第89話 最後の作戦

 ミスタージェネスは大声を張り上げた。


「日本の自衛官よ。これより、ここの管轄は 世界探索機関ワールドシークオーガニゼーションが行う。一切の行動を停止し、私の指示に従うように!」


 暗奏の入り口付近で作業をしていた桐江田一尉は青ざめる。


「ええええええええええええ!? な、な、な、なんで監査官が!?」


 遠くの方で大和総理と鎧塚防衛大臣がしょんぼりする。

 その姿に察した。


(妨害が上手く機能しなかったんだ!! あ、あと7分以上はある計算だったのに! あわわわわ! し、仕方ないわ)


 一尉はダンジョンの入り口に向かって声を発した。


「みんな! 手を止めてくれ! 監査官が来られた!」


 一尉の指示で探索者は手を止めた。

 入り口付近で土魔法を使って防御壁を作っていたのである。


 ミスタージェネスは暗奏に向かって歩く。


「お気をつけください! ミスタージェネス!!」

(す、少しでも時間を稼がなくちゃ!)


 監査官が足を止めると、すかさず理由を説明する。


「暗奏は 闇の手ダークハンドという黒い手が出てきて攻撃をしてきます。それはダンジョンの外、周囲30メートルは可能なのです」


「……あなたたちが作業をしているではありませんか」


「我々は警戒をしながら作業をしております。命を賭けているといってもいい。 闇の手ダークハンドの攻撃を喰らえば重症を負います」


 地震が起こる。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


「急がなければダンジョンが成長しているかもしれない。私が判定をくだせば世界が動く。今は各国が一丸となって暗奏を駆逐しなければならないのだ!」


「そ、それは……わかっています。ですが、監査官になにかあってはその判定もままなりません!」


「では、どうすれば入り口に近づけられるのですか? 暗奏の魔力量は入り口にいかなければ測定できないのですよ!」


「……ゆっくり。警戒しながらお願いします。あなたの身の安全が第一です」

闇の手ダークハンドは鉄壁さんが戦っているので出て来ない。でも、出てくる可能性はあるんだよね。だから決して嘘じゃない。監査官の身の安全を気遣っているなら怪しまれないだろう。なんとしても時間を稼がなくっちゃ! 時間を! 1秒でも長く!!)


 ミスタージェネスは部下に警戒をさせながらゆっくりと入り口に近づくのだった。


(あ、あと30メートルぅううう。はぅううう、鉄壁さん。万事休すですぅう!! 稼げて3分? 2分かもしれない……。お願いします!! もう、あなたがダンジョンボスを倒すしか方法がなくなりましたぁ!)


 大和総理も、鎧塚防衛大臣も、天を仰ぐ。


(鉄壁殿……。私が腹を切る意味さえもなくなってしまった。あなただけだ。もう、あなたの勝利だけが頼りなのだ。勝ってくれ。頼む、鉄壁殿ぉ)


 もう、1人しか頼る者はいなくなった。

 この国の命運は完全に彼に託されたのである。

 片井  真王まお。鉄壁の探索者にこの国の未来は託されたのだ。


 空は曇り、稲光りが轟いた。

 そして、再び地震が起こる。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。




〜〜片井視点〜〜


 俺たちは下に降りてイッチーを介抱した。

 ハイポーションを飲んだ彼女は無事に全快する。


「ありがとうございます。貴重な回復薬を使わせてしまいました」


「いや。気にしないでくれ。オメガツリーが強かっただけさ」


「ハイポーション……。残り1個になってしまいましたね」


「だな」


「鉄壁さんが使ってください。魔法壁を出しすぎて魔力がなくなっているはずです」


 本当にそうだ。

 もう魔力が切れてヘロヘロだよ。


「……この最後のハイポーション。俺にくれるか?」


 みんなは口々に賛成する。

 この使い道を間違えたら終わるよな。

 

  衣怜いれは頂上を見上げながら不安気な表情を見せた。


「イッチーさんが 噴流跳ねジェットバウンドを使うとしても、鉄壁さんが70メートル付近までは登る必要があるよね。 闇の手ダークハンドの攻撃から守れるのは、射程距離50メートルの鉄壁さんの魔法壁だけだもん。イッチーさんが頭頂部の128メートルに到達するまでは鉄壁さんの防御が必要だわ。私もできる限りはイッチーさんの援護はするつもりだけどね。でも……。オメガツリーの攻撃を考えたらかなり難しい可能性があるのか……」


「よし。なら、最後の作戦といくか」


 オメガツリーは笑った。


『クハハ! 人間どもよ。下等な存在が知恵を絞ったところでどうなるというのだ? さっきは偶然に助かったにすぎん。もう観念して我の養分になるがよい』


「そうはいかないな。おまえみたいなモンスターをのさばらすわけにはいかないんだ」


『ククク。人間は貧弱な存在だ。我には勝てん』


「やれやれ。その貧弱な存在から知識を得てるのは誰なんだよ?」


『黙れ!』


「ふ……。人間の知識を得ているなら知っているだろう。下剋上って言葉をな」


『ふざけるな! 我が下等な貴様らに負ける要素は100%ないのだ!』


「ほぉ。そういうのをフラグが立つっていうんだけどな? それはわかるか?」


『下賤な言葉など知る必要はない』


「無知って怖いよな。教えといてやるよ。おまえが立てたのは『負けフラグ』っていうんだよ」


『ふざけるな! 死ねぇええええええ!!』


 おっと。

 そうはいかない。


攻撃アタック 防御ディフェンス


  闇の手ダークハンドは全て防御。


 さぁ、最後の作戦だ。


「みんなで力を合わせておまえを倒す」


『クハハ! 貧弱な人間になにができる。死ねぇえええ!  超闇の手スーパーダークハンドぉおお!!』


 おっと、ここで俺の魔力を消費するわけにはいかない。

 100倍の魔法壁は使わないでおこう。

 貴様には人間の知恵を見せてやる。

 因みに、使える者は誰でも使うのが俺の戦法なんだ。


光永みつながさん! 準備はいいですか!?」


 俺が声をかけたのはS級探索者だった。

 暴風魔法が得意な 光永みつながさんだ。


「おお、鉄壁! おまえがトークで時間を作ってくれたからな。十分に魔力を溜め込んだぞ」


『むぅ!? こいつ……我が魔力を吸っているのにまだ元気があるのか?』


「ガハハ! 最後のハイポーションは私が飲んだのさ。いくぞ鉄壁!」


 頼みますよ!

 貴重な最後の1個をあなたにあげたんですからね。


「S級探索者の力。見せてください!!」


「ああ! いわれなくても見せてやるよぉおおお!!  暴風魔法レイジングウインドぉおおおお!!」


 俺たちは彼の暴風魔法で空高く飛んだ。


  超闇の手スーパーダークハンドの攻撃は空を切る。


『ぬぅう! は、速い!?』

 

  光永みつながさんはオメガツリーの弱点を知っていた。

 奴の頭頂部128メートルに弱点の頭脳があることを知っていたんだ。

 

 それは、行ったことがあるからだ。

 彼は暴風魔法で空を飛んで頭頂部まで辿り着いたんだ。

 しかし、 闇の手ダークハンドに捕まってしまい体を取り込まれてしまった。

 なら、その暴風魔法を俺たちが利用してやる。


『ぐぬぅうう!  闇の手ダークハンドが追いつかん!』


 下から彼の声援が聞こえてきた。


「いっけぇえええ!! 鉄壁ぃいいい!! オメガツリーをぶっ倒せぇえええええ!!」


 ええ、やったりますよ。


 80メートルは一気に上がってきたぞ。

 推進力はここまでのようだが十分だ。

 このスピードならオメガツリーの攻撃が間に合わない。

 流石はS級探索者。中々にいい威力してるよ。


「イッチー。 噴流跳ねジェットバウンドの準備だ」


「了解しました!」


 さぁ、あと残り48メートル。

 俺の魔法壁で彼女を守る。




 地上界では監査官ミスタージェネスが暗奏の入り口に入った。


 テレビでは、各局が地震の速報とともに暗奏の緊急特番が組まれる。

 報道を通じて、鉄壁の探索者がオメガツリーと戦っていることが流された。


 もう、周囲に打つ手立てはない。

 桐江田一尉はスマホを使って片井の生配信を観ていた。

 ただ祈るだけである。


(ああ、鉄壁さん。がんばってぇえええええええええ!!)


 ジェネスは大きなアタッシュケースを開ける。

 そこにはダンジョンの魔力を量る魔力測定器が入っていた。

 時計のようなメーターがついた特殊な装置である。


 その測定器で魔力を量り、SS級に認定されれば、この国はおしまいなのである。


────


次回。いよいよ決着!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る