第88話 大和 VS 翼山車 (後編)

 監査官のミスタージェネスは眉を寄せていた。

 大和と 翼山車よくだしの会話が明らかにおかしかったからである。

 因みに、監査官はエリート公務員なので10ヶ国語が話せる。もちろん、日本語はペラペラである。


「ブヒョ! ち、違うのです! なにかの誤解なのです!! その証拠に、この建物の館長とは話がついておりました!! 修繕工事なんかしておりません!!」


 大和は笑わずにはいられなかった。


「ほぉ……。館長とは彼のことかな?」


 総理はひょろひょろの男を前に出した。

 彼は、ブランド物のスーツに身を包んではいるが、目にクマがあり、冴えない見た目。

 ピクシーラバーズの館長、 座古井ざこいである。


「なにぃいいいい!! き、き、貴様ぁああああああ!! 捕まったのかぁあああ!?」


 この言葉に反応したのは総理である。


「捕まったぁ? なにか我々に捕まってはいけないことでも?」


「あ、いや……! な、なんでもない!!」


「本館の修繕工事については 座古井ざこい館長が証言してくれるでしょう」


  翼山車よくだし 座古井ざこいを睨みつけた。

 その目は地走り、今にも血管がぶち切れそうなくらい充血している。





(わかってるだろうな 座古井ざこいぃいい。正直に言ぇええええ。さもなくば、わしがおまえを殺すからなぁああああ!!)




  座古井ざこいは汗を飛散させた。



 少し時間は逆行する。

 それは、大和が 座古井ざこい捕まえた時。

 彼の胸ぐらを掴んで、片手で悠々と持ち上げた時まで遡る。




 大和はキッと睨みつけた。

 その眉間には深い皺がより、仁王のような形相である。


座古井ざこいよ。この国が危機に瀕しているのはわかっているだろうな?」


「は、はいぃいいい」


「今、私の部下を使ってな。おまえの親族を調べ上げた」


「え!?」


「おまえ海外に妻がいるな?」


「ひぃいいいい! か、勘弁してくださいぃいいいい!! 家族は関係ないだろぉおおお!!」


  座古井ざこいには海外に4人の妻がいた。

 日本では法律で禁止されている一夫多妻を海外で実現しているのである。


「……ご両親はこの国でご健在じゃないか。過疎化の田舎町で、おまえの子供と平和に暮らしているな。豊かな家庭環境だ。素晴らしいよ」


「うぐぐぐぐ……。本当に勘弁してください! 家族だけはぁあああ!!」


「しかしな。おまえが私に喧嘩を売っているということは、この国の敵ということになる。つまり、全国民の敵というわけだ」


「ひぃいいいいいいい!!」


 大和は懐に忍ばせておいた短刀を鞘から抜いた。

 その刃先を 座古井ざこいの頬にくっつける。


「敵は排除する。どんな手を使っても。僧侶が目を覆いたくなるような酷い手を使ってでも! 私は国民を護るため、敵を許しはしない。無論、その親族も同様だ。徹底的に許さない! それが平和を維持することになるのなら、私はいつでも悪鬼になってやる!!」


 刃先は 座古井ざこいの頬にめり込んだ。

 真っ赤な血がゆっくりと流れ出る。


「ひぃいいいい!! すいませんでしたぁあああ!! どうか命だけはぁあああ!! 命だけはお助けくださいぃいいいいいい!!」


座古井ざこいよ。この国のために尽くしてくれるか? ならば、私はなにもしない。悪鬼にもならんだろう」


「な、なんでもやります! 嘘だってつきます! だから助けてぇええええ!!」


「嘘はよくないぞ、 座古井ざこいよ。嘘は国民の胸が痛むからな。誠実に行動しようじゃないか」


「な、なにをすればいいんで?」


「正直に証言してくれればいいだけさ」




 ──時は現在に戻る。


  座古井ざこいは申し訳なさそうに宣言した。




「ピクシーラバーズ本館は修繕工事をする予定でした」


 


  翼山車よくだしは目を見開く。


「嘘をつくなぁああああああああああああああああ!!」


「嘘ではありません。見てくださいよ」


 そういって壊れた配電盤を指差す。

 それは鎧塚が石を投げて破壊した盤である。


「暗奏の突入時に飛来した石に当たったのでしょう。これではとても電気は使えませんから」


「貴様ぁあ!! 嘘をつくなぁああ!! こんなもんは誰かが意図的に破壊したのだぁああああ!!」


「そ、そう言われましても私は破壊したところは見てません。とにかく電気が使えないのなら修理するしかありませんよ」


「ぐぬぁあああああああああああッ!!」


 大和は腕を組んだ。


「まいったな。私の電話を無視し続け、あげく、監査官を勝手に連れ回したのか」


「ち、ちが、違ぅうう!! わしはそんなつもりではなかったんだぁああああああ!!」


「しかし、事実そうなっているだろう。総理の指示を無視して暴走。監査官を自家用ヘリに乗せて危険な夜間飛行を実施。本館屋上に着陸させたものの、そこは通行不可能な工事中の建物だった。これはWSOに対する妨害工作ともとれてしまうな。明らかに国の損失。いや、世界にとってもマイナスだろう」


「あぐぬぅううううううううううううううううッ!!」


 大和は監査官に向かって深々と頭を下げた。


「ミスタージェネス。大変申し訳ありませんでした。 翼山車よくだしが個人で起こした失態としても、その責任の一端は私にもあります。管理不行き届きといえばそれまででしょう。あなたには危険なヘリの夜間飛行をさせて、工事中の本館に着陸させてしまいました。しかも、5階の窓から地上に降りるなど、非常に危ない行動をとらせてしまいました。どの行動も一歩間違えば命に関わる大事故に発展していたかもしれません。誠に、誠に申し訳ありませんでした」


「……いえ。もう済んだことですから。このことは報告書にも伏せましょう。ダン国連に知れたら厄介です」


「ありがたいお言葉です。しかし、日本としてのケジメは必要でしょう。 翼山車よくだしの暴挙には厳重な処罰にて対処させていただきます。それがこの国ができる精一杯の誠意。彼の失態はダン国連にも報告する所存です」


  翼山車よくだしは震えた。

 ガチガチと歯が鳴って止まらない。


 それもそのはず、日本政府は監査官を安全にエスコートしようとしていたのだ。しかし、 翼山車よくだしは個人の判断で、監査官を危険に晒してしまった。

 これらのことがダン国連に知られれば詳細を徹底的に調査されるだろう。 翼山車よくだしが日本政府の指示を無視して単独行動を取ったこと。 座古井ざこいとの通話履歴すら知られる可能性もあるのだ。


 よって、彼は震えが止まらなかった。

 それは日本政府を見限り、ダン国連に自分の居場所を作ろうとした男の末路。


 そんな彼の横で、大和は呟いた。


「私に喧嘩を売るとは……いい度胸だな 翼山車よくだし。その根性だけは買ってやる。しかし、ただじゃおかないからな。覚悟しておけ。貴様の犯した罪は、この第105代目総理大臣、大和 先達が全身全霊を賭けて償わせてやる」


「あが……あがが……あがががが……」


 局長の歯は絶望と恐怖でガチガチと鳴った。

 大和の行動は歴代総理の中でもトップクラスに暴挙である。そんな男から攻撃を受けない自信は、ダン国連の後ろ盾があればこそだったのだ。



(実績がぁあああ……。わ、わしの築き上げた実績がぁ……)



 ジェネス監査官は暗奏に向かう。

 魔力測定器の入った大きなアタッシュケースを持って。


 再び地震が起こった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。


 それは暗奏の成長を予感させる。


 ジェネスは暗奏へと向かう足を早めるのだった。


────


さぁ、次回から鉄壁さんの大活躍!

乞うご期待!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る