第94話 SS級アイテム

 俺はネミの指示どおりにリングを腕にはめた。


「この 密偵腕輪スパイバングルは異世界の魔族が他世界に行く時に魔力を維持するために作られたようですね」


 ふむ。

 そういえば、


「ダンジョンモンスターは地上に出ると体が消滅してしまうよな」


「はい。それら消滅を防ぐのがこの 密偵腕輪スパイバングルなのです」


 ほぉ。


密偵腕輪スパイバングルは、身につければ地上でも魔力を使うことができます」


「え!?」


 サラリと言われて驚きを隠せない。


「ち、地上でも……。攻撃アタック 防御ディフェンスが出せるのか?」


「はい。ただし、千分の一の力しか出せないですけどね」


 弱体化するのか。

 いや、


「でも、すごいぞ!」


 魔力やスキルはダンジョンの中だけだったからな。地上で魔法が使えるのが俺だけになるってことだ。これは相当な価値があるだろう。

 早速、使ってみるか。


攻撃アタック 防御ディフェンス


 すると俺の鼻先に魔法壁が出現した。


「近っ!」


「千分の一ですからね。50メートルの射程の場合は、その千分の一ですから……」


「5センチか」


「威力も千分の一です」


 おおお……。


 試しにある程度の力を込めて殴ってみる。


パリーーーーン!


「あちゃあ……」


 簡単に壊れた。


「こりゃ、壁パンチは打てないな」


「地下魔族が他の次元に入る時に使うレアアイテムのようですね。あくまでもスパイ活動が目的です」


「ふぅむ……だから 密偵腕輪スパイバングル


「説明書には千分の一の弱体化は絶対と書いてありますね──」


 弱い魔法壁を5センチ以内に発生させるアイテムか。

 せめてこの範囲がどうにかならないかな?

 例えば、魔法壁を発生させて、その固定を維持しながら後ろに下がるとか……。


「──ですから、不便ではありますが5センチというのは絶対に変わらないように……」


「できた!」


「え?」


「ほら見てくれネミ。攻撃アタック 防御ディフェンスから2メートルまで離れることができたぞ!」


「ええええ!? こ、この説明書にはそういうことはできないと書いてあったのですが?」


「ああ、だからさ。一度、5センチ内に発生させた魔法壁をね。空中で維持しながら体を後ろに下げたんだよ」


「凄っ! も、もう応用を効かせてしまったのですか!? すごすぎです!!」


「ははは……。魔法壁の威力は変わってないからさ。どこまで応用が効くのかわからないけどね。工夫とトレニーング次第では強化できそうな雰囲気だよ」


「さ、流石は 真王まおさまです。魔族が説明書に記していない強化ポイントを早速見つけられたのですね。し、しかも応用して実践してるし……」


 今のところは千分の一の力しか出せないようだがな。


 


 ふふ。この成長幅は今後の楽しみだな。

 魔法を倍加させたみたいに、修行で強化させてやろうか。

 この広い地球上の中で、俺だけが魔法を使えてしまう……。

 ふふふ。魔族がスパイ活動用に作ったとはいえ、なかなか素敵なアイテムを作ってくれたよな。


 さて、


「最後のアイテムだな」


 それは小さな指輪だった。


「名前をつけるなら、そうですね……。 転移帰還指輪リターンリングでしょうか」


 ほぉ。

 名前から察するに、


「家に一瞬で帰れるアイテムとか?」


 ル○ラ的な。


「その通りです」


「うぉ! めちゃくちゃ便利だ!」


「ただ、厄介なのが登録先ですね。魔族の国。と書かれています」


「ふむ。じゃあ、この指輪を嵌めたら魔族の国に転移してしまうのか?」


「おそらく……。登録先を書き換えることができれば便利なのですが……」


「確かにな。できそうか?」


「……魔導記録式を根本から組み変える必要がありますね」


 なんだか難しそうだ。


「ネミはできるのか?」


「わかりません。しかし、解読のお時間をいただければ可能かもしれません」


「よし。じゃあ、研究してみくれ」


「あ、し、しかし……。今は会社が忙しい時期です。私が離れるのは……」


 ふむ。

 ネミは気が使える子だな。

 事務の指揮官は……。


「紗代子さん。ネミをこのアイテムの研究に没頭させたいんだけど、いいかな?」


「はい。社長の希望を具現化するのが我が社の理念です。ネミには尽力していただきましょう」


 社の理念がいつの間にか生まれていたことに驚きを隠せないが、なんとか上手く進みそうだぞ。


「じゃあ、ネミは 転移帰還指輪リターンリングの研究をしてくれ」


「はい。がんばります!」


 さて、次はスキルだな。

 明日でも良かったが、せっかくだしな。アイテムの効果と併用して確認しておこうか。

 と、思っていると……。


「社長。我が社の経営状況についてなのですが……。少しよろしいでしょうか?」


 紗代子さんは、暗奏によってもたらされた利益について軽く説明してくれた。


「え?」


 俺は瞬きをする。


 あれ?

 桁を間違えたかな?


「えーーと。来月に入ってくる会社の利益だよね?」


「はい」


「月額の収入だよね?」


「はい」


「俺……。耳が悪くなったのかな? もう一度言ってくれると助かるんだが?」


「はい。来月の片井ダンジョン探索事務所に入ってくる収入は、200億円以上です」


「に、200億ぅう!?」


「あ、社長……。『以上』が抜けております」


 いや、まだ増えるんかい。


「暗奏攻略の生配信のテレビ放送権を皮切りに動画の収入。各種権利問題諸々。200億円以上の収入が見込まれます」


 ふぉおお……。

 それをたった1ヶ月で稼いでしまったのか……。

 

 これは彼女をはじめ、みんなががんばってくれたおかげだよな。

 紗代子さんは寝ずに頑張って、他のみんなも彼女を中心に奔走してくれた。


「……本当にありがたいよ」


「いえ。社長が命をかけた対価だと思われます。この国を救ったのですから、換算すると少ないかもしれませんよ」


 ははは。

 これで少ないって……。

 とにかく、まずは、がんばったみんなに還元する必要があるよな。


「紗代子さん。社員のみんなには特別ボーナスを出してやってくれ」


「ありがとうございます」


 歓声が巻き起こる。


「うは! 社長ありがとうございます!!」

「キャッホーー!!」

「やったーー!!」

「流石は社長です! 気前がいい!!」

「最高!!」


 主に喜んでいるのは西園寺不動産からの出向者だ。

 やっぱり、人間は特別ボーナスに反応がいい。

 紗代子さんはパンパンと手を叩いた。


「さぁ、みんな! 忙しくて大変だけど、がんばりましょう!」


「「「 はい! 」」」


 社員の鼓舞の仕方を心得ているな。

 流石は紗代子さんだ。


 みんなは事務所に戻った。

 残ったのは俺と 衣怜いれだけ。


 さて、今日はこのまま部屋に帰ってゆっくりしてもいいんだがな。

 せっかく、アイテムをゲットしたしな。


「次は新しくゲットしたスキルの確認といこうか」


「あは! またドライブだ。近くのダンジョンに行かないとね」


「いや。もう外に出なくていい。この会議室から行けるよ」


 俺はドアノブを持った。


「ああ! どこでもダンジョンだ!」


「早速、使ってみよう」


 基本的にスキルや魔法はダンジョンの中じゃないと発動できないからな。


 俺は、どこでもダンジョンのドアノブを会議室の壁にくっつけた。

 すると、扉が現れて、その横に一覧表が表示される。


「これは等級の低い順にダンジョンが表示されるんだったよな」


 だから、一番上が最低等級のD級ダンジョンだな。


 今の俺たちの格好は完全に私服だ。

 探索者の装備じゃない。

 普通はこんな格好でダンジョンには入らないんだがな。

 

「適当にC級辺りにしておこうか」


 スキルの試し撃ちは必要だろう。


「よし。うんじゃあ、扉を開けるぞ」


「うん」


 会議室からダンジョンなんて、ちょっと緊張するよな。



ガチャ……。



 扉を開けると、ムワァアっとした気流が部屋の中に入ってきた。

 ほんのりとひんやりとして、それでいてジメっとしてカビ臭い。

 

 うん、この感じ。

 

「間違いなくダンジョンだな」

 

 俺と 衣怜いれはC級ダンジョンの中にいた。

 振り返れば出口の明かりが見える。


「入り口付近なのか」


「便利だね」


 扉を閉めると、それは一瞬にして消えた。


「……あ」


 これって……。


 再び、ドアノブをダンジョンの壁にくっつける。

 すると、扉とダンジョンの一覧表。


「ああ、やっぱりぃ」


「どうしたの?」


「片井ビルの表示がないんだ」


「あそこはダンジョンじゃないもの、当然よね」


「帰る時どうする?」


「あ! ダンジョンから歩いて帰らないといけないのか!」


「ちょっと面倒だよな」


「あちゃーー」


 扉を開けたままにしておくべきだったな。


「でも、私は平気だよ。 真王まおくんと一緒だもん。お散歩デートだと思えば楽しいよ」


 まぁ、いらん手間はない方がいいよな。

 次からは気をつけよう。


「よし。気を取り直して新しいスキルの確認といきますか!」


「うん!」

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