子なんだって……」


「ま、迷子だとぉおお?」


「今から警察に連れて行こうか迷ってる」


「ほぉ」


 迷子のエルフは手続きが面倒である。

 警察から探索者協会に行って、そこから行き先を相談するのだ。

 近年はピクシーラバーズの悪評が知れ渡り、協会もおいそれとエルフを渡してくれなくなっている。


「じゃあ、警察に行ってくる」


「ま、待て!」


「どうかした?」


「け、警察には行くな」


「え? でも、迷子は警察に届けるんだよね?」


「バ、バカが! お、俺様に口答えすんじゃねぇえ!!」


 そう言って、エリンの胸元を掴み上げる。


「クソガキは黙っていろ。こ、ここのルールは俺が決めることなんだよぉおお!!」


「く、苦しい……」


  座古井ざこいはエリンを離して少女に近寄る。


「へへへ。おまえ、可愛いじゃねぇか。名前は?」


 少女は小さな声で呟いた。


「マオン……」


「ククク。歳はいくつだ」


「17」


「そーーか、そーーか。最高の歳じゃないか。おいマオン。おまえはここに住め。ククク。お、俺が可愛がってやる」


「い、嫌です……」


「おいおい。それはないだろう。警察なんて行ってみろ。酷い虐めを受けるぞ。ここが幸せなんだよぉ。ククク」


 当然、虐めは作り話である。


  座古井ざこいはエリンを部屋から追い出した。


「で、出てけクソガキ!」


 扉を勢いよく閉めると鍵をかけた。


「グフフフ。マオン。これで2人っきりだぞ」


「や、やめてください」


「グフフフ。たまらんな。お、俺が可愛がってやるよぉ。グヘヘヘ」


「そんなことが許されると思っているのですか?」


「バーーカ。許されるんだよぉおお。このピクシーラバーズは俺が王さまなんだよぉおおお!! おまえらエルフは俺の奴隷なんだよぉおおお。奴隷は王に奉仕するもんだろうがぁああああ!!」


 彼は自分の右腕を縛ると注射を打った。


「くふぅううう。ヤクはたまらんな。天国だよ。クフフ」


  座古井ざこいはマオンをベッドに寝かせると、もう1本の注射器を持った。


「グフフ。さぁ、俺のエルフにしてやる。王の洗礼だ。気持ちがいいぞ」


 と、彼女に近づいた時である。

 おもむろにマオンは語り始める。


「あなたは……。今のダンジョンテクノロジーが凄まじく進歩しているのを知っていますか?」


「はぁ?」


  座古井ざこいは目を瞬いた。


「な、なに言ってんだおまえ? まだヤクはやってないだろう?」


「ダンジョンテクノロジーの話です」


「アホか。これから王の洗礼だってのによ。か、科学の話なんて興味ねぇよ」


「大事な話ですよ」


「グハハハ! 王の洗礼を前にして緊張しているのかぁ? おまえ処女だろ。た、たまらん」


「ダンジョンテクノロジーはダンジョンのドロップアイテムから生まれるそうです。主に魔晶石ですね」


「フン。そんな話はエリンとしてろ。俺は興味がない」


「聞いておいた方がいいですよ。あなたのためだ」


「俺の? ってか。おまえ変な声色だな。まるで男が声を変えたような声だ」


「ええ。まだ、レベルが低いのか声は変えれないんですよ」


「は? な、なんのことだ?」


「まぁ、俺のことはいいじゃないですか。それより、ご自身のことを心配した方がいい」


 もう、マオンの声は完全に男の声だった。


「な、なに!? 貴様、何者だ!?」


「俺のことはどうでもいいよ。それより、ダンジョンテクノロジーの話をしようじゃないか」


 そう言って、マオンはゆっくりと立ち上がった。


「魔晶石の残存魔力で微量な浮力を作れるのは最近の研究でわかったことだ」


「……お、おまえ。ち、ちか、近寄るな!!」


「その技術を採用したのがダンジョン配信で使われる撮影用ドローンなのさ。それは蚊の羽音よりも静かに飛んでいるらしい。見た目は蝙蝠を模しているがな」


「な、な、何が言いたいんだ!?」


 マオンは指を差す。

 それは 座古井ざこいの後方部上方。


「あんたの後ろを飛ぶようにさ。設定してあったんだ」


 彼は振り返った。


「なにぃいいいいいいいいいいい!? コウモリカメラだとぉおおお!? い、いつの間にぃいいいい!?」


「俺とエリンがこの部屋に入ってきた時にさ。飛んでる音が静かだったから気がつかなかったろ」


「と、撮ったのか?」


「よく見ろよ。しっかりとRECのランプが点灯しているだろう」


「け、消せぇええええええええ!!」


「バカだなぁ。消すわけないだろ」


「ぐぬぅうううう……!!」


  座古井ざこいは注射器を机に置くと、胸元から小さなナイフを取り出した。

 どうやらいつも所持しているらしい。


「クフフフ。い、今は2人っきりだぞ。この部屋は鍵がかかってんだ。クフフフ。叫んだって誰も助けなんかこないぞ」


「だから?」


「ククク。いいことを教えてやろうか。この地球上でな。未登録のエルフなんて殺しても警察は動かないんだよぉ。実態がそもそもないんだからなぁああ! おまえは法律に守られていないどうでもいい存在なのさぁあああああ!!」


「やれやれ。それが人間のセリフかね。とんでもない悪魔だな」


「カハハハ! 私は人間だよ!! 貴様とは違って法律で保護されているなぁあああ!!」


  座古井ざこいはナイフをベロリと舐めた。


「キヒヒヒ……。私は何人もの未登録のエルフを殺しているんだぞ。ククク。今更、小娘の1人くらいどうってことないさ」


「この声でよくも小娘だと思ってんな」


「うるさい! とにかくカメラを止めろ! 今なら命だけは助けてやる」


「止めるわけないだろ。エルフたちに謝罪をして警察に出頭しろよ。今までやった悪業を洗いざらい警察に話すんだ」


「き、貴様……。お、俺のなにを知っているんだ?」


「色々知ってるさ。……それはもう、


  座古井ざこいはキレた。

 ナイフをマオンに突き出す。


「てめぇは生かしておかねぇええええ!! 死ねぇええええええええええええッ!!」


 彼女はそれを軽く躱す。


「そんなトロイ攻撃が当たるわけがないだろう」


 そして、手刀で 座古井ざこいの手首を攻撃した。


トン!


「あぐっ!!」

 

 彼がナイフを落とした、その時である。

 部屋の扉が凄まじい勢いで蹴破られた。



バゴォオオオオオオオオオオン!!



「マオン殿ぉおおお!! 無事かぁああああ!?」


 それは総理大臣の姿だった。


「げぇええ!! や、大和総理ぃいいいい!? どうしてここにぃいいいい!?」


 彼の後ろには見覚えのある美しいエルフが控える。


「な、な、な……。なぜおまえが総理と一緒にいるんだ? どういうことだこれは!?」


 彼女は、昨日、片井ビルを訪問したエルフの女だった。



────

次回。

女の正体が明らかに。

あと、皆目検討のつかないエルフの美少女マオンの正体も!

果たして、マオンは何者なのか?

そして、断罪が始まる!

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