第100話 探索局の次長
総理との食事が終わった次の日。
妙な客が片井ビルにやって来た。
そいつは中年の男で、その髪型はピッチリとした七三分け。
落ち着いた色合いのスーツは妙に隙がない。
分厚いレンズは勤勉の証とでもいうように、頭のよさそうな男だった。
彼はそっと名刺を差し出した。
「ダンジョン探索局 次長。
局長の
つまり、こいつが
エラの張った顔の輪郭はほぼ四角形である。
大きな口でニヤニヤと笑っている。
やれやれ。
上司が指名手配中だってのにさ。俺になんの用事やら?
そこには俺の生配信の画面が静止画で写っていた。
「これなんですがね? ふふふ。随分と立派な宝箱だ」
それはオメガツリーを倒した時に
「それがどうかしたんですか?」
「いえね。中に何が入っていたのかと? それを聞きにまいったのですよ」
「言う必要あります? ドロップアイテムは探索者の所有物だ」
「おやおやぁ!? 片井さんは探索者なのにダンジョン規制法を知らないのですかな? アイテムに関しては国家が動く時があるのですよぉ!」
「知ってますよ。国の重要文化財に匹敵する国宝級アイテムを取得した場合でしょ。美術館に飾ったりするやつ。そんなアイテムをゲットしたら国が独占するんだ」
探索局のホームページには、
【このアイテムをゲットしたら報告してください!】
の文字とともに一覧表が掲載されている。
もちろん、俺のゲットしたアイテムは該当しないけどね。
なにせ、世界でも知られていない未知のアイテムだからな。
「ははは。いやいや、知っていて良かったです。幼稚園児でも知っている極々一般的な当たり前の常識ですからな。いやぁ、知っておられて一安心ですよ。なにせ、片井さんはD級の探索者ですからね。知らない可能性があります。その場合は私が講釈せねばなりませんからなぁ。危うく無駄な時間を過ごすところでしたよ。ははは」
なんだこいつ……。
うざいな。
「要件を手短にお願いしてもよろしいですか?」
「では簡潔に。この映像の宝箱。並びに中に入っていたアイテムをこの国に提供していただきたい」
ああ、なんだか嫌な予感がしていたんだがな。
法律を盾にして俺の貴重なアイテムを奪おうって魂胆か。
「承知していると思われますが、国宝に匹敵するSS級アイテムの場合。無条件で国の所有物となり得ます。隠蔽すると
「それって一般公開して世間にアイテムを周知させた場合でしょ? 個人的に使用するだけなら法律は関係ないはずだ」
「それはそうですがね。宝箱は映像に記録されていますからね。ふふふ。一般公開されてしまっているのですよ」
やれやれ。
貴重なアイテムは無料提供しろってことか。
なんとも横柄な法律だよな。
「えーー。こちらが国の重要文化財に匹敵するダンジョンアイテムの要項書です。国の正しい法律に基づいて書かれております」
A4用紙に文字がビッシリ。
それが100枚以上はあるな。
こんなの読んでたら日が暮れるぞ。
「この要項書に基づいて、あなたがゲットしたアイテムは無償で全て提供していただきます! 全てですよぉ! 隠したら隠匿財だぁああ!! 3年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます。まぁ、罰金より経歴に傷がつくのは嫌ですよねぇ? クフフフゥ」
紗代子さんはその要項書を眺めた。
「……これ、提供するのは最低でも1つ以上。と書かれていますね」
「……そ、それがなにか?」
「つまり、1つでもいいってことですよね?」
「……ま、まぁ。そうなるかもしれませんね。し、しかしですね! これは国民としての義務でもあるのです! SS級アイテムともなれば国家財産として国のために活躍させるべきでしょう! 違いますかな? どうなんです!?」
「そんなことは個人の自由です。法律では1つでもいいとなっています。私はその確認をしているだけです」
「だ、だ、だからどうだというのです?」
「あなたは、全て無償で提供しろ、と言いました。でも、実際は1つだけでもいいわけです」
「そ、そ、そんなことを言いましたかね?」
「ええ。言いました。確実に言いました。なんなら防犯カメラの記録を観てもらってもかまいません」
「だ、だ、だからどうだというのですか!? いい加減にしなさい! 私は探索局次長ですよ! 口の利き方に気をつけなさい! ちょっと失礼ですよ!」
「いやいや。そんな話ではありません。あなたは嘘をついた。これは虚偽報告だ」
「な、な、な、な」
ああ、紗代子さんがいて助かったな。
彼女は俺にだけ見えるように親指をグイっと立てていた。
これはニヤニヤしながら傍観しておこうか。
「嘘を言って契約を迫るのは詐欺罪に該当します。10年以下の懲役です。警察を呼びましょうか」
「待ちなさぁあああああああああああああい!!」
「そうだ。マスコミも呼びましょう。あなたは探索局の次長だし。いいニュースになりそうですね」
と、スマホを取り出す。
「ま、ま、待ちなさい! いい加減にしなさぁあああああああああああい!!」
「は? 今更なにを? それにこれはセクハラの追加事案……」
彼は即座に手を離して、
「と、とにかく携帯を仕舞ってください!」
「しかし……。今は犯罪を目の前にしたわけですから……」
「は、犯罪だなんて人聞きの悪い! か、解釈の相違です! 私の発言は常識の範囲内ですよ!!」
「なるほど。では、裁判をしましょうか。こちらには防犯カメラの映像が残っていますしね。あなたが故意に嘘をついてアイテムを騙し取ろうとしていた証拠は揃っています」
「そ、そんな大袈裟な!」
「いえいえ妥当でしょう。これは大きな事案です。裁判はやむなし。国の法律が悪いというなら国を相手に裁判をしてもいい。社長と懇意にされてる大和総理もさぞや残念に思うでしょうね」
「あぐぬぅううう……!!」
「大和総理のことですから、あなたのことは徹底的に調べるでしょうね。役職は次長……でしたっけ? 残念ながら昇格はないでしょうけど」
「わ、悪かった! 私が悪かったよ!! 頼むから虐めないでくれ!!」
「は? 舐めてます?」
「あ、謝っているだろうが!!」
紗代子さんは俺を見つめた。
「社長。どうしましょうか?」
「うん。そうだな。誠意が感じられないしな。裁判するか」
「も、申し訳ありませんでしたぁッ! 口を滑らせてしまいました! 決して悪意はありませんのでぇえええ!!」
ほぉ。
すると……。
「悪意はないってことは、あなたが法律の解釈を間違えていたと?」
「うぐ…………」
「法律……。お詳しいんですよね?」
「あぐぐ…………」
「人に講釈ができるくらいに自信があるんですよね?」
「はぐぐぐ…………」
「もう一度、聞きましょうか。あなたの優秀な頭脳は、法律の解釈を間違えて、詐欺まがいの発言をしてしまったということですよね?」
「はぬぐぅっぅうううううううっ………!!」
彼は額を机にくっ付けた。
「わ、私の解釈が間違っておりました。ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありませんでしたぁああ!!」
やれやれ。
一般庶民が法律の詳細を知らないことをいいことに、レアアイテムを没収しようとするからこんな目に遭うんだ。
「どうか、どうか、お許しくださいぃいい!!」
さぁて、どうしようかな?
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