第91話 地上では

 地上では、ミスタージェネスが測定器の準備が整ったところだった。


 時計のような針が魔力量の目安である。

 測定器が暗奏の魔力を拾う。


 針が振れ、それが安定した所で判定が下される。

 もうその針は、明らかにSS級の位置を動いていた。

 あとは、この針が止まった所。

 そうすれば確実な魔力量により、正式にSS級認定が下されるのである。


 この国のみんなは祈った。

 一生で一度のお願い。といってもいいだろう。

 片井ビルでは紗代子をはじめ、ジ・エルフィーや社員の女たちが手を合わす。

 桐江田一尉は目に涙を溜め、大和総理は天を仰いだ。

 鎧塚防衛大臣はそっと目を閉じて祈る。

 テレビの司会者は大きな声で「鉄壁さん! お願いします!」と叫んだ。

 テレビの前の人々も、スマホやテレビの前の人々も。


 この国のみんなが一斉に。








「「「 鉄壁さん! がんばれ!! 」」」







 その願いが通じたのだろう。

 

 魔力測定器の針が止まる直前。

 ドバァアアッ! っと強烈な光が暗奏の奥から放たれた。


 それはダンジョン消滅の予兆。




グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!




 周囲に強烈に地響きが起こり、暗奏は消滅した。


 辺り一面は砂埃が舞い上がる。


 やがて、それが落ち着くと視界が開けた。


 そこに立っていたのは2356人の姿。


 テレビのリポーターが大声を出す。


「カメラさん寄ってぇええ! 寄ってぇええええええええ!!」

 

 それは記録的瞬間。

 きっと、この国の歴史上で永遠に語り継がれる映像であろう。

 まるで、小惑星の衝突を回避した英雄のように。BGMでいえば、エア○・スミスの曲がかかってもおかしくない場面である。



「見てください! 暗奏に囚われた人たちです!! 大勢います!! 暗奏の駆除に成功したのです!! 鉄壁さんがやってくれたのですぅううッ!!」



 そして、リポーターが叫ぶ。


「鉄壁さーーん! どこですかーー!! インタビューさせてくださーーい!! 鉄壁さーーん!!」


 しかし、彼の姿はどこにもなかった。


 リポーターはエルフの少女を見つける。


「ああああ! エリンちゃんだ!! あなたエリンちゃんでしょう!?」


 ツインテールの女の子は大人のエルフに抱きついていた。


「助かって良かったですねぇ?」


「うん!」


「も、もしかして……あなたが?」


 と、カメラは大人のエルフを映した。

 かなり衰弱はしているが、美しいエルフ。

 彼女は助かったことに安堵して優しい笑みを見せた。


「そうだよ! エリンのお母さんだよ!!」


 エリンは母親の体に顔を埋もれさせた。


「お母さん。お母さん。えへへ。助かって良かったね」


「うはーーーー! 全世界のみなさん! 見ているでしょうか! エリンちゃんのお母さんは無事ですよ!! 鉄壁さんの活躍によって助かったのです!!」 


 リポーターは激しく動き回る。


「あ! あなたはS級探索者の 光永みつながさんですね! インタビューさせてください!」


「やれやれ。オメガツリーに囚われた者たちは衰弱しているんだ。感想を聞くのは体力が回復してからにしてやってくれ」


「おお、これは失礼しました。でも、あなたは元気そうですよね?」


「私は鉄壁がくれたハイポーションで回復していたからな」


「ああ、そうでした! オメガツリーを倒した作戦は見事でしたね!  光永みつながさんの暴風魔法はすさまじい威力でした! 今の感想をお聞かせください!」


「……私は大したことはしていない。むしろ足を引っ張っていたかもしれん。感想なんて特にないよ」


「しかし、暴風魔法でダンジョンボスと戦ったではありませんか!」


「全部、鉄壁の計画だ。あいつの指示が的確だったんだよ。私の手柄ではない」


「鉄壁さんはD級探索者ですもんね。S級探索者から見てどうだったでしょうか?」


  光永みつながは無言のままギロリとリポーターを睨んだ。

 それを察して会話を変える。


「で、で、では、ともに戦った鉄壁さんになにか一言あれば……」


「……特にない」


 と、言ったあとにマイクを握った。





「………あーー。なんて言うのかな。別に深い意味はないがな。おい、聞いているか鉄壁。この前言ったセリフな。撤回しよう。……ダンジョン配信は、捨てたもんじゃないな」



 

 

 そう言って去って行った。


 喧騒の最中、少女の前に自衛官が立った。

 自衛官の体は傷だらけ。その戦いの壮絶さは想像に難くない。

 少女の軍服はブカブカで、とても成人しているようには見えなかった。彼女の名前は桐江田 萌。


「一尉」


「ああ……。凛ちゃん」


「んもう。その呼び方はやめてください」


「うわぁ! 凛ちゃーーん!」


 感極まった桐江田一尉は号泣していた。

 そのまま一文字曹長の胸にダイブする。


「うわぁあん! 凛ちゃぁああん! よくやったねぇえええ!」


「痛っ!」


「だ、大丈夫?」


「は、ははは……。ちょっと肋骨を数本やってるみたいです。でも、心配はいりませんよ」


「あうぅううう……。お疲れ様ぁ、凛ちゃん……」


「一尉もお疲れ様でした」


「うん。萌ちゃんも頑張ったよ」


「んもう。萌ちゃんなんて言っちゃダメですよ」


「だってぇ〜〜。萌ちゃん、嬉しいんだもん」


「仕方のない人ですね」


「えへへ。凛ちゃぁあん。会いたかったよぉ」


「私も……。一尉にまた会えて幸せです」


「えへへ。凛ちゃぁあん」


「あ……。すいません。鉄壁さんからサインを貰うの忘れてました」


「もういいよ。それより凛ちゃんが帰って来てくれた方が、萌ちゃんは何億倍も嬉しいんだい」


「一尉……。ただいま帰りました」


「凛ちゃん、おかえりなさい」



 みんなの歓喜は止まることを知らない。

  闇の手ダークハンドによって暗奏に連れ込まれた者たちは、地上に帰れたことを心から喜んだ。

 レポーターはそんな人たちの声を聞くべく奔走する。


「あーー! 赤森さんだ!! その赤いモヒカン! あなた赤森さんでしょう!」


「は? あ、あっちいけよ……」


「インタビューお願いします! 赤森さん! お茶の間のみなさん! 伝説の男がここにおります!! カメラさん、こっちこっち!」


「お、おいぃッ!」


「いやぁ赤森さん! 暗奏突入の時は勇ましかったですね! ネットでは大人気でしたよ! 今回の暗奏攻略。伝説は作れましたでしょうか?」


「マ、マイク向けるなよな!」


「そんなこと言わずに! どうぞ、一言ぉお!! あなたの伝説をお聞かせください。カメラさん寄って!!」


「俺を映すなぁあああーー!!」



 そんな中、片井同様にその場から姿を眩ませた人物が1人いた。


「ブヒョォオオオオオオオ!! なんで……。なんで攻略するんだよぉおおおおお!!」


 それは贅肉を揺らしながら必死に走る。

 汚い汗を大量に飛散させて。




「ブヒョォオオオオオ!! あり得ん!! こんなことは絶対にあり得ないぃいいいいいいいいい!!」




  翼山車よくだしは株の売買に失敗した。

 日本がSS級認定を免れたことは株価に大きく影響を及ぼす。

 彼は日本が衰退することを見越して海外で株を買い漁っていた。

 その結果、10億以上もの借金を背負ったのだ。

 しかし、彼はその絶望よりも現場を離れることを優先していた。





「ひぃいいいい!! 悪夢だぁあああ!! 夢ならさめてくれぇえええええええ!! ブヒョォオオオオオオオ!!」





 彼は大失態を犯した。

 あからさまに大和総理と敵対してしまったのだ。

 これは日本政府を敵に回したといっても過言ではない。

 なにより、総理は割腹までも覚悟していた男である。

 そんな人間を敵に回したのだから、その報復は想像に難くない。

 法律的な攻撃はもちろんのこと、闇討ちによる暴力も十分に考えられる。

 きっと、全身全霊。どんなことをしてでも、その恨みを晴らすことだろう。

 彼が身の危険を感じて逃げるのは至極当然のことであった。




 現場から少し離れた所。

 そこには1台の軽自動車がハザードを点滅させて止まっていた。

 それは、片井ダンジョン探索事務所の社員なら誰もが知っている紗代子の愛車だった。


 ハザードに照らされたのは2人の探索者。

 片井と 衣怜いれである。

 その無事を確認すると、紗代子は自然に前に出て、2人を強く抱きしめた。


「片井くん!  衣怜いれちゃん!!」


「紗代子さん……。色々ありがとう」


 紗代子は号泣していた。


「お帰りなざい」


「うん。ただいま」


「助がっで……。助がっで良がっだよぉおおおおおおおおお」 


「んな、大袈裟な」


「だっでぇええ。だっでぇええええええええ」


 紗代子は、2人のことを、これでもかというくらい強く抱きしめて泣いた。


 そして、急に話さなくなったかと思うと、彼女の腕は力無く片井の肩に乗っかかった。


「え? ちょ、さ、紗代子さん?」


「……助かって。Z Z Z……。良かったぁ……。 Z Z Z……」


「え? 寝るの? ここで?」


 彼女は、暗奏の攻略中、一睡もしていなかったのだ。

 緊張から一気に解放されて眠ってしまったのである。


「紗代子さん……。めちゃくちゃがんばってくれてたもんな」


 アーカイブの切り抜き動画を始め。

 動画の権利交渉、拡散、情報収集。彼女を筆頭に片井ビルは全力で稼働していた。

 暗奏攻略の影の功労者は彼女といっても過言ではないだろう。


「紗代子さんを起こすのは悪いよね。後部座席で寝てもらおうか。よいしょっと」


真王まおくんって免許持ってたよね?」


「……まぁ、一応ね」


「あは! じゃあ初ドライブだ」


「んーー。まぁ、持ってはいるんだけどな……」


 今は暗奏攻略で場が騒然としている。

 こんな所で朝を迎えるのはまずい。

 仕方なく、片井は車を運転することにした。

 紗代子と 衣怜いれを乗せて片井ビルに帰ることにする。


 因みに、紗代子の車は走り屋のバリバリのミッションである。シフトレバーはカスタム品。しっかりと手に馴染むようになっていた。


「一応……。運転はできるんだけどさ」


 片井は自分を褒めた。念の為、ミッションの免許を取っていたのだ。


「役に立つもんだな……」


 しかし、片井はペーパードライバーである。

 途中、何度かエンストをしながらも、なんとか無事に帰宅したのだった。



 片井ビルの前ではジ・エルフィーのエルフたちと西園寺社長が出迎えていた。


 因みに、カーシャは爆眠中である。

 彼女も紗代子同様に一睡もしていなかったのだ。

 よって、片井が暗奏を攻略したのと同時に寝落ちしてしまったのである。


 エルフたちは片井の姿に大歓喜。


「「「 真王まおさまぁあ! 」」」


 西園寺は片井の帰宅に安堵した。


「片井さん。ありがとう」


 そして、後ろの席で爆睡している紗代子の姿に、その場は和やかな空気に包まれるのだった。



────

次回からは宝箱の確認が始まります。

さぁ、どんなアイテムをゲットするのでしょうか?

あと、スキルも気になりますね。

暗奏攻略後も楽しいことが目白押し!

これだけの高難易度ダンジョンの攻略。

それに見合った報酬はもちろんのこと。

展開も……。

2章はまだまだ終わっていません。

もちろん、あんにゃろめは絶対に許せないですよね!

局長との決着は忘れていません!

順次、解決してまいりますよ。

乞うご期待!


面白いと思っていただけましたら、星の評価やレビューなど書いていただけるととても嬉しいです。いつもコメント、ハート、ありがとうございます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る